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お題SS大会SP



豪華執筆陣が同じお題によるSSを執筆!

世の中楽しんだほうが勝ちって事で第一回開催!

気になる参加者は以下の通り!



桃野かえるさん(黒歴史NOTE)

天波浅葱さん(Recovery&Reload)

チャティさん(らくがき茶屋ブログ)

コンさん(魂の奥底から叫んでみよう!)

緑平和(PEACEKEEPER)

以上のメンバーによりお送りいたします。

(順不同・リンクは各HPに飛びます)



気になるお題は


「高町なのは(中学三年生)」

「ランドセル」

「覆い被さる」


以上の三つ!



これらのお題を使用してそれぞれSSを執筆いたしました!


それでは、みなさまそれぞれのリリカルなのはワールドを心往くまでお楽しみください。



●「部屋とランドセルと私」 桃野かえるさん


●「おーさまげーむ」 天波浅葱さん


●「クリムゾン・パニック」 チャティさん


●「あ、うん。マウント。」 コンさん


●「空から降る一億のタライ」 緑平和




お題SS大会SPのお題 「高町なのは(中学三年生)」 「ランドセル」 「覆い被さる」



「部屋とランドセルと私」      執筆:桃野かえるさん



「おかしい……」
「どうした、急に。うん、ああ、いや、……そうだな」
「今何に頷いたんかは聞かんことにしてあげるとして、どうも最近わたしの世間での扱いが冷たすぎると思わへん? 色々出てないとか、ないがしろにされてるとか……」
「君はまた唐突におかしなことを言うな。――そんなの今更だろ」
「い、今さらりとわたしの存在価値を全否定するようなこと言わんかった!? ね、ねえ!?」
 パタン、と読んでいた本を閉じ、諦めたようにクロノはため息をついた。何に諦めたかは言うまでもない。そのまま、目の前でだらりと机に上半身を突っ伏している友人に、冷ややかな目を向ける。
「それで、君の頭がおかしいのと、この部屋で怠惰に過ごしてることと、何か関連性があるのか?」
「……クロノくん、さっきまでのわたしとの愛くるしいトークがあった後とは思へんほど冷たい反応やけど、何か嫌なことでもあったん? まあ、それは愛ゆえにさらりと無視するとして、そんなわけで労わられていない可哀想なはやてちゃんに、特別ご奉仕を要求します」
「特別ご奉仕? 何だ言ってみろ。お金で君がいなくなるなら喜んで支払おうじゃないか」
「うん、実は買い物に付き合って欲しいんや。リインのランドセル買おうと思って」
「ランドセル……? まだリインには早いだろう」
 はやての相棒であり、それこそ愛くるしさ溢れるマスコット、リインフォースUの姿を脳裏に思い浮かべ、クロノは不思議そうに眉をひそめる。デバイスである彼女を学校に通わせようというのは実にはやてらしい発想だとは思うが、それにしても初等部すらまだ、幼き少女には早すぎる。言語を習得したのすら最近だというのに。
「そんなことないってー。通うのは全然先の話やけど、今のうちランドセルを買っておくのは悪くないと思うんや。そんで着せ替えゴッコで飽きるまで遊ぶ。ええと思わへん?」
「親馬鹿だな、君も……。だが残念なことに、僕は艦から離れられないからな。これで、僕の分としてくれ」
 言って、クロノはデスクの引き出しから何かを取り出し、それをはやてに投げてよこした。突然だったので少し慌てながら、はやては両手でそれを受け取る。覗き込んでみると、そこには黒いカードが鈍い輝きを放っていた。
「わ、これキャッシュカード? ふとっぱらやねー」
「リインのことだからな。ランドセル分は、上限なく好きに使ってくれて構わない」
「……その他の分は?」
 上目遣いの視線に、クロノは苦笑しながら、
「節度をもって、な」
「やった! クロノくん大好きー!」
「やめてくれ、金で好意を貰いたくはない」
「もう、分かってるくせにー。こんなんなくたって私はいつもクロノくん一筋やで!」
「君の好意はまるでいらないから、リインによろしく言っておいてくれ」



「というわけで、ランドセルを買います」
「…………う、うん」
 ショッピングセンター。
 はやての説明を受け、とりあえずといった感じで、なのはは小さく頷いた。それから、おそるおそる、肩まで手をあげ、発言を求める。
「はい、なのはちゃん」
「あの……なんで、わたしが呼ばれたのかな?」
 連絡を受けたのは急な話だった。久しぶりのオフだったので実家の手伝いをしていたら、突然はやてから電話があり、こちらに呼び出されたのだ。何の用件も伝えられていなかったが、とりあえずの趣旨は今の説明で理解できた。しかしそこで何故自分が呼ばれたのかは、まったく理解の範疇の外だった。
 頭の上にハテナマークがいくつも浮かんでいるなのはの表情を感じ取り、はやてはうん、と一つ頷くと、
「そこでなのはちゃんは、モデルになって欲しいんや」
「モ、モデル?」
「そや。私ひとりやったら、実際に着た感じがどんな風とか分からんからね」
 あっさりとはやては言う。
 しかしモデルということは、当然着るものは、今日のお目当てである――ランドセルということになる。
(ふ、ふええ)
 高町なのは15歳。ランドセルは3年前に卒業済みである。
「そ、それならリインちゃんに頼めば」
「リインにはギリギリまで秘密にしといて驚かせてあげたいやんかー。これも親心ってやつやね」
「じゃ、じゃあ背格好が一番近いヴィータちゃんでも」
「ヴィータはあいにく今日は仕事でなー。ていうか私のまわり、今日暇なのなのはちゃんしかおらんくてなー」
「あ、あうう」
 困ったようにあたふたと身振り手振りをくわえるが、そんなことで止めてくれる八神はやてではなかった。
 というかむしろ、その困惑を楽しんでさえいるご様子である。
「ほな、さっそく行こうか。大丈夫、モデルさんがベっぺんさんやから、きっとどれ着ても似合うと思うで」
「う、うれしくないよー!」
 結局。
 日を改めればいいんじゃないかとか、そもそも鏡があるんだからはやて一人でも大丈夫なんじゃないかとか、そんなことをなのはが気付いたのは、周囲の視線とくすくすと囁かれる笑い声の中で突如開かれた中学三年生のランドセルショーが閉幕した、ずっと後の話だった。



