愛しい貴方にくちづけを (1)
「むねにーやっどっるーあっつきーすーいせいはーはじーまりーのこどぉーへー♪」
歌が、聞こえていた。
鼻歌交じりのご機嫌な声が機動六課の廊下に響き渡る。
それを聞いた局員達は、皆一様に驚きの表情を浮かべ、そしてすれ違っていくその人物の姿を信じられぬ形相で見詰める。
だが、当の本人はそんな風に注目を集めている事などまるで気にしてない――いや、気付いていないのか楽しげに歌を口ずさみながら廊下を行く。
それは、異常ともいえる光景だった。
例えばこれがリインだとかスバルだとかならば、皆はその微笑ましい様子に足を止めることもないだろう。
だが、その歌唄いの正体はフェイト・T・ハラオウン執務官だった。
もちろん、別段彼女の愛想が悪いと六課内で伝わっているわけではないが、往来の中、輝かしい笑みを浮かべて歌を口ずさむ様子はそれなりに奇異に映った。
とはいえ立場的に彼女に対し「どうかしたんですか? 主に頭が」などと言える者は多くない。
結果的に、彼女が進んだ道行きの後には、呆然とフェイトの背を見送る局員達の姿が増えていった。
「お、おーいフェイトちゃーん?」
しかし、そんな異常事態を前にして遂に一人の勇者が立ち上がった。
機動六課部隊長である八神はやてだ。部隊の最高責任者であり、フェイトとは幼い頃からの親友である彼女ならば問題は何もない。
「あ、おはようはやてっ、なんだか今日もいい一日になりそうな予感だネッ♪」
「え……あ、うん、せやね……」
だが、流石のはやても目も眩みそうなほどの笑顔を見せるフェイトの姿に若干引き気味である。
「にしても随分とご機嫌やねぇ。どうかしたん? どっかで強く頭打ったとか?」
「やだなぁ、いつもどおりだよぅ、うふふふふふふ」
違う。なんか違う。むしろかなり違う。
はやては真剣に脳改造手術の痕を探したが、残念ながらフェイトの頭部にそれらしき痕跡は残っていなかった。
実際のところ、フェイトがおかしくなったのは数日前からのことであった。
このようにやけにご機嫌な調子で、周囲に常に幸せオーラを放っているのだ。
その様子を異常と受け取った多数の部隊員たちからの陳情により、こうして八神はやてが直接その様子を伺いに来たのだが、その異常具合は予想以上に深刻なようである。
そんなわけで、一部隊を預かる者として八神はやてはとりあえずこの事態を何とかいなければならないと覚悟を決めて、フェイトと会話を続ける。
「いやいや、私には解るでー、フェイトちゃんなんかいいことあったんやろー? 教えてーなー」
「うふ、うふふ、やっぱりはやてには解っちゃう? やだなぁ、やっぱり幼馴染だとちょっとした変化でも解っちゃうのかな?」
むしろ、赤の他人が見てもなんかあったようにしか見えない。
しかし、はやてはとりあえずそこらへんのツッコミどころをスルーして話を進める。
「そうそう、私やなのはちゃんには解る、解るでー。やから何があったか教えてくれへんー?」
「いやーん、もうしょうがないなぁ、はやてだけには教えるけどぉ……」
いやーん、である。あのフェイトが『いやーん』。もうそれだけで意識が遠退きそうだが何とか踏ん張る八神はやて。
そんな彼女の黄昏た表情に気付いてないのか、フェイトは頬を赤くしながら、先程のテンションとはまた違う様子を見せる。
頬を朱に染め、恥ずかしそうに俯き加減で小さく呟くその姿は乙女そのものである。
「実はね……そのね、エリオと付き合うことになったの――きゃあ!」
そう言って、いやんいやんと身を捩るフェイト・T・ハラオウン。今年で二十歳。
そんな彼女の様子とは対極にはやては「やっぱりなー」と言いたげな眼差しでどこか遠くを眺めている。
ちなみに、フェイトは今の今までエリオと付き合っている事実を秘密にしていた様子であるが、そんなものははやてにはバレバレである。
いや、機動六課のメンバーの殆どがその事実を知っていると言っても過言ではない。
なにしろ、フェイトの様子がおかしいとのご意見が発生したのが、あの主要メンバーを軒並み巻き込んだ波乱の一日の翌日からである。
ちなみに、その陳述内容と言えば、
『フェイトさんがエントランスホールで軽やかに踊っていた』
『テスタロッサからなにやらピンク色めいたオーラが立ち上っているような……』
『フェイトちゃんが寝言で『えりお〜ん、にゅふふふふ』って言ってた』
などなど。もはや事情を知らぬ者の間でも公然の秘密状態となっている。
