愛しい貴方にくちづけを (2)



「ぜぇ……ぜぇ……も、もう逃がしませんよ、フェイトさん」

 訓練上がりなうえ、全力で逃げるフェイトを追って走り続けたエリオは肩を上下させつつも、
 ようやく彼女を追い詰めることに成功していた。
 部屋の片隅、逃げ場のないそこにはフェイトが蹲っている。
 例のひらひらふわふわなメイド姿のまま、拾ったクッションで顔を隠し、
 必死に縮こまっているその様子はまるで怯える小動物か何かのようだ。

「来ちゃダメぇ……見ちゃ、やだぁ」

 紡がれる声も弱々しく、震えている。まるで怯える子供のような声だ。
 だから――だからこそ、エリオはそれがフェイトの願いであっても、ここから立ち去るわけには行かなかった。

「こんな状態のフェイトさんを放っておけるわけないでしょう!」
「いーやぁー!」

 フェイトに歩み寄り、その手を取ろうとするエリオと、イヤイヤと全身でそれに抗おうとするフェイト。
 そんな二人を少し離れた場所から見ている影が二つ。

「ねーねー、なのはママ。これってしゅらば? しゅらば?」
「え、あー、うん……ど、どうだろうね? ところでヴィヴィオ、そういう言葉、誰から教わってるの?」
「えっとねー、八神ぶたいちょうー」

 ベッドに腰掛けたまま困った表情を浮かべるなのはとその膝の上で興味津々と言った様子で瞳を輝かせるヴィヴィオの高町親子である。
 ちなみにこの場に二人がいるのはここが彼女たちの寝室だからだ。
 自分の自室でもあるこの部屋にフェイトが逃げ込んだことによって気付けばこんな状況に陥っていた。
 席を外そうかとも思ったが、どうにもタイミングが掴めずなのはも正直困っているところだ。

 ――とりあえず、はやてちゃんとはあとでお話するとして、

 脳内お話手帳内のティアナと書かれた文字の下にはやての名前を刻む。
 そんななのは達の事を、困った表情で見つめるエリオ。

「あの、なのはさん。こちらから突然お邪魔しておいてなんなんですけど……」
「ふえっ、あ、ああ、ごめんねエリオ。それじゃあヴィヴィオちょっと席を外そっか?」
「うゆ? お出かけするの、なのはママ?」

 ヴィヴィオを抱きしめたまま立ち上がるなのは。だが、さすがにこのまま何事もなく再開するのは些か難易度の高い所業である。

「た、たすけてなのはっ!」
「あっ、フェイトさん。なのはさんに逃げないでください!」

 そんな間隙を突いてフェイトがなのはに助けを求める。
 とはいえ、確かに見た限りにおいては嫌がるフェイトに無理矢理襲い掛かるエリオの図に見えないことも無いが、

「うーん、でも多分フェイトちゃんが悪いんだろうしなぁ」
「親友に見捨てられたっ!?」

 涙目で驚愕の表情を浮かべるフェイト。

「だってフェイトちゃんのことだから、たぶんはやてちゃんが誰かに変な知識植えつけられてそれでエリオにアプローチかけようと思ったはいいけど、つい気恥ずかしくなって自爆しただけなんでしょ?」
「う、ぐ……」
「エリオが優しいからって甘えすぎるのはよくないと思うよ? 嫌われたくないんでしょ?」

 あまりにもピンポイントななのはの言葉に、二の句が告げなくなるフェイト。押し黙る彼女から視線を外し、なのははエリオへと向き直る。

「ああ、それとエリオ」
「え……あ、はい」
「女の子……特にフェイトちゃんはエリオの想像以上に傷つきやすいんだから、あんまり慌てちゃダメだよ?」
「……す、すみません」

 なのはの指摘に、フェイトの手を握り締めていたことに気づき、慌ててその手を放す。
 けれど、事前に釘を刺されたフェイトも、それ以上逃げ出す気配は見せず。ただ大人しく床に座り込んでしまっていた。