 後日談。
 その日、クロノは自室のソファーで仰向けに寝転がり、本を片手に休日の余暇を満喫していた。
 と、
「とうさまー!」
「ぐわっ!」
 途端、腹部に強烈な衝撃と重みが襲い掛かり、思わず持っていた本を手離してしまった。バサッと床に落ちた本のかわり、クロノの視線に飛び込んできたのは、馬乗りで自分のお腹あたりに覆い被さっている、小さな幼女の姿だった。
「とうさま! 見てください見てください、リインのランドセルなのですよー!」
「お、おお……」
 いまだ全身に伝わる痛みは尋常なものではなかったが(どうやらかなり助走をつけてきたらしい)、リインが必死にしょっているランドセルを見せてくれる姿は、愛くるしいを通り越して思わず抱きしめたくなるほどの犯罪的な可愛らしさだった。いまだ艶を放つ真新しい赤いランドセルがとても眩しい。そしてそれをしょっている満面の笑みのリインの姿の、なんと輝かしいことか! リイン単体では200点でしかないが、彼女がランドセルを背負うことにより、それは500点に値するといっても過言ではないだろう(無論100点満点の話だ)。
「とーさまー。リイン、可愛いですかー?」
「可愛すぎて僕は自分を見失うところだったよ」
「えへへー。とうさまに褒められちゃいました〜」
 そのまま、覆い被さった姿勢を前に倒し、ペタッとクロノの胸に身体を預けてくるリイン。すりすりとネコのように頬をこすりつけてくる姿が、なんとも愛らしい。ランドセルもよく見えて更に相乗効果で倍率ドンである。
「あ、とうさま。実は写真もあるのですよ」
「なに。見せてもらってもいいかい」
「はいなのです」
 熱に浮かれたまま、手渡された写真を受け取り、普段の彼からは想像もつかないようなとろける笑顔で写真に視線を向ける。
「ああ本当に可愛い何だはやてか」
 クロノは写真を放り投げた。
 現実を見せられたようで、一気に気持ちが重くなる。
 写真には、何故かいい歳してランドセルを背負った中学生の姿が映し出されていた。意味が分からない。はやて単体では20点でしかないが、彼女がランドセルを背負うことにより、それは2点に値するといっても過言ではない(無論100点満点の話だ)。
「あ、間違えました。今のははやてちゃんの趣味でとったものでした」
 ごそごそとポケットをまさぐりながら、リインはもう一枚の写真を差し出してくる。少しだけ表情を苦くしながら、クロノが訊ねた。
「はやてが写ったやつじゃないだろうな?」
「はい。はやてちゃんが言うには、今回のお礼、だそうですー」
 あやしさしか伝わらないが、リインから渡されたものを拒否するわけにはいかない。仕方なく戦々恐々と写真を受け取り、ゆっくりとクロノは写真を見た。
 そこには、
 聖祥学園の制服に身を包み、背丈に合っていないスカートを必死に両手で押さえながら、顔を真っ赤にして撮られている、ランドセルを背負った高町なのはの姿があった。


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 感想などは 『黒歴史NOTE』 へどうぞー





「おーさまげーむ」      執筆:天波浅葱さん



 元はといえば、彼女(はやて)が急にみんな――友達とか、ヴォルケンリッターとか、まあそんな面々を集めて王様ゲームをやり出したのがきっかけだったような気がする。
 ほら、割り箸に王様と人数分の番号を書いて、王様の箸を引いた人が好きな風に命令できるっていう。

 忘れていたのだ。彼女はこういうことになると、とても強気になるということを。


「……懐かしいなぁ」

 ちょこんとベッドの上に置かれたそれを、なのははじぃっと見つめる。
 物置の奥にしまい込まれていた物は、ほんの僅かに埃を被っていたけれど、まだ色褪せることない赤い色をしていた。
 三年前まではこれを背負って、大好きな友達と一緒に通学路を通っていたのに、今ではそれは手提げのバッグに変わり、制服も変わって。そう思うたびにああ、自分は成長したんだなぁとしみじみ感じるのだ。
 が。正直、もうこれを背負うことなんて恥ずかしいもの以外の何物でもない。……だというのに。

「……ううう」

 駄目だ、いざこうして自分のランドセルを目の前にしてしまうと、小さい頃の自分を思い出して顔が真っ赤になってしまう。そう、まるでこのランドセルのように。
 中学三年生にもなって、あんな命令を要求されるなんて思わなかったのだから、なおさらだ。

「はやてちゃん、流石にこれはちょっと恥ずかしいよぉ」

 やりきれずに、ぼふっとランドセルの上に覆い被さりながら、毛布の中に顔を突っ伏す。
 お腹に当たるものの感覚がちょっと苦しいけれど、羞恥心の前では二の次だ。
 今からこれを背負って、下にいる他のみんなにその姿を見せろという命令なんてどういう発想したら出てくるというのだろう。
 ああ、他の友達は自分の姿を見てどう思うだろうか。
 少なくとも一番の親友は――きっと腹を抱えて笑ったりはしないと、そう信じたい。
 そう思いながら、観念したなのはは起き上がり、幼い自分が背負っていたランドセルに……ゆっくりと、腕を通した。

 うん、やっぱり少しきつい。


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 感想などは Recovery&Reload へどうぞー






「クリムゾン・パニック」      執筆:チャティさん



 封印訓練用に安全度の高いロストロギアを、という発注をして送られてきたロストロギアを見たなのははただただ唖然となった。

 思いがけず頬に冷や汗を伝わせるなのはの目の前にはロストロギアという危険物ゆえに慎重に慎重を重ねて運ばれた「それ」がある。

「……ええっとこれって」

 物によっては世界を滅ぼしかねないロストロギアとはいえ、そのロストロギアはなのはにとってあまりに馴染みの深い物だった。
 室内灯の光をまばゆく照り返して鎮座まします「それ」は、どう控えめに見てもなのはの出身世界である第九十七管理外世界「地球」産の物品。日本において初等教育を受ける児童たちが身につける装身具のひとつ、つまるところ鞄で……。
 いや小難しい言い回しなど必要ない。
 ずばりランドセルだ。
 封印処理済みのシールが貼られている以外は新品のランドセルそのもの。
 しかも古式ゆかしい女児児童専用の赤いランドセル。
 赤ーい赤いランドセル。
 昨今ではジェンダーフリー教育の煽りを受けて色とりどりの物が溢れているがあれは個人的のどうかと思う。
 ご丁寧にも側面にはランドセルをそのまま小さくしたランドセル型のポーチ、いわゆる赤ちゃんランドセルまで付いている。
 ○るーい○るちゃんランドセル、などと思わず口ずさんでしまいそうになる。
 同梱されていた注意書きを兼ねたマニュアルを見る。
 ――ロストロギア『クリムゾン・バックパック』
 本来は周辺の魔力を吸収し、使用者に魔力を供給することを目的に製造された一種のサポートデバイス。
 ただし魔力供給を停止する機能の破損により魔力供給が際限なく行われてしまう欠陥がのちに判明。その欠陥から、使用者を危険に晒す可能性を持つためにBランクのロストロギアに指定。なお封印作業の過程で……。
 そこまで読み上げてなのはは改めてランドセルに視線を移した。
 その人畜無害な姿形とは裏腹になんとも仰々しい名称と恐ろしい効果である。
 今はその機能が封印されているとはいえ魔力が際限なく供給されるということは、風船に許容量以上の空気を送るようなものだ。限界以上に膨れ上がった風船がどうなるかは言うまでもない。
 とまあ、それも封印されている以上は心配はない。
 ふとなのはの心中には郷愁のような感情がこみ上げてくる。
 懐かしいな。
 もう自分にとっては十年も前のことだ。
 もっとも自分がかつて通っていた聖祥小学校で使用していたのはごく一般的な小学生の持つランドセルではなかった。持ち手を変えれば手提げ鞄にもなる聖祥小学校指定の背負い鞄だった。
 それが誇らしい気持ちになると同時に、ごく一般的なランドセルに対して一抹の羨望を抱いたことがなかったといえば嘘になる。
 そんな郷愁の念にかられたなのはの脳内で優しげな天使が悪魔の声音で囁いた。

