聖王様の花婿 番外編 聖王様の花嫁
偉大なるSS作家・コンに愛を込めて
○
目が覚めると軟禁されていた。
事実をそのまま言葉にするとかなりショッキングと言うか、事件性の漂う事態だが思いのほか、平静でいられるのは今までの経験の賜物か。
ぶっちゃけて言うと、こういう破天荒な状況に慣れてきている自分がいる。
「……できれば慣れたくなかったなぁ」
しみじみと呟くが、それで今の状況が改善されるわけではない。
まずは現状把握。解ることから少しずつ崩していきたいと思う。
まず僕の名前はエリオ・モンディアル。機動六課のフォワードチーム、ライトニング分隊に所属する二等陸士だ。
まぁ、僕のパーソナルデータはこれぐらいでいいだろう。ずらずら並べ立ててもあまり代わり映えしない内容だし、あくまでこれは確認のための作業だ。
さて、となると次はココが何処なのか、だが――まったく見当がつかない。
と言うのも、僕の周囲はただただ漆黒の闇が広がっているからだ。光源というものがまったく無い所為か、暗闇に目が慣れるということもないし、自分の掌すら満足に見据えられない状況だ。
宇宙空間を思わせる漆黒の空間。できることならばあまり長居したくない場所であることは間違いない。
にしても、これは一体誰の仕業なのだろうか?
筆頭として思い浮かぶのは、イタズラ好きの聖女サマ。はたまた最近何かと奇行が目立つキャロ。いやいやそれを言ったらフェイトさんもどっこいどっこいのような。意表をついて嫉妬に狂ったヴィータ副隊長。そーいえば最近やけに人に女装をさせたがる部隊長の暗躍もちらほらと。そー言えば何かと絡んでくるチンクとウェンディという線も無くはない。あっ、この前の夜なんだかおかしくなったスバルさんにも襲われたなぁ。先日偶然出会った魔法少女――はこういう奇天烈な行動はしないと思うが、ステッキの方は大いに問題アリな気がする。
心当たりなら、それこそ嫌になるほどある。
さて、どうしたものかなー、などと考えていると、唐突に僕の目の前にぼんやりと光るホログラムウインドゥが出現した。部屋の全貌を照らし出す程の発光量は無いものの、今の僕にとっては唯一の希望の光と言ったところだ。
だが、肝心の映像は入ってこない。ウインドウに表示されるのはノイズ交じりの意味を為さない映像だけだ。
しかしそれも束の間、暫く待っているとノイズはゆっくりと像を結び、意外な人物の姿を映し出した。
『たすけてー、たすけてー』
画面の向こうで、なにやらひどく感情がこもってないと言うか、明らかに棒読みな救いの声を上げているのはエリオのよく知る少女――高町ヴィヴィオだった。
彼女はなにやら椅子に縛りつけられているかのような格好で『たすけて』と先程から繰り返している。
しかし、彼女を縛り付けているはずの縄はゆるゆるで、いつでも抜け出せてしまえそうに見える。
と、カメラがスライドした。映し出される光景が流れ、続けて新しい人影が映し出される。
残念ながら、今度は一瞥しただけではそれが誰か判別することはできなかった。なにしろ黒装束に身を包み、なおかつ頭から黒い頭巾をすっぽりと被って完全に顔を隠してた謎の人物だ。
ただ、なにやらお芝居のセットのような豪華な椅子に腰掛け、片手にワイングラス。膝の上に毛並みの長い猫を乗せているその姿は、なんだかなー、としか言いようが無い。
『ふふふごきげんいかがかなエリオモンディアルくん』
これまた抑揚の無いと言うか、完全に棒読みのセリフである。カンペをそのまま読んでいるのか視点が若干下方向で固定されているし、句点が無いから聞き取りにくいことこの上ない。
できるならば無視しておきたいところだったが、残念ながら僕は囚われの身だった。嫌でも彼女たちのノリについていかなければならないらしい。
『すでに理解していただけたと思うがヘーカ……じゃなかった! ヴィヴィオは我々があずかったどうだ悔しいだろううはははははは』
『たすけてー、たすけてー』
再びカメラがパンして囚われのヴィヴィオの様子を映し出すが、まるで緊迫感と言うものが漂ってこない。というか、ちょっと笑ってないかヴィヴィオ?
