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お題SS第11回

スバルとティアナ : 雪





「雪が降ったよ」      執筆:コン



 肌の露出が多いように見えるが、バリアジャケットは並の防寒具より暖かい。魔力で編まれたフィールドが身体全体を被ってくれるのだ。
 元々、バリアジャケットというものは過酷な環境から魔導師を守るために作られた魔法であるから、防寒具としての機能を備えていることは理屈では理解できる。
 ただ、それでも疑問に思ってしまうこともある。

「わー。雪、積もったねー!」

 どうしてこの娘はヘソ出しで寒くないんだろうか?

「スバルが喜ぶのは勝手だけど、雪合戦もかまくら作りもしないわよ?」
「ええー!? そんな、冷たいよティア! せめて雪ダルマくらいは!!」
「嫌よ。第一、どうして休みの日に朝早く起きて雪なんて眺めなきゃいけないのよ」
「だ、だって……初雪なんだよ? 前人未到の新雪があるんだよ? 誰よりも早く足跡を付けたいよ!」
「あんた一人でやりなさいよ!? まだ朝6時よ、薄暗いのよ。新雪も何もあったもんじゃないわよ!」
「そ、それは心の目で見てくださるとありがたいかなー……」
「なら見に来なくてもいいじゃない!?」

 スバルは時折おねだりをする。しかも、生来のものなのか末っ子だからか、彼女のおねだりを聞き入れてしまう人間は多い。少なくともティアナがそうだ。
 今も寝起きの頭を抑えながらなんだかんだではしゃぐスバルに付き合っているティアナ。
 不機嫌なツインテールの表情には、一抹の呆れが――いつものように――混ざっていた。

「だいたい、雪ならちびっ子たちを呼べばよかったじゃない。私なんかよりよっぽど喜ぶわよ?」
「えー」

 ティアナの口を突いて出た不満に抗議の声を上げるスバル。その声にティアナはますます不機嫌になるが、

「私はティアと雪を見たかったんだよ?」

 スバルに真っ直ぐに見つめられ、思わず目を反らした。
 気温は凍えるほど低いはずなのに頬がやや熱い。

「バカ。バ、バカスバル!」

 照れ隠しに罵詈雑言を吐いた。

「…………ご、ごめん」

 スバルは、その場に蹲った。

「…………」

 人差し指で地面にのの字を書くスバル。「やっぱり、強引すぎたよね」だとか「ティアの優しさに甘えちゃってたよね」とかいう呟きが聞こえてくる。
 普段イケイケなのにたまにこうして落ち込まれるから対応に困る。ティアナは溜め息を零すと、スバルと目線を合わせるように屈んだ。
 俯き娘のおでこを指で弾き、油断したほっぺたを引っ張る。

「別にあんたのことを嫌いになったわけじゃないんだからそんなに気にしないの。……っていうか、ここまで来るとよっぽどのことが無い限り嫌いなんてなれないわよ」

 恥ずかしいセリフを言ったなぁ、とティアナは思った。目を反らしたくなった。前言を撤回したくなった。
 だが、それら全ては不可能だった。
 スバルの表情が目に見えて明るくなる。瞳がぱぁぁぁっと輝き、唇が嬉しそうに綻びる。掴んでいた頬が餅のように柔らかくなった。

「うん、だからティア大好きー!」
「わ、ちょ、こらバカ、のしかかるなぁっ!?」

 まさにご主人様大好きな飼い犬の勢いでティアナに飛びつくスバル。当然、スバルを受け止める力の無いティアナは新雪の上に押し倒されることとなる。
 バリアジャケットのおかげで冷たさは感じない。だから――全ての感覚が、見上げた視界に入るスバルに注がれた。
 冷気の中にいるはずなのに身体が妙に熱くなる。スバルの掌に頬を撫でられ、くすぐったさに身をよじった。お返しとばかりに人差し指で唇をなぞってやった。すごく、柔らかかった。

「ティア―――」
「ま、まて!」
「―――ッ!?」

 機先を制してスバルに待ったを掛けるティアナ。制止の声にスバルは身を強張らせると石のように動かなくなった。
 忠犬である。

「だ、だめ?」
「だめよ! 絶対にだめ!」

 少しでも許しの声を上げようものならすぐさま襲い掛かってきそうなスバルに、必死に否定の言葉を叫ぶティアナ。
 ティアナは頬を朱に染めて恥ずかしそうに目を細めると、言った。