 ちょっと背負ってみましょうよ、と。

 ……のちになのはは語る。あれは魔が差したのだと。
 確かにJS事件が事後処理を含めた全てが終わって久しかった。スバルやティアナ達も予想以上の成長を見せ、ヴィヴィオもすっかり事件から立ち直ってくれた。機動六課の試験運用期間も終了まであと幾ばくもなかった。ついでに言えばユーノも最近は無限書庫の仕事が落ち着いてちょくちょく顔を見せてくれるようになって十年来の遅れを取り戻すかのように急激に仲が深まっていた。ヴィヴィオと三人で今まで行きたくても行けなかった遠出のお出かけにも行けるようになった。
 つまりは概ねにおいて平穏無事、順風満帆、人生青信号、世は全てこともなしだった。
 如何な不屈のエースオブエースといえどもそんな時にまで張り詰めていてはかえって身体に毒というものだ。
 少しぐらい息抜きしたっていい、羽目を外したっていい。そう考えた。
 部屋を出て周囲に誰もいないこと確かめ、そそくさと元いた保管室に引き返す。
 二本の肩ベルトをぎりぎりまで緩める。
 それぞれの肩ベルトに腕を通した。
 ついでに予備のヘアゴムバンドを出して昔のようにツインテールにしてみた。
 レイジングハートを起動。バリアジャケットを聖祥小学校の制服に近い形状に再構築してまとう。
 全ての準備が整う。
 言っちゃあなんだがノリノリだった。幼少期に叶えられなかった願望を成熟してから叶える、というのは決して珍しい行為ではない。なのはの中にある理性のプロテクトが今日、今この時ばかりはバグまみれになって機能していなかった。
 目を閉じたまま保管室にあった姿見の前に立ち、勢いよく目を開く。
 姿見の中には、ランドセルを背負った私立聖祥小学校の制服に身を包んだ時空管理局本局武装隊航空戦技教導隊、現在機動六課に出向中であるスターズ分隊隊長である高町なのは一尉、御年十九歳の姿があった。

「……」

 自分で言うのも何だが筆舌に尽くしがたい破壊力だった。

「あ、あははははは」

 渇いた笑いが漏れる。やけくそ気味にくるりと回ってみる。

「……ない。うん、これは、ないよ」

 わかっていた。わかってはいたことだったのだ。でも無駄だとわかりながらもどうしてもやってみたかったのだ。
 夢から覚めるとは正にこのことだろう。なのはは光よりも速く現実へと帰還した。人の夢と書いて儚いとはよく言ったものである。
 一刻も早くこの姿を記憶のいや虚数空間の彼方へと封じ込めてしまいたかった。万が一にも誰かに見られようものなら自分が虚数空間入りするしかない。ランドセルの肩ベルトに手をかけ、

「あ、あれ?」

 ランドセルが脱げない。
 身体のどこかに引っかかっているなどとは乙女(十九歳)の矜持にかけて思いたくなかった。だが状況はさらに深刻だということに気づく。
 引っかかっているのではない。張り付いているのだ。制服の上からぴったりと。

「う、うっそお?!」

 瞬間的に冷静さを失った顔で何度も何度も引っ張る。身体機能を魔力強化。トランプの束を引きちぎれるくらいの怪力を引き出してもランドセルはなのはの身体に張り付いて離れようとしない。
 さらにその瞬間、ランドセルから眩い光が放たれなのはを包んだ。

「しまっ、封印処理が甘かったのっ?!」

 なのはは咄嗟に事態を打開すべく思考を巡らせるがどうあっても無駄だった。
 光はなのはの身を包みきり。

「……え?」

 光は唐突に消えた。すぐさま自分の身体の状況を確かめる。どこかを負傷していることもなければ、魔力の過剰な供給が始まっている様子はない。
 何事もなかった。

「た、助かった?」

 以前事態は好転していないが少なくとも致命的な事態は避けることができた。
 と思った。

「……ん?」

 微かな違和感。なんだろう、何かが違う。
 原因を探るべく姿見に映る自分の姿を見やりようやく気づく。
 姿見に映るのは今となっては痛々しいにも程がある小学校制服を着てうずくまる自分の姿。
 その制服に包まれた身体が、本当に微かに縮んでいた。

「まさかっ?」

 慌てて自分の頬をなぞる。
 今度こそはっきりと気づいた。十九歳とはいえ直に二十歳そろそろお肌の曲がり角を意識しなければならない悲しい年頃。そんな確実に瑞々しさを失い始めていた自分の肌に僅かに取り戻されている全盛期の潤い。

「……これって」

 間違いなかった。自分は若返っている。
 しかも中途半端に。
 待て待て待て落ち着け高町なのは。
 事態は更なる混迷の一途を辿っている。いったん状況を把握しなおせ。
 取りも直さずいま重要なのはこのランドセルをいかに引き剥がして制服を元に戻して通常の自分を取り戻すかだ。
 若返ったとはいえ、今の自分はせいぜい中学三年生くらい。
 本当は十九歳なのに九歳の服装を着て姿形は十五歳? それなんてカオス?
 いまのちぐはぐな自分の姿を人が見ればどんな想像を抱くか考えるだに恐ろしい。
 と、ともかくもう一度っ!