そんなわけで、フェイトのおかしくなった理由ははやてにとって予想通りなのだが、
「……どうしたもんかなー」
当のフェイトには聞こえぬようにはやては小さく呟く。
問題は予測できたが、解決方法については未だに無策であった。
これで、仕事の効率が落ちた――などの理由があれば注意するのもやぶさかではないが、そのような事実は無い。
むしろ、恋のパワーは無限大とでも言うのかピンクオーラを撒き散らしながらもその仕事ぶりは今までより数段的確かつスピードアップしている。
風紀状の問題あり、と看做すことも出来るが流石にそれはフェイトやエリオをけしかけた張本人であるはやてにはなんとも言いにくい。
だいたいにおいて、はやてはこの友人の恋を応援したい気持ちが大きいのだ。
結局、はやては部隊長としてはどうかと思うが、まぁこのくらいはええやろ、と言った気持ちでフェイトの恋を見守ることにした。
局員達もそのうち慣れるだろうと考えた末に、はやてはただの友人としてフェイトと言葉を交わすことにする。
「そうかぁ、よかったなぁフェイトちゃん」
「うん、はやてたちが応援してくれたおかげだよ。本当ならもっと早く伝えたかったんだけど……その、恥ずかしくて……」
「あははは、まぁええよ、フェイトちゃんたちが幸せなら」
そうなると、気になるのはフェイトの恋愛事情だ。
そこらへんはやはり彼女も年頃の女の子である。
「それで、どうなん? もうちゅーとかしたん、ん? ほらほら、おいちゃんに言うてみい」
……年頃の女の子と言うか、ただのおっさんのような気がしなくも無いが、まぁそんなものである。
そんなはやての質問に、フェイトはますます頬を赤くして縮こまる。
「ちゅ、ちゅーって……そ、そんなのしてないよぅ……」
「まぁ、フェイトちゃんもエリオも純情って言うかそういうキャラちゃうもんなぁ、でもデートとかはしたんちゃうん?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら尋ねるはやて。
しかし、その問いかけにフェイトの表情が僅かに曇った。
先程まで、まるで周囲に花でも咲き誇るのではないかと思えた笑顔はなりを潜め、先程とは違った意味でフェイトは俯き加減になる。
「その……オフの時間帯が合わなくて……」
「ご、ごめんな! そ、そこらへんは今度こっちで上手い具合に摺り合わせとくから!」
「い、いいよはやて。お仕事が大変なのは私も言ってるし、そこらへんの公私はちゃんと区別つけないとね!」
はやてに気を使わせぬようにと、再び笑みを浮かべて顔を上げるフェイト。
けれども、この話は鬼門のようだとはやては慌てて話題を変える。
「せ、せやな。んじゃあ手ぇ繋いだりとかは?」
「う、うん。付き合い始めた夜にね一緒に手を繋いで寮まで帰ったんだ!」
「ははは、微笑ましいなぁ」
「あれ? けどそれ以来、手とか繋いでないような……」
言いながら、だんたんと雰囲気がブルーに染まっていくフェイト。
はは、と笑いながらはやての表情が固まった。
「あれあれ? よく考えたら、なんだか前とあんまり変わってないような……」
「フェ、フェイトちゃーん?」
「あれあれあれ? 私達付き合ってるんだよね? えっと、うん、エリオはちゃんと付き合おうって言ってくれたし……」
「もしもーし、聞いとるフェイトちゃん?」
「ねぇ、はやて!?」
「は、はい!?」
俯きつつぶつぶつと小声で呟いていたフェイトが急に真剣な表情ではやての方へと振り向いた。
その剣幕にはやては思わず背筋を伸ばしてしまう。
しかし、今のフェイトはそんなはやての様子も視界に入ってないようで、そのまま彼女に詰め寄りながら問いただす。
「その……付き合うって普通どんなことするのかな!?」
「ふ、ふえ!? え、えーとそれはやなぁ……」
大真面目な表情でそう問いかけられ、変な声を出してしまうはやて。
そのまま彼女は中空に視線を彷徨わせ、なんと言うべきか思案する。
ぶっちゃると、はやてにもそんな事は解らない。
彼女だって所謂異性と付き合った事など無いのだ。
興味が無いわけではないのだが、夢を追うことにその比重を多くとられ、恋愛事に熱中する時間など僅かにも存在していなかった。
それはフェイトも同じだろうが、彼女の場合丁度いい具合に切欠が訪れたのだろう。