「せ、せめて部屋に帰ってから…………っ」
「部屋に帰ったら何でもしていいんだね!?」
「う……うん。っは!?」

 スバルの勢いに押されて思わず頷いてしまってから、はっとした表情になるティアナ。顔面に喜色を浮かべたスバルは、ティアナを抱き抱えて起き上がる。

「なら帰ろう! すぐ帰ろう! あ、でも、」
「だめー!? やっぱり降ろしてー!?」
「あとで雪兎は作ろーよー」
「え、あ、うん。それくらいなら……っは!?」
「ありがとーティア! だいすきー!」

 こうなるとどつぼである。

「た、たすけてー!? 誰か……誰か……に、にいさーん!?」

 憐れな悲鳴は誰に聞き届けられることなく雪空に消えていった。










 おまけ

 後日、防寒具で身を包んだ高町ヴィヴィオが機動六課隊舎の周囲を散策していた。
 生まれて初めて経験する雪の感触は不思議で、まだ踏み鳴らされていない場所を歩いているとわくわくした。
 手袋を外して雪を手に取ってみる。すごく冷たい。掌に握ってしまうと、すぐに溶けてなくなってしまう。
 掌いっぱいに雪を握ると、今度は溶けずに雪玉になった。雪玉を雪の上で転がすとどんどん大きくなっていく。
 やがて一抱えほどもある雪の塊になり、それを作ったことで満足したヴィヴィオは適当な木に背を預けて休むことにした。
 静かに腰を降ろす、と、見慣れないものが目についた。

「なんだろう?」

 それは楕円形に固められた雪玉に葉っぱの耳と木の実の目を付けた――雪兎だった。
 緋色の目を持った雪兎と空色の目を持った雪兎が寄り添って並んでいた。
 ヴィヴィオはそれが雪兎と呼ばれるものだとは知らなかったが、少し欠けてしまっている彼らの身体を見ると悲しそうに目を伏せた。

「うーんうーん」

 しばし悩むとヴィヴィオは雪兎たちに手を触れようとして、やめた。ただ触ったら溶けてしまいそうで怖かった。
 周囲の雪を手に取る。
 ヴィヴィオは、雪兎に触れないようにしながら雪を乗せていった。

「うん、これでいいかな」

 治療はすぐに終わった。

「うーん。でも、うーん」

 再び考え込むヴィヴィオ。彼女はしばし悩んでいたが、やがて意を決してその場を離れていった。雪に足跡を刻む音が響く。
 だが、ヴィヴィオはすぐに帰ってきた。両手いっぱいの葉っぱと木の実を持って。

「おともだち、つくってあげるね!」

 言うやいなや、雪玉を握って雪兎を作っていくヴィヴィオ。
 その日、彼女は日が暮れるまで雪兎の友達を作り続けていた。

 ―――なお。

 翌日、大所帯になった雪兎を見たスバルが「見てティアー! 私たちの雪兎に子供が生まれてるよー。やっぱり、兎だから子沢山だねー」と言って顔を赤くしたティアナに殴られたという話は余談である。



 ●



 感想などは 『魂の奥底から叫んでみよう!』 へどうぞー







「肌寒い季節になってきたので特に意味はないけどイチャイチャしてみた」     執筆:緑平和



「冷え込むと思ったら道理で……」


 そう呟きながら、ティアナ・ランスターは窓の向こうに広がる曇天の空を見上げた。
 彼女の視線の先では、白い綿毛の群れがふわふわと宙を舞っている。

 雪だ。ここ、ミッドチルダは基本的に年中穏やかな気候だが、それでも季節によって冷え込む時期はある。それこそ稀なことではあるが、こうして雪が降る日もあった。

 いつの間にか、吐く息も白くなっており、ティアナは思わず顔をしかめる。
 消化剤の詰まったスプレーガンを棚に戻しながら、小さくため息をつくティアナ。

 彼女が降り注ぐ雪を見つめながら思うのは、こういう雪の日は災害が起こりやすいこと、また万が一にも雪が積もれば出動もままならなくなること――まぁ、だいたいそんなところである。

 もうすぐ十五になる予定の少女が雪を見ながら憂う内容としては聊か情緒の薄い代物ではあるが、既に立派な災害担当員として働く彼女にとってはある意味相応しい内容なのかもしれない。


「さむぅ……今日は早く帰って寝よ」


 とはいえ、肩を震わせながら呟くその姿はなんとも哀愁が漂っている。とても少女と呼ぶに相応しい年頃だとは思えない。


「にしても、もうこんな時間か……思ったより遅くなっちゃったわね」


 既に当直の交代時間は済んでいる。ティアナが一人こんな時間まで残っていたのは先程まで隊の備品であるスプレーガンの整備を行っていたからだ。

 ガンナーであるティアナは火災現場において専ら放水担当となる。そうなると放水用のスプレーガンは彼女の相棒でもあり生命線でもあるわけだ。それを整備することにやってやりすぎと言うことはない。
 それに加え、幼い頃から拳銃型デバイスを扱ってきており、毎日のように触れてきたティアナだ。多少大きさや使い勝手が違うとはいえ、こういった銃型のデバイスの整備はもはや目を瞑っていてもできるほどだし、ある種趣味の一貫でもあった。