 しゅん、とどこか項垂れた表情を見せるフェイトとエリオ。とはいえ、先ほどの興奮状態よりかはいくらかマシだろう。
 二人の様子に、なのはは「まぁ、こんなものか」と満足げに頷くと、ヴィヴィオを抱いたままベッドから立ち上がった。

「それじゃあ、私とヴィヴィオはちょっと散歩してくるから、あとは二人で頑張ってね。それじゃあ、ヴィヴィオ、行こ」
「はーい、いってきます。フェイトままにエリオー」

 ぶんぶんと元気よく手を振るヴィヴィオを伴い、そのまま部屋を退室するなのは達。
 結局部屋の中に残ったのは、メイドの格好のままのフェイト、放した手を宙で彷徨わせるエリオ。そして気まずい沈黙だけであった。
 お互いに、なんと言葉を掛けていいものか迷い、視線を交し合うも、目があった途端に再び気恥ずかしさが蘇り、頬を赤くして視線を逸らしてしまう。
 客観的に見ると『この二人は何をやっているんだろう?』といったところだ。
 それでも意を決して、二人は口を開こうとする。

「あ、あのっ」
「エリオ、これはね」

「ああ、それと一応言っておくんだけど」

 扉が開き、なのはが顔を覗かせた。

「「うわあああああああっっ!?」」

 わたわたと慌てる二人。なんというか、狙い済ましたかのようなタイミングでの再出現だった。

「ほら、私もヴィヴィオもここで寝なきゃいけないから……その、あの……言い難いんだけど、ホラ」
「変な気は回さなくていいですっ!!」

 顔を赤くしたままのエリオのツッコミに、なのはは「にゃははは」と愛想笑いを浮かべて今度こそ部屋から出て行くのであった。


 ◆


 エリオ・モンディアルとフェイト・T・ハラオウン。
 この二人はよく似ている。

 その生まれや境遇が、というのもあるがもっと根源的な部分が似ているのだ。
 それは例えば――

「あ、あのフェイトさ――」
「あ、あのね、エリ――」

 会話を始めるタイミング。特に示し合わせたわけではないのに、同時に声を上げ、お互いに続く言葉を告げられなくなった。場が微妙な沈黙に支配される。
 先程からずっとこんな調子だった。お互いになぜかベッドの上で正座し、向き合ったまでは良かったがそこから先にまったく進んでいない。話したいこと、伝えたい事はたくさんある筈なのに、それを上手く伝えられない。

 ふと目と目が合った瞬間、頬が熱を帯びそれ以上なにかを言えなくなってしまうのだ。
 そんなエリオとフェイトが向き合い始めてそろそろ三十分が経とうとしている。ここにツッコミ担当の第三者がいれば即座にツッコんでいるような状況だ。
 しかし、二人にとってはここはそれほど居心地の悪い空間ではないらしい。

 好きな人がそこにいる。

 それだけで充足を得られることができたし、それ以上を求めることに恐れのような感情を抱いても居た。
 結局のところ、彼女達は誰かを愛する事や誰かに愛される事に対してどうしようもなく不器用なのだ。
 過去をずっと引き摺っているワケではない。フェイトもエリオも己の過去に対してそれなりの決着をつけることはできた。だから、これはやっぱりこの二人の性格なのだろう。

 でも、ずっとこのままでいいわけがない。

 だからエリオはもっともっと強く、気高い騎士になりたいと願ったし、フェイトもエリオの為にと精一杯がんばった。
 確かに、その結果はあまり芳しいものではなかったかもしれない。けれど、そこで諦めていては、この程度で挫けていてはいけないのだろう。
 これからも、ずっと、ずっと……それこそ気が遠くなるほどの時間を、大好きな人と過ごす為に。

