らぶれたー・らぶれたー



 これは、もうひとつの道を選んだ少年少女達の物語。
 学生として、日々を過ごすエリオ達。
 騒がしくて、忙しくて、楽しい毎日。


 学園天国プロローグ

 登場人物紹介


 ●


「とうちゃーっくっと」

 先頭を走るキャロが叫びながら校舎の玄関をくぐって行く。
 もちろん手を引かれてる僕やルーも一緒にだ。

 それにしてもここ最近のキャロのパワーアップ振りというか、体力の底なし具合は末恐ろしいものがある。
 僕も当然のことながら毎日の鍛錬を怠ったことはないが、それでも今のキャロには体力測定でもすれば負けるんじゃないかというなんとも言い知れない恐ろしさがある。
 なにやら彼女は数ヶ月前からビリー某とやらのレッスンを受けているとかどうとかいう話を耳に挟んだことがあるが、そんなにすごい指導者なのだろうか、ビリーさん?

 ちなみにキャロ本人に尋ねてみると乙女の秘密とのことで、一切の情報は得られなかった。うーむ、謎が謎を呼ぶ。

 そんなキャロとは逆にルーテシアはというと、驚くほど体力がない。
 キャロと違い正規の訓練を受けていない彼女はどうにも基礎体力の面で不安な部分があるのだった。
 まぁ基本移動はガジェットや転送魔法を使っていた上に、アギトのおかげで何とか最低水準はクリアしていたものの微妙な食事に生活サイクルが不安定な放浪生活を続けていたのだ。
 体力が平均以下になるのもむべなるかなといったところだ。

 そんな彼女だから、走り始めたときは僕の手を引いていたのだが、今は僕が手を引く形となって、ぜぇはぁぜぇはぁと肩で息をして必死についてきている。
 下手をすればこのまま倒れるんじゃないかと言うほどの有様だ。
 できるなら自分のペースを保ってほしいところだが、ルー本人が置いていかれるとヒドく怒るので難儀だなぁと思いつつもそこは彼女に頑張ってもらうことにしている。
 とはいえ、フォローをいれちゃならないと言うわけではないだろう。

「大丈夫、ルー?」
「ぜ、ぜぇぜぇへーき」
「いや、うん……まぁ無理しないでね」

 かなり駄目っぽいが、まぁこれも社会復帰の一環と考えることにしよう。
 本人にとってかなりハードワークらしいが、がんばれルールー。

「ルーちゃんは運動苦手だからねー、しょうがないしょうがない」
「いや、キャロ。最近の君基準はちょっと人外入ってるから、よく周囲を見た方がいいよ?」
「むー! 女の子に向かって人外ってエリオくんヒドい!」 

 まぁ、なにはともあれこれが今の僕たちのいつもの光景だ。騒がしくはあるけれども、まぁ悪い気持ちもしない。

「はいはい、あんまり騒ぐと迷惑になるよ」

 そんな相変わらずなやり取りをしつつ、下駄箱に手をかける。
 最近は近代化が進められこういった集団下駄箱というのも珍しいそうだがここ、ザンクト・ヒルデでは昔懐かしい設備が結構残されている。
 いろいろと不便だと文句をいう生徒も多いらしいけど、僕個人としては風情があって好ましいと思うのだが――
 そんなことを考えつつ、僕は上履きを取ろうと自分に宛がわれた下駄箱を開けて、パタンと静かに蓋を閉じた。

「あれ? エリオくん、どうかしたの?」
「え、いや、うん、なんでもないよ!?」

 自分でもかなり挙動不審な対応になってしまっていると思う。
 とりあえず、不思議そうに首を傾げるキャロに対して、ならべく自然な動きを心がけつつ、その視界から隠すように僕は再び下駄箱を開けてみる。

 するとそこにはいつものように上履きが一対。
 そしてその上にピンク色の封筒が凄まじい存在感とともに鎮座している光景があった。

 おちつけ。そうだ、まずはおちつこう。

 ゆっくりとその手紙を手にとって考える。
 まず、この手紙はいったい誰からのものかということだ。まず自分自身じゃない事は確かだろう。
 一緒に登下校している関係上、キャロやルーテシアが差出人ということも考えにくい。

 ではいったいこれは誰からの手紙なのだろうか?
 いや、そもそも下駄箱に置かれたこの手紙はもしかして話に聞くところの――

「ラブ……レター?」
「うひっぃ!?」

 唐突に背後で考えていたことを囁かれ、恥ずかしながら奇声を上げてしまう僕。
 恐る恐る振り返るとそこには肩越しに僕が握り締めたままの手紙を覗き込むルーテシアの姿が。
 その顔に浮かぶのはいつもと同じ無表情の筈なのに、邪悪な笑みに見えるのはなぜなんだろうか?