結局のところ、付き合う付き合わないの明確な境界線など無く、それは個々人の価値観によるものなのだが、実経験のないはやてとしてはなんとも返答に困る問いかけであった。
故に、暫く考えた後に彼女は、
「や、やっぱりほら、付きあっとったらキ、キス……とか、するんちゃうかなぁ?」
先程といってる事は同じなのだが、言葉の端々に照れを見せつつ呟くはやて。
普段はからかい半分に言っていても、彼女の恋愛耐性もフェイトとそう変わりはしないのだ。
そんな如何にも可愛らしいはやての言葉に、しかしフェイトは絶望的な表情を浮かべた。
「や、やっぱりそういうものなんだよね……」
「いや、あのなフェイトちゃん、今のはあくまで個人的な意見で――」
「でも、私負けないよはやてっ!」
「は、はえっ!?」
ところが一転、拳を握り締め力強い表情で面を上げるフェイト。
その瞳には確固たる意思の光が宿っている。
やば、なんか変なスイッチ押してもうたかも――と、苦笑を浮かべるはやてだが時既に遅し。
「エリオだって、頑張って告白してくれたんだもの! 今度は私が頑張る番だよね!」
「や、だからな、ちょっと落ち着こうフェイトちゃん……」
諭すように呟くはやてだが、もはやその言葉はフェイトの耳に届いていない。
「はやて……私、頑張るよ!」
「それはええんやけど、あの、聞いとる? フェイトちゃん?」
「待っててね、エリオ!」
やっぱり聞いていなかった。
●
エリオ・モンディアルの話をしよう。
多くの人々の助言から、過去のトラウマにそれなりの決着をつけ、フェイトと思いを通じ合わせる事ができた少年。
そんな彼の生活が何か変わったかと言えば――それほど、激しい変化はなかった。
内面的な事を言えば、エリオは成長したのかもしれない。
以前より、前向きに物事を考えるようになり、それに合わせ向上心も飛躍的に上がっている。
だが、そういったやる気がどちらへと向いたかと言うと、より自らを研鑽する方向であった。
言ってしまえば、以前までと彼の行動様式は何一つ変わっていなかった。
しかし、フェイトの傍にいて誇れる騎士になりたい――そんな、より明確な目的を得たエリオの成長度合いは著しかった。
「ぜりゃああああ!!」
裂帛の声は、鋼が打ち据えられる金属音を掻き消すように響き渡った。
エリオと対峙していたヴィータは、目の前にある光景が信じられない物であるかのように、目を見開いている。
それもそうだろう、エリオの放った一閃は先程までヴィータが握っていたグラーフアイゼンを弾き飛ばし、空高く弾き飛ばしたのだ。
その衝撃に倒れるように尻餅をつくヴィータ。そんな彼女にストラーダの切っ先が突きつけられる。
つまり、エリオがヴィータから見事に一本を取った形となったのだ。
審判役としてそれらを観戦していたシグナムも、その光景を言葉もなく呆然と見詰めていた。
勿論、今の一戦とてヴィータは本気ではない。指導の為の模擬戦という事で、手加減と言うわけではないが、今のエリオに合わせた力量にまで力を落としている。
理想としては対戦者がギリギリ勝てない程度の強さと言ったところだ。事実、このような一対一の模擬戦においてエリオを含め、フォワード陣がヴィータやシグナムを相手に善戦したことはあっても勝利した事は今まで一度も無かった。
だが、この日のエリオはヴィータの予想していた状態を凌駕する強さを何時の間にか備えていた。
仮想敵よりも遥かに成長していた相手を前にして、ヴィータは慌ててギアをあげようとしたが、持ち前のスピードを生かしたエリオの奇襲戦法を前に、為す術も無く一本取られた――と言うのが今の現状だ。
おそらく、もう一戦すれば結果はいつもどおりになるだろうし、あくまで偶然の一本ではあるのだろうが、中々に信じがたい光景がそこには広がっていた。
そんな結果を見て、シグナムの薄く笑う声が響いた。
「ふふっ、だから言っただろう? 最近のエリオは一味違うと」
からかうように、呟かれた言葉は試合前にシグナムがヴィータと交わした言葉だ。
それを聞いたヴィータは「じゃあ、私がどんなもんか試してやろーじゃねーか」と模擬戦相手を買ってでたのだが、結果は見てのとおりだ。
とは言え、シグナムもまさかヴィータを相手にエリオが勝利するとは思っていなかったのか、言葉の端々に感心にも似た感情が表れている。
「まっ、まぐれだよこんなの!」
しかし、ヴィータ本人にしてみれば、意気揚々と試すつもりで相手役を買って出てこの結果だ。
羞恥に顔を赤くしながら、叫び返すヴィータ。