「あ、なのはママこんなところにいたー」

 ランドセルを剥ぎ取ろうとしたところに背後から突き刺さる底抜けに無邪気な声。

「ヴィ、ヴィヴィオ?!」
「あれーなのはママどうし」

 幼い愛娘の声がぷつりと切れる。
 見ないで! と言う間こそあれなのはは両手で自分の身体を抱きすくめるようにして隠した。

「なのはママ。その格好?!」

 震える声で尋ねるヴィヴィオ。
 きっとこんな妙ちきりんな格好をしている母を見て驚いたに違いない。泣き出してしまうのではなかろうか。

「あ、あのねヴィヴィオ! こ、これはね違う、違うんだよ、そのえとえと違うんだよっ!」

 数々の言い訳が口から出ようとしては引っ込む。これ以上自分の醜態を見せまいとなのはヴィヴィオに覆い被さるように抱きつきその視界を遮った。

「なのは、ママ?」
「うん」

 自分の胸の下から聞こえる思いがけず冷静な愛娘の声。
 ヴィヴィオはなのはから身を引き剥がすと、その肩に優しく手を置いて妙に悟りきった声で言った。

「きっとユーノさんは、なのはママのありのままの姿が一番好きだと思うよ?」

 その一言は深々となのはに突き刺さり食い込んで離れなかった。



 ちなみにランドセルは後日ユーノが無限書庫の記録から解除方法を見つけ出してあっさりと外れた。


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 感想などは らくがき茶屋ブログ へどうぞー





「あ、うん。マウント。」      執筆:コンさん




「助けてなのはちゃん……っ!」
「ふ、ふえぇっ!?」

 学業と時空管理局の職務という二足の草鞋を履いた高町なのは。そんな忙しい彼女にだって、たまに休日は訪れる。
 遊びの予定も無く家でのんびりと過ごしていた、そんな日に。騒動が擬人化したような人が飛び込んできた。

「クロノ君が!? クロノ君が―――クロノ君がっ!」
「エイミィさん落ち着いて! な、何があったんですか……?」
「廃人になっちゃった」
「え、えぇえええええええっ!?」

 目を大きく開いてみっともなく大声を上げるなのは。そんな彼女を見て、エイミィは一言。

「なのはちゃん、落ち着いて?」
「落ち着いていられませんよ!?」

 後々にして思ってみれば。

「とりあえずクロノ君家まで着てくれるかな?」
「は、はい……」

 もう、この時から遊ばれていたのだろう。






 海鳴町にあるハラオウン宅。マンションの扉を開けるとリビングが見えた。広いリビングにぽつんと置かれた椅子の上に、彼はいた。
 燃え尽きたかのように真っ白になって項垂れている、クロノ・ハラオウンだ。

「ど、どうしてこんなことに……」

 その余りの憔悴っぷりに掛ける言葉が見つからないなのは。

「仕事の、しすぎでね。七徹を終えて寝て起きたらこんな風に……」
「あ、あの。ミッドチルダも労働基準法ってありますよね……?」
「クロノ君を助けられるのは、なのはちゃんしかいないんだよ!」
「は、話が飛んでますよ!?」

 困惑したなのはを置いてけぼりにして力説するエイミィ。人の話を聞く耳は持ち合わせていなさそうだ。

「今のクロノ君は、激務を終えて燃え尽きちゃってるんだ。だから、元に戻るのはまた火種を入れてあげればいいんだよ。そう、クロノ君の魂をもう一度燃やしてあげればいいんだ……!」
「え、えっと。それと私にどういう関係が……?」
「分からないかな?」

 わからないという顔をしたなのはに、エイミィは告げる。片手を振り上げ、まるで演説するかのように。

「魂を呼び覚ますもの。明日への活力。奮い立つ希望! それ即ち―――萌えだよ!」

 一瞬、空気が凍った。

「―――萌えってなんですかぁっ!?」
「なのはちゃんだよ」
「わ、わけわかりませんよ!?」
「なのちゃんだよ!」
「だ、だからー!?」

 わたわたするなのはに笑顔でサムズアップするエイミィ。

「なのはちゃんが萌え萌えな格好をすれば、なのはちゃんに萌え萌えもクロノ君が萌え死ぬこと間違い無し! つまり、クロノ君の魂が揺さぶられて蘇る!」
「し、死ぬとか言ってるじゃないですかー!?」
「これで蘇らなかったら、クロノ君は男じゃないっ!」
「あ、あのー!?」

 がしっ、となのはの両手を握るエイミィ。

「協力して、なのはちゃん」
「で、でも」
「なのはちゃんは、クロノ君がこのままでもいいの……?」
「そ、それを言われると弱くなりますが……」
「だったら協力してくれるよね!」
「う、うう」
「もう、衣装も用意してあるんだよ!?」
「衣装ってなんですかー!?」

 エイミィさん、再びサムズアップ。

「私立聖祥大付属小学校の制服」





 ややあって。

「どこで買ったんですか、これ……」

 頬を赤く染めたなのはさんがそこにいた。
 ブラウスと丈の短いスカートという、中学のものとは違う。それは真っ白なロングスカートの制服。ひるがえっても中が見えない安心設計のそれは、つい三年前までなのはが着ていたものだ。
 三年前との差異は、背に負った鞄。小学校時代は手提げ鞄を愛用していたのだが、誰の趣味か赤いランドセルが用意されていた。
 この企画の趣旨を考えればクロノの趣味なのだろうか……?

「実はそれ、フェイトちゃんが六年生の時の制服なんだ」
「え、でも……」

 言われてみれば丈が少し短いような気がする。
 しかし、しかしだ。

「うぅ……」

 少し余っている。

「うん。だいたいぴったりみたいだね。少し余ってるみたいだけど」

 胸が。

「これ、フェイトちゃんが六年生の時のなんですよね……?」
「そうそう。いやー、フェイトちゃん発育が良ってねー。一年しか着られないけど買い換えたんだよー」
「そ、そうですか……」

 親友の成長を目の当たりにして項垂れるなのは。

「さあ、計画の第一段階は達成した! これより第二段階に移行する!」
「ま、また何か着るんですかあっ!?」
「ううん。衣装はそれで完璧。……まあ、胸は余っちゃってるけど」
「言わないでくださいよう!?」

 なのは涙目。

「第二計画は『萌えシチュでクロノ君を冥府の淵から呼び覚まそう!』だよ!」
「その、ものすごーく頭が悪そうな計画は何なんですか……?」

 にやーっと笑うエイミィ。

「これを読み上げてくれるだけでいいから」

 どこから取り出したのか台本のようなものをなのはに突きつけてくる。

「これは……?」

 目を落とすと題名が書いてあった。その名もずばり、『幼なじみ』。
 訝しげな目でエイミィを見上げるなのは。

「う、疑ってるね!?」
「だって、なんだかやましい予感がします」
「私のせいじゃないよ! 悪いのは、幼なじみ萌えのクロノ君だよ!」

 なのはは、クロノとの付き合いをちょっと考え直そうかなぁと思った。
 背に負った鞄から突き出た縦笛や、中をめくるときっちりと時間割表が入っている手の込みようからも、仮に本当にこれがクロノの趣味なら絶縁もありかな、と思った。

