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お題SS第10回
カリム : 未来予想
「後悔は先に立たせられない」 執筆:コン
どうしても書けなかった作文がありました。もう、十数年以上前の話です。
当時の私はザンクト・ヒルデ魔法学院に通う学生でした。学年は五年生。初等教育最後の学年です。
私は運動は苦手でしたが、勉強はできる方だったと思います。よく本を読んでいたおかげか特に文章作成が得意で、授業で作文を書くとたびたび褒められていました。
それだけに書けない作文がある、ということは悔しかったのです。
放課後居残って文章を考えました。私と同じように授業時間内に作文が完成せず居残りさせられていたクラスメイト達は一人また一人と帰宅していきました。
帰路につく彼らの後姿がまぶしかった。私には、この作文だけはどうしても書くことができませんでした。
作文は完成しませんでした。
結局、日が落ちる時刻が近づいてきたため寮に帰されてしまいました。
翌日、翌々日と作文に挑戦しましたが原稿用紙の空白が埋まることはありませんでした。
初等課程卒業の日を過ぎても作文は書きあがりませんでした。
誰しもが描けるはずのものを、ついぞ私は描くことができませんでした。
作文の課題は『三十歳になった自分』。
考えられるわけがありません。
先天的に、未来を予言する希少技能を持っていた私。有用で強力な特殊能力を持ってこの世界に生れ落ちた瞬間に、死ぬまでの運命は決まっていました。
私はカリム。カリム・グラシア。
生誕の瞬間から死する時まで世界の未来を予言し続けることを定められた、聖王教会の聖女。
何を望もうと自らに課せられた使命から逃れられないこの身で、私は何を望めばよかったのでしょうか。
◇ ◇ ◇
彼女はカリム。カリム・グラシア。0時00分00秒になったこの瞬間、めでたく誕生日を迎えた聖女だ。
「…………はあ。これで三十路かぁ」
深夜、人が出払った執務室の机に突っ伏し絶望感に打ちひしがれるカリム。もう立ち直れそうになかった。
教会の奥に篭って十数年。出会いなんてあるはずもなく、寂しい独り身のままついに三十路。
寂しい独り身のままついに三十路。
「運命の出会いがやってきてはくれないものでしょうか?」
とりあえず窓ごしに外を眺めてみるが、彼女の王子様が参上してくれる気配は微塵もない。
思わず、深い溜め息を零した。
「まあ、私だって誰でもいいわけじゃないんですけどねー……」
執務机の――普段は鍵を掛けている――最上段を開き、中に大事にしまっている写真立てを取り出した。頬に赤みが差す。意中の人の写真だ。
先日結婚したばかりの、意中の人の写真だ。
「…………はあ。幸せってどこに売っているんでしょうか」
幸せは非売品です。
「私は未来を知ることができるはずなのに、どうして思い通りにならない現実に悩むのでしょう。いや、それは私の予言が使い辛いものだからなんですが、だからと言って、こう。大事なことくらい教えてくれてもいいじゃないですか!? この歳になってまで独身だって分かってたらもうちょっとがんばりましたよ!?」
聖女の、他人に見せられたもんじゃない虚しい主張だった。
言いたいことを吐き終えると、カリムは糸が切れたように机に突っ伏した。
精神ダメージは致命傷レベルである。
「三十路、かあ」
カリムは、生まれてから今日に至るまでの三十年を振り返った。様々な思い出が蘇るが、いつの間にか古い記憶は色褪せてしまっている。細部を思い出せない。
特にザンクト・ヒルデ魔法学院の初等課程を受けていた頃の記憶は曖昧で、おぼろげに楽しかったことと切なくなったことがあった、とだけ思い出せただけだった。
歯車が巧くかみ合わないもどかしさを感じる。何かを忘れてしまっている。