「まぐれでも一本は一本だ。おまえの勝ちだ、もういいぞ、エリオ」
シグナムが改めて勝利判定を告げる。
そこで、今の今までヴィータにストラーダを突きつけたまま微動だにしなかったエリオが身体から力を抜いた。
大金星とも言える勝利に浮かれることなく、最後まで残心を崩すことの無かったその姿勢に、シグナムは改めて感心を覚える。
「ありがとうございましたっ」
そう言って、頭を下げるエリオ。
だがしかし、対面ゆえか、それとも単なる八つ当たりかヴィータは不機嫌そうに表情を歪めたままである。
「ふ、ふんっ! 一本取ったぐらいで浮かれんなよ、次はけちょんけちょんにしてやる……」
「はい、よろしくお願いします! でもその前に――」
負け惜しみにも似たヴィータの言葉だったが、エリオはまるで嫌味を感じさせない調子でそう言うと尻餅をついたままのヴィータに手を差し伸べる。
「な、なんだよ……」
「え? いや、手を貸そうかと思いまして」
「…………お、おまえに心配されるほど柔じゃねえよ!」
どこか、先程とは違う意味合いで頬を赤くしつつ、ヴィータは差し伸べられたエリオの手を払いつつ自分で立ち上がる。
なぜか、こちらに手を差し伸べるエリオの姿を頼もしく感じ、気付けばヴィータは知らぬ間にその手を握ろうとしていたのだ。
慌ててその手を払ったものの、胸の鼓動は早鐘を打ち、何故か上気していく頬が治まることは無い。
そんな自分の表情を見せまいと背を向け、スタスタと再び開始位置に戻っていくヴィータを、ただ不思議そうな表情で見送るエリオ。
そこへ、シグナムから声が掛かる。
「迷いの無い、良い太刀筋だったぞ」
「あっ……ありがとうございます」
唐突に横合いから話しかけられ、振り返るエリオ。
そこには教え子の成長を心から喜んでいるかのように、満足げな微笑を浮かべるシグナムの姿があった。
「何かあったのか? ここ最近の成長振りは目を見張るものがあるが」
「えっ……そ、そうですね。ちょっと目的がしっかり定まったって言うか、色々ふっきれたって言うのはありますけど――」
どこか恥ずかしげに、頭を掻きながら呟くエリオ。
けれど、彼はその後にしっかりとシグナムのほうを見据え、誇らしげに語る。
「けど、それとは別に僕が強くなれたのはシグナム副隊長達の教導のおかげです、だからこれからもご指導よろしくお願いします!」
そういって、頭を下げるエリオ。その瞳は何処までも真っ直ぐで、実直だ。
そんなエリオの頭にシグナムは自分の掌を乗せ、柔らかく撫でる。彼女にしては珍しい行動に、エリオは不思議そうに彼女の顔を見上げる。
「えっと……あの、シグナムさん」
「騎士らしい顔つきになってきたな。その調子でがんばれよ」
「は、はいっ、ありがとうございます」
「まぁ、私は剣を交じ合わせることぐらいしかできんから、あまり教導とは呼べないかもしれんがな」
自嘲気味にそう呟くシグナム。だがエリオはその言葉にとんでもないと頭を振る。
「そ、そんなことありません! シグナム副隊長との模擬戦もすごく為になってますよ! あ、そうだ、ヴィータ副隊長との模擬戦が終わったら、シグナム副隊長もお願いしていいですか?」
「模擬戦をか? ふむ、だがしかし……」
ヴィータとの模擬戦は、今日の訓練の仕上げとして行っている。これまでにも基礎訓練やコンビネーション訓練などをしているエリオの体力が果たしてそこまで持つのかと、シグナムは渋い表情を浮かべる。
しかし、エリオはやる気に満ちた表情で、
「大丈夫です。それに今日は調子がいいですし!」
そう言うエリオの表情に、確かに疲れは見えない。
その瞳は純粋に、強くなる事を望み、研鑽を積みたいと言う純粋な思いに満ちている。
「まぁいいだろう。ただし、手加減はせんぞ、覚悟しておけよ」
「はいっ、お願いします!」
呆れたように呟くシグナムに、エリオは嬉しそうに返事を返す。
そこへ、ヴィータの声が届いた。
「なにやってんだ! 二戦目始めんぞ!」
「あっ、はい、今行きますっ!」
そう言って、自らも開始位置へと駆け出すエリオ。
シグナムは、そんな小さな騎士の後姿を優しく見守るのであった。
●
さて、そんなエリオたちから僅かに離れた場所。
大きな木の陰に隠れながらエリオ達の様子を観察していた、何者かがぶつぶつと呟いていた。
「ヴィ、ヴィータなんで顔を赤くしてるんですか…………ああっ!? なんだかシグナムも楽しそうにお話してるし!? う、う〜」