「な、なのはちゃんはクロノ君を助けたくないのかな!?」
「そりゃあ、助けたいですけど……」

 クロノは友達だし、恩人だ。そうそう簡単に見捨てられる人ではない。
 いちおう、たぶん、その、はず。

「クロノ君を助けるために、なのはちゃんにはその台本を読み上げてもらわなきゃいけないんだよ!
「ま、まあただ読み上げるだけなら……」
「情感たっぷりにね」
「…………」

 無言で台本をめくってみる。
 読む。
 読む。
 読む。

「えいっ」

 投げ捨てた。

「な、なんで捨てるのかなあ!?」
「こ、こここここここここぉっ!」
「はいはい。どうしたのかな、にわとりちゃん?」
「ここ、ここぉっ!」

 からからっても通用しなさそうなので素直に指差された箇所を見やるエイミィ。
 そこには、『ちゅーする』と書かれてあった。
 エイミィは、はてな顔で返した。

「おはようのちゅーは基本じゃない?」
「幼なじみってそこまでするんですかあっ!?」
「がんばって☆」

 と、告げてから。思い出したように時計を見るエイミィ。すると急に表情に焦りが走る。

「と、とにかく! クロノ君を助けてなのはちゃん! 時間も無いし!」
「そ、そうだったんですか!?」
「うん。ぶっちゃけ、三分以内にどうにかしないとかなりやばいね」
「最初にそれを言ってくださいよぉっ!?」

 顔を赤くしてうーうー唸るなのはさん。

「……やってくれる?」
「……クロノ君にはいっぱい助けてもらいましたし、仕方ありません」





 そんなわけで。
 (胸以外が)ぱっつんぱっつんの、小学校の制服に身を包んだランドセル高町なのはは、廃人のようなクロノをゆさゆさと揺さぶっていた。
 虚空にばかり動く彼の目線はかなり怖いものがあったが、文句は言っていられない。

「お、起きて。クロノ君、起きて」

 照れが入り顔が赤く自然な感じはさっぱり無いが、それはそれでグッドだとはエイミィさんの言葉。

「今日は日直だから早く起こしてって言ったのはクロノ君じゃない。もう、ほんと手間かかるんだから」

 クロノのことを思ってか、ほどよい力で揺さぶりを掛けるなのは。しかし、それは心地よい眠りを誘うだけだ。
 現に、クロノの瞼もうつらうつらと閉じようとして―――

「くわっ!」
「うわ、目が見開いた!?」

 ―――急に開いたと思ったら、閉じた。

「……え、えーっと」

 突飛な出来事に思考が止まったが、再起動。台本の続きを思い出す。
 そう、確か……。

「クロノ君。起きてくれないとちゅーしちゃうよ……?」

 接近する、なのはとクロノの唇。いくら恩人でもこれは引き受けてよかったのかな、とか。ファーストキスが、とか考えながら。唇はゆっくりと近づいていき―――、

「……何をしているんだ、なのは?」
「…………」

 突如として飛び込んできた声の主を見やると、クロノだった。彼は自室の扉から顔を覗かせていた。

「え、えっと。その……あ、あの……!?」
「あと、その服装は。……いや、あえて何も言うまい」
「目を逸らさないでぇっ!? く、クロノ君!?」
「に、似合ってるぞ……?」
「そんな申し訳無さそうな顔をしながら言わないでぇっ!?」

 椅子に腰掛けたクロノと、自室から顔を出したクロノ。二人のクロノを目の前にして混乱するなのはだが、ふと目に入ったエイミィの表情から解を得た。
 即ち、彼女の『あっちゃー。本人出てきちゃったかー』という表情から、理解した。

「エイミィさん?」

 自分が嵌められたことを。

「あ、あはは、あはははは。いや、その、たまの休日を持て余しちゃって……ね?」

 冷や汗や油汗やらをたらたらだらだら滝のように流すエイミィ。彼女は、般若に睨まれていた。
 羞恥心混じりの般若は少々可愛らしくはあったが、鬼気と殺気まで孕んでいるため冗談めかせない。

「暇だから私で遊んだんですね……?」

 怯えながら首を縦に振るエイミィ。

「で、でもなのはちゃん! 管理外世界で許可無く魔法を使うのはご法度だから……その、ね?」

 瞬間、なのはがエイミィに飛び掛る。

「ちょ、な、なのはちゃん!? マウント!? マウント!? ま、まだ魔法の方がい」

 メキィッ。

「少し……頭、潰そうか?」

 ギチィッ。

「ちょっちょっちょっまっまっまっ―――マ゛ッ!?」

 バキィッ。

「…………あー」

 突如として眼前で展開された陰惨な光景。飛び散っちゃまずいものが色々と飛び散るのを前にして、彼は口を開いた。

「……寝よう」

 起きたら床の掃除をしないとな、とか思いながら。

「……はぁ」

 それと、赤ランドセルはもっと分かり辛い場所に隠そう。とも思った。




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 感想などは 『魂の奥底から叫んでみよう!』 へどうぞー






「空から降る一億のタライ」     執筆:緑平和



 15歳と言う年齢は、高町なのは達にとってほんの少しだけ特別な時間だったのだろう。

 普通、という言葉が何を指しているかは誰にも指摘できないだろうが、おそらく一般的な進路――高校へ行くと言うある種通過儀礼的なイベントに縁のない彼女達は随分と物珍しいパターンに入るのだろう。
 彼女達のクラスの担任は自分の受け持つクラスから高校へ進学しない生徒が三人も出る事に対して、さすがにそれはどうかと渋ったのだが、それも当然かもしれない。

 けれども、そこらへんは小さい頃、とある体験教室“のようなもの”で経験した仕事に酷く感銘を受け、中学卒業後は“ある意味”海外で本格的にその仕事を経験してみたいと説明したところ、なんとか納得させることに成功した。
 実際のところ、そういった部分ではリンディ提督などの尽力もあってつつがなく事を運ぶ事ができたのだ。

 そんなわけで、なのは達にとって15歳というのは他の人よりちょっとだけ早い最後の学生生活を過ごす一年となるのであった。
 さて、これはそんな彼女達が過ごした、ある日の放課後に起きた物語である。

「なっ、なのはちゃん! あぶなーいっ!?」
「ふえ?」

 高町なのはの頭頂部に何やら硬いものが直撃した。
 あまり前振りとは関係の無い始まりだった。

 さて、いくら魔導師として規格外の才能を有し、エース・オブ・エースなどと呼ばれていようが彼女自身は武道の達人でもなんでもない。
 元々彼女は運動が苦手な方なのだ。それでも管理局の適正な訓練プログラムをこなすことによって、並の女子中学生よりも高い運動能力を得るに至ったが、それでも彼女の兄や姉と比べれば足元にも及ばないだろう。