気になる。
思い出せない。
思い出したい。
「あ」
突如、閃いた。記憶の歯車ががっちりとかみ合い忘れ掛けていた過去を引き出してくる。突っ伏していた机から身を起こし、引き出しからレポート用紙を取り出した。
愛用のシャープペンシルを握り罫線のみが引かれた紙に文字を書き連ねて行く。
「ちょっとずるい気はするんですけどね」
レポートの表題は「こうなりたかった三十歳の自分」。
小学生の頃は描けなかった「願い」というものを書き出した。
「…………」
そこには――叶わなかった――妄想がたっぷり書き込まれたレポート用紙があった。
「む、虚しいですね……」
一言漏らすと、カリム・グラシアは執務机に突っ伏した。
やり遂げた女の顔で突っ伏した。
●
感想などは 『魂の奥底から叫んでみよう!』 へどうぞー
「未来予想/過去幻想」 執筆:緑平和
/過去幻想
旧聖堂とそこは呼ばれていた。
この教会には礼拝堂が二つある。
教会中央に位置し、目も眩むほど荘厳な彫刻に、豪奢なステンドグラスを填め込まれた絢爛豪華な大聖堂。
そしてもう一つが、教会の片隅にある小さな礼拝堂――通称旧聖堂だった。
正式な名もあるのだが、そちらの方はあまり知られていない。広大な教会の敷地にある、小さな礼拝堂だった。
歴史的見地に則れば、この旧聖堂の方がより重要な位置づけらしいのだが、実際のところはただ古いというだけの話。
偶にミサや行事に使われる程度の忘れ去られた場所である。
当然のように人は居ない。
だからこそ、逃避するべき場所としてここは少年のお気に入りだった。
少年。そう呼ぶべき年頃の子供が一人、この旧聖堂に現れていた。まだ十代に届くか届かないかといった背格好の少年だ。
彼は開閉するだけで凄まじい軋みの音を上げる大扉ではなく、脇に設置された勝手口をあけると周囲の様子を窺うように視線を彷徨わせた。そうして中に誰も居ないことを確認すると、旧聖堂の中へと隠れるように身を滑り込ませる。
どう贔屓目に見ても、礼拝に訪れた敬虔な信者という様子ではなさそうだ。
いや、その態度はむしろ逆。少年はそのまま旧聖堂の中を見渡すとある一点でその動きを止める。
旧聖堂の最奥中央。そこにあるのはこの聖堂の――いや、聖王教会そのもののシンボルと言ってもいい聖王像である。
いままで幾千、幾万という数の人々が信仰の対象として敬い、崇めてきた偶像。
だが、少年は聖王像を見上げながら、呟く。
「――くだらない」
その存在そのものを否定するかのような言葉。
偶像を見上げる眼差しは、ただただ否定的だった。
少年にとって、聖王という存在は遥か昔に死んだ人間の一人でしかなかった。
ベルカの民を導いた救世主だの、かつての戦乱を鎮めた王だのと崇められていたとしても、そんなことはもはや失われた歴史書の中にしかない出来事でしかない。
いま、目の前にある災禍を救わぬモノなど、少年にとって信仰すべき対象になどなりえなかった。好意的に見て、サボタージュに適した場所を提供してくれる便利屋程度の認識でしかない。
忘れられた聖堂に佇む、古臭い銅像。
その光景にせせら笑うような、呟きを残して少年は聖王像から視線を切る。彼が向かう先はずらりと並べられた長椅子の内の一つだ。木材でできたそれは、ベッドとして利用するには些か固めだったがサボりの身を休める程度ならば十分な代物だろう。
少年は、長椅子に仰向けに寝転び、天井に描かれたこれまた古臭い聖画をなんの感慨もなくただぼんやりと見詰める。
こうやって、夜が更けるまでただ呆と過ごすのが少年の日課だった。
なぜ、こんなことをしているのかと尋ねられたのならば、答えるのはすこし難しい。
罪悪感からではなく、ほんの少しずつ理由が重なった結果、彼はこんな毎日を過ごしている。だからきちんと説明するのは難しかった。
それは例えば、希少かつ有用な力。そしてその力に期待する大人たちの眼差し。