「エリオ……モテモテ?」
「うわあああ、ち、ちがうよ。これはそんなんじゃなくて――」
「うに? どうしたのエリオくん?」
「な、ななな、なんでもないよ、キャロ!?」
「エリオの下駄箱に、かわいらしい手紙が……」
「うわあっ、ルー、言っちゃだめ!?」
「…………手紙?」

 キャロの声が、いままでよりワンオクターブ低くなった。

「ち、ちち違うよキャロ、これはほら、おそらく宛先を間違ったというか、きっとそんなオチで」
「dearエリオくんへ……差出人の名前は書いてないみたいだね」

 後ろから覗き込んでいたルーテシアが封筒に書かれていた文字を読み上げていた。

「ふぅーん、へぇー、エリオくんってばラブレターなんかもらえちゃうんだぁ、うっらやっましーなぁー」

 ちっとも羨ましがってなさそうな、というか、ブリザードもかくやと言わんばかりに凍えそうな声音で呟くキャロ。

「え、えっと、キャロ怒ってる?」
「怒ってないって言ったらエリオ君は信じてくれるのかな?」

 ものすごい笑顔で言われた。正直それは無理だろうなぁとは僕も思う。

 それにしても、いつものことながらキャロのこの反応は顕著なこと極まりない。
 彼女は僕がルーテシアとか知り合い以外の女の子と仲良くすると、それに比例するかのように機嫌が悪くなる傾向にある。

 まぁ、そうなる気持ちは解らなくもない。
 僕とキャロは言うなれば兄妹のようなものだ。

 そんな大事な相方が自分のよく知らない異性と付き合ってると聞けば、あまり面白くはないだろう。
 言うなれば大事な人を取られたくないと思う独占欲だ。
 キャロのそれは些か度を過ぎた代物であることも多いが、それだけ家族思いの女の子なんだろう、きっと。

「エリオのその鈍さはなんていうか、天然記念物レベルだね」
「へ? なにかいったルー?」
「ううん、なにも」

 何かすごく悪意ある言葉を投げかけられたような気がするけど、おそらく気のせいだろう。
 それよりも今はキャロの機嫌をどうにかするほうが先決だ。

「え、えっとねキャロ。まだ手紙の内容を読んでないからよく解んないけど、僕も今は特定の子と付き合ったりとかは考えてないっていうか、
 仮にそういう内容だとしても、ちゃんと断ろうかって――」
「ダメ」

 僕の声はキャロの機嫌の悪そうな、しかしどこまでも固い意志を持った言葉に遮られた。

「結果的にエリオ君が同じ答えを出すとしても、まずはしっかり手紙を読んで、それから十分考えた上で答えを出さないと、手紙をくれた子に対して失礼だよ。エリオくん」

 やっぱり、どこか不満そうな口振り。
 それでも、キャロの言葉はどこまでも正しくて、彼女の機嫌を窺う為だけに手紙の差出人をないがしろにしようとしていた自分が恥ずかしくなる。
 普段は僕等の中でも一番子供っぽいのに、偶にこうやって大人びた一面を見せるキャロはとても魅力的だと思う。

「だから、まずはどこのどいつがエリオ君にラブレターを送ってきたのか、それを教えて? 大丈夫、痛くしたりしないから、ね?」
「全然大丈夫じゃないよ!? あれ? 僕二秒くらい前まで感動してたはずなんだけど、あれぇ!?」
「やだなぁエリオくん。それはそれ、これはこれ、だよ?」
「ダメ! ゼッタイダメ! これは責任をもって僕がなんとかするからキャロは大人しくしてる事、いいね!」
「にゅぅ……エリオくんのイジワル」

 あわてて問題の手紙を懐にしまう僕を、キャロは獲物を取り逃がした獣のように恨めしげに睨むのであった。


 ●


『ずっと、あなたのことが好きでした。放課後、中庭にて返事を待っています』

 手紙に書かれていたのはシンプルで、だけど精一杯思いを込めたであろう言葉が紡がれていた。
 こういった手紙を貰った経験は殆どない僕だけど、確かに相手に向けて綴られた思いが詰まったものなのだと確かにわかる。
 キャロの言うとおり、この手紙を読まずに返事をするのはとても失礼なことだろう。

 手紙の最後に書かれた差出人の名前は残念ながら僕の記憶にはなかった。友人に尋ねてみると隣のクラスの女生徒らしい。
 今学年度の始めから学校に通い始めた僕の交友関係はそれほど広くはない。
 逆にキャロやルーテシアのおかげか、有名度はかなり高いようで、僕等のことを知らない在校生はいないそうだ。だから――