 つまるところ、いきなり上空から高速で飛来する物体を避けることは彼女にはできなかった。

 がいん、となにやら鈍い音が響き、なのはは悲鳴の一つも上げずに、その場に崩れ落ちた。
 あまりにも唐突な出来事ではあるが、何が起きたのかを説明するのは簡単だ。

 タライが。それもただのタライではない、金ダライが空から落ちてきたのだ。
 まるで“魔法”のように、唐突に空中から落下してきた金ダライは、そのまま重力に運悪く、下を歩いていた高町なのはの頭部に直撃したと言うわけだ。

 まるでコントのような光景だが、それが今起こった事をありのままに描写した事実であった。
 さて、そんなわけで倒れ付すなのはと、落下の衝撃でぐわんぐわんと未だに喧しい音を響かせる金ダライだけがその場に取り残される。

 そこに、慌てた様子で一つの影が駆けつけてきた。
 全速力で走ってきたのだろうか、息を切らし肩を上下させながら、彼女は目の前に広がる惨状に「うわぁ……」と小さな呟きをもらした。
 先程の警告の言葉と同じ声の少女。それは高町なのはの親友でもある八神はやてであった。

「な、なのはちゃん……生きとる?」

 何故か遠慮がちに尋ねるはやて、しかしなのははピクリとも動くことなく、当然返事も返ってこない。
 そんな事実に、はやての顔からサーッと血の気が引いていく。

 さて、早速ではあるがここで解決編を始めたいと思う。

 なのはに金ダライを激突させた犯人。それは、ここに居る八神はやてである。
 彼女は人の居なくなった放課後、ちょっとした出来心から魔法の練習をしていたのだ。

 ちなみに彼女が目をつけたのは召喚魔法。なぜ普段まったく使わないと言うか、まともな術式も知らないままそんな魔法を行使しようとしたのかは激しく不明だが、ノリと勢いではやては物体召喚魔法を行ってみた。
 多分理由を聞いたら「いやほら、なんか使えたらカッコよさげやん?」とでも返ってくるのだろう。あまり深く追求したところで意味は無い。
 はてさて、そんなこんなで召喚魔法に手を出してみたはやてではあるが、莫大な魔力を有しているとはいえ元々細かい魔力運用を苦手としている彼女である。

 ソレに加え、今日は彼女をサポートする筈のリインはヴォルケンズと共に調整の為に管理局へと出向していた。
 無事に成功する可能性は限りなく低い。だが、はやてはものの見事に召喚させることに成功した――もちろん、金ダライをだ。

 ただ、問題を挙げるとするならば、それは窓の向こう側……何もない空中に現れ――その真下に高町なのはが居たことだろうか。
 そして、時間は今に至る。といったところである。

「へ、返事してくれると嬉しいんやけどなー、なのはちゃーん?」

 小さく声を掛けながら、倒れ付すなのはにむけてじりじりと距離を縮めていくはやて。
 だが、やはりなのはからの反応らしい反応はない。

 やがて、なのはの傍らまで近づいたはやてが、その様子を伺うべくそーっと覗き込むと、いったいどのタイミングで書いたのだろう。
 なのはの指が地面の土をなぞるように「チビダヌキ」と描いていた。血文字でなかったのはこの場合幸いなのだろうか?
 そんな光景に、はやては反射的に残されたダイイングメッセージ(死んでない)を足で掻き消すと、なのはの傍らに膝を付き彼女の体を優しく抱き上げた。

「だ、だれやっ! 誰がこんな酷いことを! 許せへん、私の親友をこんな目に合わせた奴を私は絶対揺るさへんでー!」

 額に大量の脂汗を浮かしながら、虚空に向けて叫ぶはやて。絶賛現実逃避中である。
 だがしかし、その叫び声が契機となったのだろうか、今まで完全に気を失っていたなのはから「う……ううん……」と声が漏れた。
 その声に、はやての背筋が凍る。ヤバイ、殺されると本能が警鐘を鳴らす。

「ど、どど、どないしよ!? い、今ならトドメ刺せるかな!?」

 パニックのあまり物騒極まりない事を呟くはやて。だが、幸か不幸か、地面に転がったままの金ダライにはやてが手を伸ばしたところで、なのはの瞼が開いた。
 なのはの真っ直ぐな視線がはやてを射抜き、彼女の動きがぴたりと静止する。右手は丁度凶器(金ダライ)を掴んだところだった。

 ギギギ、とぎこちなく首を巡らせ、なのはの方に向き直るはやて。
 けれど、はやての予想とは違い、なのはは何故か驚いたように目を見開き、はやての事をじっと見詰めているだけだ。砲撃魔法も収束魔力砲も飛んでこない。

「あ、あの……なのはちゃん?」

 重たい沈黙となのはの視線に耐え切れず、ぎこちなく問いかけるはやて。
 そんな彼女になのはが返した言葉は、あくまでシンプル極まりないものであった。

「お姉ちゃん…………だれ?」

 なのはの、純粋な瞳がはやてを射抜いていた。


 ●


「どないしたらええんやろ……」

 さて、所変わってここは八神邸である。
 先にも述べたとおり、今日ははやて以外の八神家の面々は管理局の方に出向しており、夜まで帰ってくる事が無い。

 それが幸か不幸かは解らないが、八神はやてはリビングの片隅で膝を付いて苦悩していた。
 仕事柄、いままでもそれなりにピンチと言う場面にはよくよくあっているが、これはかつて無いほどの危機だった。
 そんな彼女の悩みの元と言うのが――、

「あのー、大丈夫ですか?」

 悶々と悩み続けるはやてを気遣うような声。問題があるとするならば、その声の持ち主が今のはやてを悩ましている存在だった。
 高町なのは。八神はやてと同じ魔導師であり、かけがえのない親友である。
 だが、今の彼女には少しばかり問題が発生していた。

「あの、お姉さん……ご迷惑かけて申し訳ないです……」

 今現在の彼女ははやての知る高町なのはではないということだ。

 記憶喪失――という単語がはやての脳裏に浮かぶ。
 だが、話を聞く限りにおいてはよくある「ここはどこ? 私はだれ?」といった代物では無いらしい。
 彼女は自分が高町なのはであることを知っているし、自分がここ海鳴市に住んでいることも覚えている。

 しかし、彼女は八神はやての事を『お姉さん』と呼ぶ。つまり、今の彼女の中にはやては存在していないのだ。
 自分の所為とは言え、親友に存在を忘れられると言うのは些かショックな事態ではあるが更に話を進めていくと、重大な事実が解った。

『あんな、なのはちゃん? 今幾つ?』
『えーっと……6歳です』

 流石に、そう答えられた時にはかなりの衝撃がはやてを襲った。
 つまるところ、記憶障害による幼児退行といったところだろう。彼女の精神はなぜか6歳時点まで逆行してしまっているのだ。
 もちろん、その当時なのはとはやてに面識は無いが故に、彼女が八神はやての存在を知る筈もない。