それは例えば、仮初の我が家。無味乾燥としたなんの温かみもない空虚な空間。
少年にとって、何もかもが煩わしかった。賞賛の声も、畏怖の視線も、どうでもよかった。
赤の他人からもたらされる言葉など、少年の心には僅かも届かない。
彼がほしかったのは、ほんの些細でもいい――家族からの愛ある言葉だった。
それが、もはやいくら望んでも手に入れられないものだと知っていたからこそ、少年はそれを望んだ。
気づけば、彼はこの世界にある何もかもを避けるかのように、逃避する毎日を過ごしていた。
「ただの言い訳かもしれないけどね」
誰に伝えるでもなく、少年は呟く。その言葉を聞き届ける者はやはりいなかった。
そんな時だった。『ぎぃぃ』と聖堂内に重く木霊する音が響いたのだ。
それが、旧聖堂の大扉が開かれる音だと少年はすぐに気づいた。だからこそ、慌てることなくその場でじっと息を潜める。
ずらりと並ぶ聖堂内の長椅子はそれ自体が壁となり、そこに横たわる少年の姿を完全に覆っている。入り口のほうから見えないことは既に調査済みだ。いざとなれば椅子の下に身を転ばせればその身は完全に見えなくなる。少年がここをお気に入りの場所にした理由のひとつがそれだ。
ちなみに、もう一つの理由が人が滅多にやってこない事だった。
敬虔な信者とて、礼拝に訪れるのは専ら大聖堂のほうである。この古臭い聖堂を訪れる者といえば、管理者である年老いた神父が偶に訪れる程度だ。
しかし、今聖堂に入ってきたのは老神父ではない。彼なら少年と同じく脇にある勝手口を使う筈だ。わざわざ立て付けの悪い大扉を開けるような真似はしない。しかし、ここに神父以外の来訪者が来ることなど毎日のようにこの場を利用している少年にとっても初めてのことだ。
未体験の出来事に、少年は椅子に耳を貼り付け、周囲の音を拾おうと試みる。
「ん……しょ……」
聞こえてきたのは、少女の声だった。なにか重いものを運んでいるのか、力みが音となって口から漏れている。
更に耳を澄ませば揺れる水音も聞こえてくる。おそらく水の入ったバケツか何かを運んでいるのだろう。
まずいな、と少年は心の中だけで愚痴る。
ここ旧聖堂も、大聖堂に役割を奪われているとはいえ、清掃は行われている。だが、それは週に一度程度のペースで行われるもので、今日はその日ではないはずだ。その程度、少年はここを格好の隠れ場所として選んだ時に調べ上げている。
だというのに、彼女はなぜやってきてるのか?
勘弁してもらいたいものだと、心中で溜息をつく少年。彼女が本格的に掃除を始めたらさすがに見つかってしまうだろう。その前に、この場から何とかして逃げなければならなかった。
幸いにも、少女のほうはこちらに気づいていないようだ。見咎められるまえにさっさとこの場を辞退しようと、少年は動き始める。知恵の回る少年は、こういった時の逃走経路も事前に取り決めていた。
少女の発する音を、注意深く聞き取りながら、少年は長椅子の下を這いずるように移動する。少々時間は掛かるが、これが一番見つかりにくい移動方法なのだ。
そうこうしているうちに、響いてくる音の種類が変わる。運搬の音から、いよいよ清掃の音へ。
水をかき混ぜる音。塗れた雑巾かなにかを絞る音。
なぜだろうか、そんな音に少年はどこか懐かしさにも似た感情を覚える。そこで、少年は思い至った。声の感じから自分と同じぐらいの年頃の少女とあたりは付けたものの、彼女がいったい何物なのかまるで解っていないと言うことだ。
そこまで、強く惹かれる感情ではなかった。あくまで懐かしさを感じたのは切欠でしかなく、彼は今後この場所を有効に活用できるかどうか――この少女が頻繁にここを訪れるようだったら、残念ながら新しい居場所を探さなくてはならない――を確かめるためだけに、少女の姿を隠れるようにして窺った。