悔しげに呻く謎の人影。
と言うか、わざわざ無記名で通しても意味は無いので言ってしまうがフェイト・T・ハラオウンは今にも泣き出しそうな表情で、エリオの様子を先程から盗み見ていた。
何をしてるんだこの人は、と関係各所から言われそうだが、一応今のフェイトは休憩時間中である。
フェイトは、空いた時間に持ち前の高速移動を駆使して、エリオの様子を見に来ているのである。
勿論、フェイトとて好きでコソコソと隠れながらエリオの様子を伺っているのではない。
まず第一に、フェイトとエリオの休憩時間が重なる事は殆ど無い。
加えて、前回似たような事をしてエリオの訓練の邪魔をしてしまったことのあるフェイトは、エリオが訓練している間はできるだけ邪魔にならないようにと、このように隠れてその様子を伺っていると言うわけだ。
そんなわけでフェイトは隠れてエリオの様子を伺っているわけなのだが、その姿はなんと言うべきか……ストーカー一歩手前のような気もしなくはない。
そんな彼女だが、別に普段からこのような犯罪者じみた事をしているわけではない。
彼女がこんな事をしている理由、それは今朝方はやてと交わした例の会話が発端となっている。
つまるところ、本当に自分とエリオが付き合っているのか、という事である。
そしてもう一つ、それに付随する形で浮き上がってきたもう一つの理由が存在する。
それは、現在機動六課内にて囁かれているある種の噂である。
その噂と言うのが、大体こういうものである。
『エリオがなんだか男らしくなってる』
『エリオが以前よりも頼もしくなった』
などなど、そんな噂である。
ちなみに、余談ではあるが、それと同時期に流れ始めたフェイト自身の噂は残念ながら彼女自身には届いていなかった。
はてさて、そんなエリオの噂だが、フェイトはそれを好意的に受け止めていた。
それはそうだ、自分の大事な人が褒められているのだから悪い気はしない。
だがしかし、はやての話を聞いた後では、違う意味が生まれてくる。
つまり、これはピンチなのではなかろうか、とそういう危機感だ。
機動六課の――主に女性陣――がエリオに対して浮かべる感情は、いままではどちらかと言うと「カワイイ」とか「頑張ってる」とか、あくまで子供に向けた意見が主流であった。
だが、それがここに来て異性として見始めているような噂が流れ始めているのだ。
となると、もう一段階進んだ感情を持つものが出てきたとしてもおかしくはない。
つまり、エリオの事が好きになる子が出てきたとしてもなんら不思議な事ではないのだ。
フェイトから見ても、機動六課には綺麗な女の子が揃っている。
目の前にある例で例えると、シグナムはそのプロポーションもあり、相当な美人だし、ヴィータにしてもとても可愛らしい。
もし、彼女達がエリオに好意を持ち、積極的にアプローチを掛けて来たら果たして、どうなるのか?
勿論、エリオはフェイトの事を好きだといってくれたし、彼がその思いを裏切るような真似はしないと信じている。
だがしかし、
「でもでも、シグナムもヴィータも私なんかと比べたらずっと魅力あるし、エリオももしかしたらシグナムたちの事が好きになっちゃうかも……」
青褪めた表情で深刻に呟くフェイト。
どうやら彼女は自分自身がシグナムやヴィータに負けず劣らずな魅力の持ち主であるとは思っていないようである。
とは言え、ツッコんでくる者の居ないこの場ではフェイトの予想――と言う名のありえない妄想は続く。
「でも、エリオが選んだんなら私は――いやっ、そんなの耐えられない、だってだって私だってエリオの事が……」
悲壮感溢れる表情でガクリと項垂れたり、何かを決意するように天を見上げたり、一人で何かと忙しいフェイト。
恋は盲目とは言うが、本当に彼女の視界はゼロの様子である。
そして暫くの間、フェイトの脳内で繰り広げられた妄想劇場の結果――
「うんっ、このままじゃダメだよね! 私も……私もがんばるよ、エリオがずっと好きだって思ってくれるように!!」
フェイトは改めて決心する。
このままではいけない。自分はもっと積極的に行動しなければならないと。
「そして、最終的にエリオとキスを――!!」
「何を叫んどるんだ、おまえは……」
意を決して叫ぶフェイトの背後で、シグナムの呆れた声が響いていた。
そりゃあ、アレだけ叫んでいたらバレるというものだ。
前話へ
次話へ
目次へ
↓感想等があればぜひこちらへ