 とはいえ、気づけば隊の保管庫にあるスプレーガンをすべて整備し終えていたのは自分でもすこしやりすぎだったと思わなくもない。おかげですっかり帰るのが遅くなってしまった。


「んー、晩御飯はどうしようかしら……出前かなぁ。あー、栄養偏るしお金かかるから自炊しなくちゃいけないんだけどなぁ」


 まるで主婦のような事をぶつぶつ呟きながら帰り支度をすませ、玄関から外に出るティアナ。
 当然といえば当然だが、扉を開けた途端、思いのほか冷たい風が吹き込んできて彼女は身を震わせた。


「うわぁ……今夜は冷え込みそうね……」


 寒さを防ぐように急ぎ足で家路に着こうとするティアナ。だが、数歩歩いたところで、妙な違和感に足を止める。
 何か、見慣れないものがたった今ティアナの視界の端に写ったのだ。
 それは玄関の脇に、まるで置物か何かのように鎮座していた白い何かだった。
 今朝、来るときそんなものがあっただろうか、とティアナはその違和感の正体を見極めるべく踵を返した。

「…………ん?」

 白色の正体は、先程から降り注いでいる雪だった。それがこの置物に降り積もり真っ白に染め上げているのだ。
 その降り積もり具合から、かなり長い間ここに放置されているのだろう。けれど、問題のそれがなんなのかはまるで解らない。
 だから、その正体を確かめるべくティアナが降り積もった雪を手で払いのけると――



 ――その下から、見慣れた青い髪が現れた。



「――――――――ぁ……ぅ、な、なにやってんのこのバカッ!」


 一瞬、目の前にある現実を理解できず、呆然と立ちすくんだティアナだったが、すぐさま我に返るとその置物の肩らしき部分を掴み、ガクガクと揺する。
 その動きに、降り積もった雪の塊が次々と落ちていき、その中からティアナと同年代と思われる少女が一人、体育座りの姿勢のまま現れた。

 スバル・ナカジマ。ティアナと同じチームに所属する災害担当のフロントアタッカーであり、ティアナの相棒である。
 そんな彼女は今の今まで眠っていたのか、寝ぼけ眼のまま「うふふふ」と妙にハイな笑みを漏らしている。


「あ〜、てぃあ〜。なんだかあったかくなってきたよ〜」
「死に掛けてんのよそれは! なんであんた救急隊の詰め所の前で遭難してんのよ!?」


 さすがに冗談では済まされそうにない状況に、ティアナは若干慌て気味にスバルの頬を張る。
 スパンッ! スパーンッ! と景気のいい音が雪の降る夜空に鳴り響く。ティアナの方も突然の事態に錯乱気味なのか遠慮のないビンタであった。

 しかし、そんな彼女の必死の介抱(?)が功をそうしたのか、スバルの瞳の焦点が確かなものとなる。

「ふぁれ? ティア? どうしたの、泣きそうな顔して?」

 突然目の前に現れた相棒の泣き顔に、リスのように頬を膨らませたまま不思議そうに訪ねるスバル。

「って、いた! なんだかほっぺがじんじんするよ! い、いたいいたい!!」

 ところが、後から沸いてきた痛覚がスバルの頬を刺激し、彼女も涙目になってその場で悶える。
 対するティアナはと言うと、いつもと変わらぬそんな相棒の天然ボケに、怒りの前にどっと安堵の感情が湧き上がってきた。その場にがくりと膝をつき、そのままスバルに寄りかかるように身体を預ける。

「ったく、ホントになにやってんのよアンタ……」
「ふ、ふおー! い、痛い、なにこれ!? スゴ、痛いんですけど!?」

 痛みに、暴れまわるスバル。とりあえず喧しかったので鳩尾に一発イイのをいれてみた。

「うぐぅ……」

 静かになった。やはり痛みを忘れるには別の痛みである。

「あ、愛が痛いよティアぁ……」
「うるさい。てか、何でアンタは玄関で雪だるまになってんのよ? 私が通りかからなかったら冗談抜きで死んでたわよ?」
「雪……だるま?」