そこには聖王にかしずく、あまりにも美しい聖女がいた。
それは、他の者が見れば、ただ埃にまみれた聖王像を磨く、一人の修道女でしかなかったのかもしれない。
だが、その姿を見た瞬間、聖王へ対する信仰を欠片も持ち合わせなかった少年は、この世に存在するありとあらゆる奇跡を、幻想を信じた。この身の全てを捧げたとしても惜しくない信仰の対象を見つけた。
奇跡はそこで成就した。少女がこの世に存在すること、そのものが奇跡だった。
幻想はそこに顕現した。彼女が触れる全ての物が、あまりにも儚い幻想だった。
そこには、少年が信じ、敬うべき存在がいたのだ。
もし、斯様な美辞麗句が届かぬというのならば、少年はただこう言うのだろう。
その少女を一目見た時から、自分はあの子に恋したのだと。
一人の少年が、一人の少女に一目惚れした。これは言葉にするならば、ただそれだけの話。
だがしかし、少年にとってそれは新たな生命の誕生にも、この世界の創造にも似た衝撃だった。
彼はただ呆然したまま、少女が聖王像を磨く姿を見つめ続ける。
その身はいつの間にか椅子の下から這い出て、旧聖堂に立ち尽くしていた。
当然のように、少女の方も聖王像から視線を切ったのを契機に少年の姿を見つける。
見つかった、だとか、隠れなくては、と言った感情は少年には生まれない。思考するはずの脳の奥は痺れ、ただ彼女が柔らかく微笑むのを少年は、震えながら見つめていた。
「貴方も礼拝、ですか?」
問いかけの言葉が投げかけられる。少年の頭の中に用意された、誰かに見つかった時の為に考えていたいくつかのカバーストーリーなど、すでに忘却の彼方だ。結果的に少年の口から漏れるのは「あ」とか「う」とかいう意味を為さない音だけだ。
そんな彼を見て、少女は心配そうに眉根を寄せつつ、こちらへと歩み寄ってくる。
瞬間、少年が反射的に動いた。少女のその動きを押し留めるように両手を突き出し、喚くように叫ぶ。
「う、うわああっ! ちょ、ちょっと待って!」
少年のその声に、少女は僅かに表情を驚かせ、しかし歩みを止めた。
心臓の鼓動がいままでにないくらい早鐘を打っているのを、少年はいやと言うほど感じた。それ以上彼女に近づかれると、胸が張り裂けると、戦慄を覚える。誇張でもなんでもなく、心の底から少年はそう思った。
どうにかして自らの心に論理武装を施さなければ、少年はまともに少女の姿を直視することさえできなかった。
得意なはずだったその行いが今は酷くぎこちない。それでも少年は、二度、三度と深呼吸をしながら、自分の心に鋼を打ち付けていく。厚く頑丈に、誰にも侵されないように、誰にも晒さぬように。
少年のなかだけで行われるその作業は少女から見ると、大きく深く呼吸を繰り返す姿にしか見えなかっただろう。
だが、少年にとってはそれで十分だった。顔をあげ、仮面のような笑顔を貼り付ける。
「はい。貴方も礼拝ですか、あまりこちらの方ではお見かけしませんが」
先程までの不審な態度や、震えを完全に払拭した、流麗な言葉だった。だがしかし、そのあまりの変貌振りに、少女は不可解そうに首を傾げる。その表情を見て少年は心の中だけで「しまった、唐突過ぎたか!」と冷や汗をかく。
けれど、彼女はまた、すぐに花開くような笑みを浮かべ、
「ええ、こちらには父の視察の付き添いと言う形で参りました。すみません、お祈りの前に聖王様を綺麗にしてさしあげようと思って――神父様から許可はいただいてたのですが」
そういって、少年に向けて頭を下げる少女。どうやら彼女は自分が居た所為で礼拝の邪魔になったと考えているようだ。
もちろん、少年には偶像にかける願いなどありはしない。そんなことをしても無駄でしかないと知っているからだ。
少年にとってはそんなことよりも、少女が申し訳なさそうな表情を浮かべている事のほうが重大である。