「あのさぁ、ヴィヴィオに……セインでしょ? なにやってるの?」
とりあえず普通に突っ込んでみることにする。いくら顔を隠していたところで、声がそのままでは意味が無いような気がするのだが。
そんな僕の至極当然な指摘に、ウインドウの向こうの映像が乱れた。カメラは左右に振られ、驚いた表情を浮かべるヴィヴィオと黒頭巾の様子が交互に映し出される。
『わ、わわわ、ちょ、オットー。通信一回止めて止めて!』
『ほ、ほらぁっ! だからバレるっていったじゃないですかヘーカッ!』
『あ、あーっ! ダ、ダメだよセイン。普通に呼んじゃあ! 計画が台無しになるじゃない!』
『陛下もセインも落ち着いてください。エリオ様の性格を考えれば解っていてもあえて騙されてくれる優しさをお持ちの筈です。端的に言えばあの方はチョロい男です』
『ディード、その言い方はちょっと失礼だよ。いくら本当のことでも』
ああ、オットーとディードも裏方でいるのか。それにしてもあの二人は僕の事が嫌いなんだろうか?
言葉の端々に鋭い刃めいたものが秘められてる気がするんだけれども。
『と、とにかく、もう一回仕切りなおすよ。えーっと……セインのところからね。じゃあオットー、通信再開していいよ?』
『あ、すみません陛下。さっきから繋いだままでした』
『にゃ、にゃー!?』
なんだかなぁ……。
暫くの間、画面の向こうでドタバタし続けて、ようやくカメラが黒頭巾を写す定位置に戻った。なぜか手に持ったワイングラスがご飯を盛った茶碗に、膝の上の猫がブタさん貯金箱になっていたが、ツッコまない方がいいんだろうか?
『くくくくく我々のおそろしさを理解していただけたかなエリオくん』
「あー、えーと、いやまぁ……うん」
ある意味十二分に、恐ろしさを理解できたとは思う。
それにしても、これはいったいなんの冗談なのだろうか。
できうることならば穏便に帰りたいところなのだが……。
眉根を寄せて真剣に悩む。そんな僕の反応を見てか黒頭巾は困ったように画面の外側に向けて小声で囁く。
『へーか、ヘーカッ! なんだか反応が予想とだいぶ違うんですけど! このまま行って大丈夫なんですか?』
『え? 怒ったりとか、泣いたりとかしてないの?』
怒ったり泣いたりしたほうがよかったんだろうか?
『なんか呆れてるって言うか、ツッコむのも疲れたって顔してますよ!』
『む、むぅ……セインちょっとこっち来て! 交代! こうたーいっ!』
『え、ええっ!? 今このタイミングでですか? やっ、ちょ、ひっぱっちゃ――』
そのまま画面の外から出てきた小さな手に引っ張られ、黒頭巾もフレームアウト。ウインドウには玉座に座したブタさん貯金箱だけが空しく映り込んでいた。
『まことに申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。エリオさま』
「はぁ……」
ディードの注釈だけが淡々と流れる。
そうして待つこと数分。再び現れた黒頭巾は先程よりも頭三つ分ぐらい小さくなっていた。
本当に何がしたいんだろうか?
「あ、あのさ、ヴィヴィオ?」
と、そこで小さな黒頭巾は大きく息を吸い込んだかと思うと、
『エリオのうわきものー!!』
凄まじい大音量が衝撃波となって僕を襲った。瞬間的にボリュームを最大にされたらしい。脳を揺らすかのような痛みが襲ってくる。
「……っ!? ヴィ、ヴィヴィオ……いきなり何を」
『何をじゃなーい! いいっ、エリオときたら毎日毎日いろんな女の子といちゃいちゃいちゃいちゃ。キャロやフェイトママとかだけならまだしも機動六課の女の子に見境無く手を出して! はーれむ!? えりおはーれむを作るつもりなの!?』
意味を解って言ってるのだろうかこの子は……。
というか、言い訳させてもらえるならば別段僕自身は女の子といちゃいちゃとやらをしているつもりはないのだが、あえて言うなら遊ばれているだけだ。
だが、そんな理屈は目の前の幼い少女には通じないのだろう。
『そうやって可愛くて愛らしくて超ぷりちーなヴィヴィオの事をほったらかしにするから、その間に私たちが浚っちゃったんだもんね、ふふふ、悔しいでしょう?』
言いつつ、カメラが再びパン。そこには『ヴィヴィオ』と名札を付けられたウサギのぬいぐるみが椅子に縛り付けられ項垂れていた。
『ふふーん、エリオが来ないんなら私たちがこんなことやあんなこともヴィヴィオちゃんにしちゃうんだからね!』
なにをするつもりなんだろうか?