「相手は僕のことを知っているけど、僕は相手のことを何も知らないか」

 手紙を読み返しながら呟く。それを言い訳にするつもりはないけど、こういう時は少しだけ複雑である。
 時刻はすでに放課後。しかし中庭にそれらしい人影はなく、変わりに窺えるのは中庭の掃除に駆り出された生徒の姿がちらほらと。
 あとついでに近くの茂みから聞こえるガサゴソという音と共に流れてくる怪しげな声。

「んー、それにしても相手の子来るの遅いなぁ。なにしてるのかなぁ?」
「……たぶん、掃除が終わるのを待ってるんじゃないかな。人には聞かれたくないだろうし」
「あ、なるほど。さすがルーちゃん」
「まぁ、ぶっちゃけると私達もすごい邪魔者だと思うけどね」
「何言ってるの? これはエリオ君が悪い女に捕まらないようにする為に必要不可欠なことだよ? つまり私達が正義!」
「さすがキャロ。言い切ったね。そんなところもステキだよ」

 声が聞こえる。何かすごく聞き覚えのある声というか完全に固有名詞が出ている。
 どうしようか、追い払った方がいいんだろうか、けど藪をつついて蛇が出てくるのは勘弁して貰いたいし――

「いいルーちゃん。いざとなったら、さっきのセリフを叫びつつ飛び出すよ」
「うん、がんばる……えっと……『この、泥棒猫!』だよね」
「いや、頑張らなくていいから!? ていうか、僕をどうしたいのさ!?」

 僕のこれからの学生生活を漆黒に染め上げようと暗躍する小悪魔二匹をスルーできるほど、寛大ではない僕だった。
 しかし、ここで止めておかないと明日からの僕のあだ名が昼ドラ野郎になってしまう。できるならそれは勘弁願いたい。
 近くの茂みを掻き分けて、中を覗き込む。そこには仲良く体育座りで並んでいるキャロとルーの姿があり、さすがに気まずそうにこちらを見上げていた。

「や、やはー。エリオくん、すっごい偶然」
「この状況を偶然で済まそうとする胆力は素直に評価してもいいと思うけど、全部聞こえてるからね、会話」
「あちゃー」
「ルーも、可愛くトボけたって無駄だからね。まったく……気になるのは解るけど、覗きは感心しないよ」
「じゃ、じゃあ同伴させてエリオ君!!」
「あのさぁ……どこの世界に女の子と一緒にラブレターの返事をしに行く人がいるんだよ……」

 世界は広いから、もしかしたらいるかもしれないけど、僕はできるならそんな体験をしたくはない。

「うーっ、で、でもー」
「泣いてもダメ。それにキャロが言ったとおり、ちゃんとした想いにはちゃんと応えないといけないしね」

 それはキャロが教えてくれたことだ。だからそれが一番あるべき答えだということは彼女自身が一番理解しているはずだ。
 それでも今こうしてワガママを言うのは、キャロも一人の人間で、理屈で解っていたとしても、納得できない部分があるからだろう。

 それでも、僕は知っている。キャロがとても優しい女の子だと言うことを。
 だから、それ以上諫める必要はなかった。

「うー、解ったよ、ルーちゃん、行こう」

 不承不承といった感じだが、キャロはルーテシアの手を引き、素直に立ち上がる。
 ルーは無言のままだったが、彼女もキャロの出した答えに不満はないようで、そのままキャロの後をついて行く。
 ただ、最後の最後。キャロは一度だけ立ち止まり僕に向かってこう言った。

「エリオ君……くれぐれも、優しさだけで答えちゃダメだからね」

 それだけを告げると、僕の返事を聞くことなく、キャロはルーを連れて校舎の中へと姿を消していった。
 そんな背中を見送りつつ、きちんとキャロの言葉を胸に納める。
 振り返れば、キャロが去っていったのを見ていたのか、ちょうど一人の女生徒が姿を見せるところだった。

 さて、それじゃあ僕も答えをださなくちゃいけない。


 ●


 さて、今回のオチである。

 次の日の朝、目が覚めるとキャロがいなかった。
 どうやら僕を置いて先に学校に行ったらしい。昨日、家に帰ってきた時からなにやら自室に籠もっていたのだが、まだ機嫌が悪いのだろうか?

 そんなわけで、久々に一人で登校することになった僕。
 いつもの待ち合わせ場所にはルーの姿も無かった。キャロが連れて行ったんだろうか?

 まぁ、二人には後で色々とフォローを入れなくてはならないのだろう。まぁけど、偶には一人で登校するのも悪くはない。
 騒がしいのは嫌いじゃないけど、落ち着きたい気分の時だってあるのだ。

 そんな風に、お気楽に学院に登校した僕。

 下駄箱を開けると、そこにはピンク色の封筒が二つ突っ込まれてあった。

「……ちゃんと、返事をしろってことかな」

 疲れたように呟きつつ、おそらくどこかから僕の様子を見ている二人のことを思い返す。
 出てきたのは深い深い溜息だった。

 



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