「気にしないでください。それにしても貴方はなぜこちらで? 礼拝するだけなら、中央聖堂の方でもよかったんじゃ?」
そうだ。外来の者だと言うのなら礼拝は大聖堂の方で済ます筈だ、それがなぜこのような辺鄙な場所にある古臭い旧聖堂に赴いたのだろうか。少年はそのおかげでこの少女に出会えたことに対して内心で歓喜していたが、同時にそれが不思議でならなかった。
もし、それが聖王の導きだと言うのならば、それを信じてもいいくらいに。
そんな少年の問いかけに、少女はほんの少しだけはにかみながら、口を開く。
「私には弟が、できるそうです。血の繋がりはありませんが、義理のと言うことで、今度父が両親のいないその子を引き取るそうです」
彼女の声に、少年は沈黙したまま耳を傾ける。
「それで神父様に話を聞いてみたら、その子はこちらの礼拝堂の方が好きだそうで、だから……礼拝するなら、こちらのほうがいいかなって……」
「あなたは……」
その声を遮るように、少年は声を上げた。
「何を、願うつもりだったんですか?」
それを、聞いてみたかった。彼女が聖王に何を願うかを。
その弟が幸せになるようにか? その弟と家族になれるようにか? 両親を無くし、希少技能と言う望んでもいなかった能力に踊らされ、実験動物のような毎日を過ごすソイツに救いを?
だが、例えどんな願いを掛けたところで、解っていることが少年にはひとつだけある。
それは、願いが叶わないということだ。
偶像に願いを掛けたところで、それを叶えてくれるような優しい存在はいないと言う事だ。
少年はそれを知っている。
いったいどれほど願いを掛けただろうか。
ほんの些細なことでしかない、そんな願いは、しかしひとつたりとも叶うことは無かった。
だから少年は心の底から言えるのだ。
そんなことは無駄なのだと。
けれど、けれど彼女は言った。少年の言葉の意味を理解することなく、まるで――
「そうですね……見守っていてください、と。その子と仲良くなれるよう頑張りますので、ちゃんと見守っていてください……って」
――それは、福音だった。
少年は、その時初めてそれが本当の願いだと知った。
自分を救ってくれる存在は聖王などではない、彼女なのだと、その時彼は真に理解したのだ。
少年は微笑む。誰よりも、何よりも幸せそうに、少女を見つめて。
「貴方の願いが、叶いますように」
心の底から、そう願って。
●
「――とまぁ、そんな感じなんだけど。あれ? どうしたんだいクロノ? なんだか妙に神妙な顔つきになっているけど」
平然と、紅茶を啜りながら言葉を紡ぐヴェロッサ・アコースとは対称的にクロノ・ハラオウンは目の前の紅茶に手をつけることもなく、ひたすら無言のままだった。
「ああ……いや、思っていた以上に真面目な内容だったから……」
「ひどいなぁ。君が『そういう君は浮いた話の一つでもないのか?』とか言うから、とっておきのを披露してあげたのに」
そんなクロノの表情が面白いのか、ヴェロッサはひたすらに楽しげである。だが、話を聞かされたクロノの方は、沈痛な面持ちのまま。
「その……ロッサ。僕はこういう話には疎いからなんと言ったらいいのか解らないし、色々としがらみや障害は多いかもしれないが、友人として僕は応援するつもりだ」
真面目な口調で、そう呟くクロノ。
それを見て、ヴェロッサは何故か満面の笑みを浮かべながら、
「やだなぁ、そんなに共感してくれたのかい? うれしいなぁ、だったら僕も話した甲斐があったよ――」
言いながら、ヴェロッサは足元に置いた鞄から一冊の文庫本を取り出し、テーブルの上に置いた。
「本当にいい話なんだよね。この小説」
「…………は?」
クロノの表情が「何を言ってるんだコイツは」と語っていた。
「いやぁ、この“とっておきの”話に、まさかクロノがそこまで食いついてくれるとは思わなかったよ。あ、よかったら貸すけど、読む?」