 そんなこんなで、はやてはとりあえず彼女そのままにしておくことも出来ず、なのはを連れて自分の家に戻ってきたと言うところだ。
 とは言え彼女の記憶を具体的に元に戻す手段がそう簡単に思い浮かぶワケも無く、先程から部屋の片隅で懊悩し続けているというのが現状だ。
 本来ならば、こちらが気をかけねばならない筈なのに、逆に励まされている現実にさすがのはやても居た堪れなくなってくる。

「ごめんなぁ、なのはちゃん。私の所為でこないなことになってもうて……」
「あ、いえ……お姉さんが私を気にかけてくれてることは解りますし、それにさすがに異常事態なんだろうなぁってことは解りますから」

 自分の身体を見回しながら、こともなげに呟くなのは。
 精神が6歳当時に戻っても、身体は中学三年生のままである。どうやら彼女自身、自分の身になにやら異常な事が起きているという自覚が存在するようだ。

 それにしても、とはやては思う。
 あくまで記憶障害といっても6歳前後の精神年齢で唐突にこのような事態に巻き込まれたと言うのに、まるで動じることの無い様子にはやては戦慄にも似た感情を覚える。

「なんとなく解っとったけど、なのはちゃん……魔法と出合う前から大物やったんやなぁ……」
「ほえ? 何か言いました?」
「あっ、いや、なんでもないよ。ただの独り言」

 はてさて、感心している場合ではない。今はそんなことよりもなのはを元に戻す事が先決である。
 とは言え、その方法が思い浮かばないのも事実である。なのはの異常が発覚した直後ははやても慌てふためいていた為、思わず自分の家に連れて帰ってきてしまったが、やはりここはきちんと医者なりなんなりに見せたほうが良いのではなかろうか。
 そんな風に深刻に頭を悩ませていると、なのはの方から声を掛けてきた。

「あ、あのお姉さん」
「へ? あ、ど、どうしたんなのはちゃん?」

 流石に加害者であると言う罪悪感からか、なのはから声を掛けられると思わず背筋を伸ばしてしまうはやて。
 しかし、なのはの方もなぜか意を決したように一度大きく息を吸い込むと、

「あの、申し訳ないんですけど……お名前教えてもらっても構いませんか?」
「な、名前?」
「はい、その……お姉さんと私はお知り合いみたいですけど、その、ごめんなさい。私、そのこともすっかり忘れてるみたいで……」

 頭を下げつつ、本当に申し訳なさそうに呟くなのは。しかし、それはなのはが謝るようなことではない。
 今回なのははあくまでただの被害者でしかないのだから、そんなことで謝る必要などないのだ。
 そんななのはの姿を見詰め、はやては「やっぱり、なのはちゃんはなのはちゃんなんやなぁ」と感慨深げに呟く。

「はやて。八神はやてやよ、なのはちゃん」

 だから、はやては真っ直ぐになのはの言葉に応える。それが一番良い答えなのだと信じて。
 だが、しかし。

「じゃあ、はやておねーちゃん!」

 恥ずかしいのか、ほんの僅かにはにかみながら、それでもその純粋極まりない瞳ではやての方を見上げ、呟くなのは。
 そんな彼女の視線に、

「ぐはぁっ!?」

 はやてがダメージを受けていた。

「ど、どうしたのはやておねーちゃん? どこか痛いの?」
「い、いや、そーいうんとは違うくて……」

 なのはの可愛さ、という点についてはやては勿論知っているが、それでもこの変化球への耐性ははやての中には無かった。
 八神家の中でも、ヴィータはどちらかというと娘のようなポジションだし、まさかなのはに『おねーちゃん』などと呼ばれるとは思ってもいなかったはやてはそのあまりの衝撃に、眩暈すら覚えていた。

「ヤバイ、可愛すぎる……」
「はやておねーちゃん?」

 一瞬、邪な感情がはやてに芽生えかけたが、今はそれどころではないと、自己を戒める。
 そうだ。なのはの純粋極まりない瞳に癒されている場合ではないのだ。今は一刻も早く彼女を元に戻してあげなければならない。
 それがはやてに課せられた使命なのだ。

「なのはちゃん、私がきっと元に戻したるから、一緒に頑張ろうな!」
「うん……ありがとう、はやておねーちゃん」

 二秒で決意が砕かれた。ここ最近、めっきり大人っぽくなってきたなのはが、穢れを知らない幼女のように微笑みかけてきてくれるのだ。その破壊力はなのはの事をよく知るものだからこそ凄まじい。
 思わず視線を逸らし、鼻頭を抑えるはやて。もはや完全にノックアウト状態なご様子だった。

「でも、なんだか変な感じだよね」

 そんなはやての様子を知ってか知らずか、なのはは僅かに砕けた口調で自分の身体をぺたぺたと触りながら呟く。

「え!? もしかしてなんか調子悪かったりするん!?」

 事が事だけに、その言葉に過剰に反応するはやて。しかしなのはは照れ笑いを浮かべつつ、否定の意味を込めて手を振った。

「あ、そうじゃなくて……なんだかこう、いきなり成長しちゃったみたいな感じだから、なんだか違和感が……」

 そう言ってアハハと笑みを浮かべるなのは。
 彼女にしてみれば。いきなり大人の身体になってしまったような気分なのだろう。先程からしきりにスカートの裾を気にしている。
 小学校の頃と比べると制服の膝丈が短くなっているので、恥ずかしいのだろう。

 しかし、その恥らう表情がまたはやての脳髄を刺激する。

「な、ななな、なのはちゃん……よかったら服貸すけど着替える?」
「え、いいの?」
「かまへんよー、ウチにはホラ、いっぱいコスプ――ゲフゲフ、服あるから!」

 そう言ってパチンと指を鳴らすはやて。するとどういう仕組みになっているのか、壁の一部が開き懸架式の衣装ラックが音を立てて飛び出てくる。当然そこにはあまり普段着には出来ないような衣装が所狭しと並べられている。
 その尋常ではない光景に、さすがのなのはも呆然と見詰めることしかできない。

「え、えっと……はやておねーちゃん、これは……?」
「うふふふふ、なのはちゃんにはなんが似合うやろーなー、シグナム用に設えたコレが似合うんちゃうかなぁ」

 そんな事を言いつつ、衣装ラックからなのはもよく知っている聖祥大付属小等部の制服が取り出される。しかし何故かサイズがかなり大きめに作られている。
 それを手に、なのはの身体に合わせ、寸法を見定め始めるはやて。

「うーん、やっぱちょお裾上げなあかんかなぁ」
「あ、あのはやておねーちゃん。そ、そこまでしてくれなくても……」
「ええから! 大丈夫やから! あ、そや、ついでになのはちゃんの身体データを一から採取して……」