『陛下。エリオさまは囚われのお姫様ならこう、半裸の格好で鎖に吊るされているのが王道だろうと憤っていらっしゃいます』
『ふえっ!? エ、エリオそういうあぶのーまるなのがいいの!?』
「僕の性癖にへんな捏造設定加えないでくれますかね!」
ディードは僕をどういうキャラに仕立て上げたいんだろうか、いや本当に。
『と、とにかく!』
うがー、と腕を振り上げ威嚇の声を上げるチビ黒頭巾。
『いいっ、エリオは死ぬ気でヴィヴィオを助けにくることっ!』
と、怒ったように言われ、ようやく僕はヴィヴィオの真意を理解する。
つまるところ、彼女はかまって欲しいだけなのだろう。
やり方は少々強引なところがあるが、それさえ解ってしまえば可愛いワガママとさえ思える。
気付けば僕は柔らかな笑みを浮かべて、画面の向こうに微笑みかけていた。
「わかったよ、ヴィヴィオ絶対に助けに行くから待っててね」
『…………ほんと?』
自分の役どころも忘れ、首を傾げながら問い返すちっちゃな黒頭巾。
「うん、約束するよ。きっとヴィヴィオのところに駆けつけてみせるからね」
『ホ、ホントにホント? 約束だよ、絶対だよ。嘘ついちゃ……イヤだよ?』
必死で尋ねてくる黒頭巾の姿が微笑ましくて、僕も思わず笑顔を浮かべる。
だが、次の瞬間――
『嘘ついたら…………ダメ、だよ?』
恐ろしいまでの冷気――いや殺気が僕を貫いた。
冷や汗が止まらない。心臓が早鐘を打つ。息は途切れ途切れに。指先が震え続ける。
恐怖。
そう、恐怖だ。僕はこの時、もっとも根源的な感情の一つを正確に理解していた。
そう、これが恐怖というものなのだ。
「え……あの、ヴィヴィオ……さん?」
ヴィヴィオ、そうヴィヴィオの筈だ。画面の向こうにいる黒い頭巾で覆われた少女はヴィヴィオなのだ。
だが、本当にそうなのだろうか。
本当にその中にいるのは、僕の知っているヴィヴィオなのだろうか?
『くすくす、ねぇエリオ。今日はねエリオの女癖の悪さをどーにかできないかな、って思ってる人がいっぱい集まってるんだ』
「え……あの……」
『それでね、みんなで考えたんだ……エリオが男の子だからダメなんじゃないかな、って』
ゾクリ、と背中を怖気が走る。
「あ、あの、ヴィヴィオさん? それはいったい……」
『うん、大丈夫だよ。安心して、どんな結果になっても――』
『私がエリオをお嫁さんにしてあげるから』
「またっくぜんぜんこれっぽっちも安心できないー!? なに、どういうことそれ!? ねぇ、ヴィヴィオ!?」
『では、ルールをご説明します』
こちらの叫びも空しく、オットーの落ち着き払った音声と共に画面は切り替わり、黒頭巾の姿は見えなくなる。
現れたのは四つに区切られた四角を縦に積み上げた概略図だ。一番上の四角には『プライズ』の文字が光り輝いている。残りの四角にはそれぞれハテナマーク。
『現在エリオさまがいらっしゃるのがこの試練の塔の最上階となっております』
「あ、やっぱり景品扱いなんだ僕」
続くディードの言葉に対し、反射的にツッコむが彼女達はこちらの言葉を聞いているのかいないのか、淡々と説明を続ける。
『各階にはそれぞれ刺客が待ち構えております。それらを倒すことによって下層階に進めるようになっております』
『なお、刺客となる方は主にエリオさまの女癖の悪さにほとほと愛想をつかされた方々ですので背中にはお気をつけください。まぁ自業自得ですね』
「ホントに厳しいですね、ディードさん!?」
なんだろう、今までに無い類の悪意を感じる気がする。だが、やはりツッコミはスルーされたまま状況だけがまるでジェットコースターのように突き進む。
『全フロアを突破しまして最下層へと辿り着くことができればゲームクリアとなります。なお、どれか一つでもフロアを突破できなかった場合――』
『見事、エリスさま再誕となります。おめでとうございます』
『それでは。ご武運を――ゲームスタート』
最後に、淡々としたそんな言葉が紡がれると同時に、制止する間もなくホログラムウインドウが消えた。
当たりは再び暗闇に包まれ、文字通り一寸先も見通せなくなる。
だが、そのことに驚きを覚えるような悠長な暇などなく、僕は足元から湧き上がる恐ろしいまでの浮遊感に鳥肌を立たせる。
「お、落とし穴!?」
踏みしめるべき地面は存在しなくなり、掴むべき手がかりすら存在しない。
結果的に、僕は重力の力に逆らえるわけもなくそのままどこまでも――落ちていく。
『待ってるから。早く来てね。エリオ……』
最後に僕が聞いたのはヴィヴィオのそんな縋るような声だった――。
次回、聖王様の花婿 番外編 聖王様の花嫁 〜死闘! 暗黒四天王編〜 へ続く?
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