そういって、文庫本を差し出してくるヴェロッサ。
「……ちょ、ちょっと待て。じゃあ、さっきの話は?」
「だからぁ、この小説のプロローグ部分だってば。まぁ多少“勘違いされるよう”に脚色は加えさせてもらったけどね」
ヴェロッサはイタズラが成功した子供のように、晴々とした笑いを浮かべている。完全な確信犯であった。
「……ロッサ、君って奴は」
すっかり騙されたクロノは怒りに声を震わせながらヴェロッサを睨み据える。だがしかし、ヴェロッサの方はまるで堪えていない様子だ。
「やだなぁ、だいたい設定に無理があるじゃないか。カリムのことはそりゃあ綺麗だと思うし、尊敬もしているけど、恋愛感情を抱いているかと言われれば……ねぇ。そんなこと、クロノもとっくに知っているじゃないか」
と、そこまで言った後、ヴェロッサはワザとらしく、たった今なにかに気づいたように手を打ち、
「ああ、そういえばクロノはエイミィさんの事を似た風に思ってたんだっけ? ああ、それじゃあ勘違いするのも無理はないか――」
「喧嘩を売ってるんだな? そうなんだな?」
ギリギリと、力強く握った拳を振るわせるクロノ。
「ははは、冗談だよ。そんなに怒らないでくれよ、クロノ」
言いながら、ヴェロッサは空になった自分のカップに紅茶を注ぎながら、不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「ところで、もう一つとっておきの話があるんだが、聞きたいかい?」
END
/未来予想
旧聖堂と、そこは呼ばれていた。
古めかしい、誰も彼もに忘れられたかのような礼拝堂である。
そこに、一人の少年が佇んでいた。
彼は、じっと一点を見据え続ける。
それは旧聖堂の最奥中央にある、聖王像だった。
物言わぬただの偶像は少年の眼差しに、沈黙を保ったまま晒され続ける。
「僕は――」
と、少年が口を開いた。
だが、この場には少年一人しか居ない。
物言わぬ偶像は、彼の言葉を聞き届けることも無ければ、返事を返すことも無い。
だから、これはただの独り言なのだろう。
それでも、少年は。彼だけはそこに存在するはずの誰かに向けて言葉を紡ぎ始めた。
「僕は、おまえの存在を信じることにした」
挑むように、刃向かうように、少年は言う。
物言わぬ偶像に向けて、己の決意を示すかのように。
「彼女がおまえを信じると言うのならば、僕も信じてみせる」
今、彼は誰よりも信じている。彼の存在を。
奇跡でしか、幻想でしかない、彼のことを。
「だから、聞け」
脅迫するように、彼は言う。
少年は誰よりも彼のことを信じているのに、誰よりも彼のことを敵対視していた。
「僕は、いつか必ず、おまえから彼女を奪ってみせる」
それは、あまりにも強大な相手へ向けての宣戦布告だった。
それでも彼は怯むことなく、まっすぐに彼を見据え続ける。
唯一つの、恋心を胸に宿して。
「この願いを僕は叶えてみせる。僕の力で、僕だけの力で」
だから、貴様はそこで見てればいい、と少年は言う。
そんな彼の足元に、一匹の犬が居た。
淡い緑色に輝く半透明の犬だ。いつのまにその場に現れた一匹の犬は、少年に付き従うようにその足元に密かに佇んでいる。
「だから、僕は――」
その犬は赤く輝く両の眼で、しっかりと何かを見据え。
「いつか必ず、おまえを殺してみせる」
猟犬が走る。
主の命に従い、この世界のどこにでも。
その獲物に牙を突き立てるために。
パキリ、と何かが折れる音が響いた。
少年はもはや何も見ていない。踵を返し、旧聖堂を後にする。
そうして少年が去った後、旧聖堂の大扉は軋むような音を立てて、閉じた。
後に残されたのは、首から上を失った聖王像だけだった。
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