 どこからかメジャーを取り出してじりじりとなのはににじり寄るはやて。目が完全に理性を失った獣のソレになっている。

「ふ、ふえええ!?」

 そうして、なのはのか細い悲鳴が八神邸に木霊した。


 ●


「バッチリや……」

 満足げに、額に浮いた汗を拭いつつそんな事を呟くはやて。
 そんな彼女の視線の先には、すっかり小等部の制服に身を包んだなのはの姿があった。なぜかこの状況ではまったく意味のない学生カバンまで背負わされている。

 そんな自分の姿を眺めつつ、なのははどこか憔悴したような表情で肩を落としている。

「なんだろう……このいつも着ている筈なのに付き纏う違和感は……」

 まぁ、制服として着るのとコスプレするのとでは意味合いがかなり違ってくるのは当然なのだが、6歳相当のなのはには流石にそこまで理解することはできなかった。

「大丈夫! すごい似合っとるで、なのはちゃん!」
「あ、あはは……ありがとう、はやておねーちゃん……」

 どこか負に落ちない表情ながらも、素直に感謝の言葉を述べるなのは。純粋無垢とはこう言う事を言うのだろう。
 しかし、それでも言及するべき事はあったようだ。どこか遠慮がちに、はやてに疑問の声を投げかける。

「あ、あのね、ところで幾つか聞きたい事があるんだけど……」
「ん、どないしたん?」
「その……さっきからなんで写真を撮ってるのかな?」

 そう言うなのはを囲むように、はやては先程からデジカメを手になのはの周囲をぐるぐると回りつつシャッターを切り続けている。

「ああ、これはな……あ、なのはちゃん、もうちょっと見上げるような視線で」
「は、はぁ……」

 ついでに先程からひっきりなしに告げられるポージングの指示も果てしなく気になるのだが、それでも素直に要求に応えるなのはであった。

「これは……そう、あれやよ、記念? なのはちゃんの新たな出会いの?」
「出会い……?」

 いったい、何と何の出会いなのだろうか。考えるがなのはには解らない。
 その間もはやては興奮した面持ちでシャッターを切り続けるのであった。
 そうして暫く、ようやくデジカメから手を離し一息つくはやて。それを見てなのはからも安堵の溜息が漏れる。

「え、えっと……終わったの、かな?」
「あ、うん。ごめんななのはちゃん、つき合わせてもうて」
「だ、大丈夫だよ。はやておねーちゃんは、こんな事になっちゃってる私によくしてくれてるし、力になれることだったらなんだって協力するよ?」

 そんななのはの言葉に『ええ子やー、ほんまにええ子や』と瞳に涙を浮かべつつ、衣装ラックを再び漁り始めるはやて。
 その動きに、さすがのなのはの表情も「え?」といった形のまま固まった。

「あ、あの、はやておねーちゃん?」
「じゃあ、次はこんなのどうやろーか?」

 疑問の声をあげるなのはの言葉をスルーして、はやてが取り出したのは紺色のスクール水着だった。胸のゼッケン部分にはなぜか「なのは」と丸文字で描かれている。いったい何時用意したものなのだろう?

「え、えっと……さすがにそれはちょっと恥ずかしいかなぁ……」

 流石の純粋なのはも、表情を引き攣らせ後退りし始める。
 だが、はやてはそれを逃がすまいとスクール水着を掲げたまま、なのはのほうにじりじりと擦り寄る。

「大丈夫、痛くしたりせえへんから……な? なのはちゃん?」

 息が荒い。目は完全に据わっていて暴走モードに突入しているのが解った。

「ひ、ひいいいいいい!?」

 ついには恐怖に悲鳴を上げるなのは。しかし時既に遅し。部屋の隅に追い込まれたなのはに向けて、はやては突撃するのであった。

「さぁ、大人しくこのスク水を着るんや! ちなみにこの後はブルマーをご用意しておりま――れっ!?」

 と、はやてが襲いかかろうとした寸前、彼女は脱ぎ散らかされた衣服に足を滑らせ、そのままなのはに向けて倒れていった。

「にょ、にょわあああああああ!?」
「ひやあああああああああああ!?」

 少女二人の悲鳴が木霊するのと同時に、なにやら硬いものがぶつかるような音が八神邸に響いた。
 なのはとはやてはお互い縺れるように、床に転倒してしまう。

「ビ、ビックリしたぁ……って、うわっ、ごめんなのはちゃん? 怪我とかしてへん?」

 運よく、なのはに覆いかぶさるように倒れたはやては怪我らしい怪我も負っていないようだが、変わりになのはを下敷きにしてしまった格好となる。彼女は慌てて顔を上げ、なのはの安否を確かめようとするが――。

 そこには、なぜか怒りに表情を戦慄かせるなのはの姿があった。

「…………なにやってるのかな、“はやてちゃん”?」

 三人称が『はやておねーちゃん』から『はやてちゃん』に戻っていた。
 ピシリと、先程まで浮ついていたはやての感情が液体窒素に浸けられたかのごとく凍っていくのが解った。

「な……なのはちゃん記憶が戻ったんやね! よかった、本当によかったわぁ、し、心配したんやよぅ?」
「うん……はやてちゃんの“治療”のおかげでね」

 そう言って、自分の後頭部を撫でるなのは。おそらく先程盛大にこけた時に、どこかに頭をぶつけたのだろう。

「あ、あはははは。頭に衝撃を与えたら記憶喪失が治るって都市伝説やと思っとったけど、ホントに治るもんなんやねぇ」
「うん、私も思ってなかったよ……ついでに言うと、小学校の頃の制服を着せられた上に、襲い掛かられるなんて思ってなかったかな?」
「い、いや……これはあの、新手のショック療法といいますか……せ、せやけどなのはちゃんの記憶が無事に戻ってホントに良かった良かった!」

 あははははー、と視線を逸らしつつ、強引に話題転換しようとするはやて。
 だが、それで彼女からの追求から逃れられる筈がなかった。なのはは自分の身体からゆっくり距離を取ろうとするはやての腕をがっしと掴み、そのまま彼女の身体を引き寄せる。

「ねぇ、はやてちゃん……私、はやてちゃんにお願いがあるんだけどな?」
「いや……あの、恥ずかしいのは勘弁願いたいと思うんですが……」

 何故か標準語で返事するはやて。そんな彼女に向けて、なのはは淡々と呟くのであった。

「大丈夫、はやてちゃんなら、ちょっとぐらいイタくても我慢できるから」
「いやああああああああああああああああ!!」

 はやての叫び声が、どこまでも木霊していった。


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 さて、その日の夜遅く八神邸に帰ってきたシグナムたちが見たのは、なぜか部屋の中でくつろいでいる高町なのはと、スクール水着で給仕する八神はやての姿だったとかなんとか。

 めでたしめでたし。
 





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