 不思議そうに首をかしげるスバル。どうやら先程まで自分がどういう状態だったのかまるで気づいてないようである。
 そんな彼女だから、目の前のティアナ越しに空を見上げ、そこから降ってくるものを見て嬌声をあげる。

「うわっ! ティア、ティアほら見て! 雪だよ、雪! 雪が降ってる!」
「あー、はいはい、そうね、雪ね……」

 なんだかまともに相手にするのに疲れ、若干投げやり気味に呟くティアナ。そのまま全身から力が抜け、スバルの肩に顎を乗せて脱力する。傍から見れば抱き合っているように見えるかもしれないが、どうでもよかった。


 ――ほら、こいつ体温あったかいし。


 心の中でそんな誤魔化しを呟いてみる。

「んー? どうしたのティア? 今日はなんだか……甘えんぼさん?」
「それ以上言うと、このまま張っ倒すわよ」
「うう、やっぱりいつものティアだよぅ……」

 涙目になりながらも、スバルはティアナがずり落ちないように、優しくその身体を抱擁する。ティアナもそんなスバルの動きに抵抗することなく従っていた。

「あったかいねー、ティア」
「ん……まぁ、確かに暖かいわね」
「んふー…………あいだっぁ!?」

 スバルがティアナに頬ずりしようとして、悶絶していた。頬が腫れたままの事実を忘れていたようである。

「なにやってんのよアンタ?」
「ふひーん、ほっぺが痛いよー。でも……なんでだろ? ティア、なにか知ってる?」
「…………知らない」

 ぷい、とそっぽを向くティアナ。怪しいことこの上ない反応であった。

「くすん。ティアが私に嘘をつくよ……ギン姉……」
「うっさいわねぇ! アンタが悪いんでしょうが! つーか、ギンガさんに頼るの反則!」
「そーだよね。今の私の相棒はティアだもんね」

 そう言って、ティアナを抱きしめる腕の力をほんの少しだけ強くするスバル。
 そのまま彼女は「よいしょっと」と掛け声をあげると同時に、ティアナを持ち上げその場に立ち上がる。

「き、きゃっ! な、なんでいきなり立ち上がるのよ!?」
「んー? まぁ、暫くこのままでもいいんだけど、さすがにこの雪の中じっとしてたら風邪引いちゃうよ?」

 なに言ってるの? とでも言いたげな表情でティアナを見つめるスバル。
 負けじとティアナもそれは私のセリフだといわんばかりに拳を握る。

「う、うわっ、な、なんで怒ってるのかなティア!? 私悪いことしてないよ! してないよ!?」
「いいから降ろしなさい、今すぐ」

 ちぇー、と呟きながらも素直にティアナをその場に解放すると、スバル改めてその手を引くように握った。

「んじゃ、帰ろっかティア」

 握られた掌は想像以上に冷たかった。体温は上がっていてもやはり手足といった末端部分は冷え切っているのだろう。当然だ。こんな雪の降る夜に吹きっ曝しの場所で、じっと誰かを待ち続けていれば。

 一緒に帰ろうと自分を誘ってくれたスバルに、先に帰れ、とティアナは言った。
 整備作業を疎かにするわけにはいかなかったし、手伝うよとスバルは言ったがそれも辞退した。できるだけ、そういった作業は自らの手で済ませたかったからだ。別にスバルの事を信頼していないわけではない。ただ、自分が使うものだったし、こういう事は自分でやらないと気持ち悪いと、感じるだけだ。


 だから、ティアナはスバルを先に帰したつもりだったのだが――


「あんたのアホっぷりを失念していたわ」
「うわ、いきなりのヒドい言い草! な、なんなのさー、さっきから?」
「うっさいバカ。いい! 次から人を待つときはもうちょっと暖かいところでまってなさい! いいわね!」

 ぎゅっと、繋がれた手を強く握る。自分の体温が、ほんのわずかでも彼女に伝播するようにと。

「ほら、さっさと帰るわよ。こんなとこにいたらホントに風邪引くわ」
「あ、あわわ! ちょ、ちょっと早いよティアー」

 紅くなった頬を見られぬようにと、ティアナはスバルの手を引っ張り、ずんずんと先へ進んでいく。
 その背を見つめながら、スバルは楽しそうに微笑んだ。

「ねぇティア。雪が積もったらさ、一緒に遊ぼうね」
「イヤよ! てーか、仕事があるでしょ、仕事が!」
「えへへー。かまくらに、雪だるまに、雪合戦ー♪」
「一人でやってなさい!」


 次の日。天気は晴れ、雪は積もることなく跡形もなく消えていた。
 それを見て、ティアナ・ランスターはほんの少しだけ、残念だとそう思っていた。





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