 だから、動いた。
 エリオは自分には到底似合っていないと解っていながら、それでもフェイトをしっかりと見つめて口を開く。

「フェイトさん」
「え……あ、ひゃ、ひゃい!」

 唐突に名を呼ばれ、上擦った悲鳴のような返事をあげるフェイト。だが、エリオの言葉をちゃんと聞こうと、背筋を伸ばし、何処までもまっすぐな瞳でこちらを見詰めてくる。
 その眼差しで見つめられると、少しだけ二の句を告げるのに躊躇いを覚えるエリオだが、意を決し叫ぶように言葉を紡ぐ。

「そ、その格好。すごく、えっと……似合ってます!」

 そう、自分が出来る限りの感想を伝えて顔を伏せるエリオ。たくさんのフリルが付いたエプロンドレス姿のフェイトは、いつものスーツ姿から感じる凛々しさやカッコよさとはまた違ったベクトルの良さを引き出している。
 可愛らしいとでも呼ぶべきその姿は、けれどフェイトの魅力を僅かにも損ねることなく引き立てている――ように、エリオは感じた。だから感じたままの言葉をフェイトに伝える。

 きちんとした言葉で。相手にちゃんと伝わるように。
 そんなエリオの気持ちが正しく伝わったのか、フェイトはますます頬を紅くしてスカートの裾をぎゅっと握り締める。

 恥ずかしさがあった。
 だけど、それよりもずっとずっと大きな気持ちが、フェイトの心を優しく暖めてくれる。
 その暖かさを、フェイトはエリオに伝えたくて掌をぎゅっと握り締めたまま視線を上げる。俯かないように、ますぐ前を、エリオを見詰めながら。

「あ、あのね、エリオ」
「はい……」
「わ、私ね……その、エリオが喜んでくれたらいいなって思ってその、他の誰かじゃなくて、エリオに、その見て貰いたくて――」

 ぐるぐると頭の中でめぐる感情は、うまく言葉にすることができない。
 お互いに不器用な言葉しか交わすことが出来ない。ただ、少しでも自分の気持ちを伝えようと声をあげる。
 そんな彼女の固く握られた掌を、エリオの掌が優しく包む。言葉だけでは足りないと、彼女の指先にそっと触れる。その感触にフェイトの肩が一瞬だけビクりと震えるが、すぐにその表情には安堵が生まれた。

 そんな二人の視線はゆっくりと交じり合い――やがて、フェイトはゆっくりとその瞼を落とした。

 ●

 ――え?

 エリオの頭の中に疑問符が生まれる。
 今、彼の視界を埋めるのはフェイトの思わず見蕩れてしまいそうなほど綺麗な表情だ。

 ただ、意思の光を常に宿す、その瞳だけが瞼に覆われ隠れてしまっている。
 そんなフェイトの表情から読取れる感情は、覚悟や決意といった何処までも真剣極まりないものだ。
 なにを求められているのか解らない――と言うつもりはない。

 だが、本当にそれが、それをすることが正しいことなのか、エリオは自信が持てずにいた。
 もしかしたら、今から自分しようとしている事はフェイトをヒドく傷つけてしまうかもしれないのだ。
 自分が傷つく事を厭うつもりは今更ない。けれど、自分の行動が彼女を――自分の一番大切な人を傷つけてしまうかもしれないと解っていながら、躊躇することのない強さをエリオは持ち合わせていなかった。

 瞼を閉じたまま、ベッドにぺたんと腰を落としこちらを見上げる姿勢のフェイトは引く事も進むことも選びはしない。彼女は今、全てをエリオへと委ねている。
 それこそ、エリオがなにをしようとも今の彼女が逃げることはないだろうし、きっと全てを受け入れてくれるだろう。だが、それに甘えていいものかと、エリオは自問自答する。

 フェイトのことが好きだ。何よりも彼女のことを愛しいと思っている。

 だが、そんな感情のままにフェイトを求める事は本当に正しいのだろうか。
 フェイトは強く、美しい人だ。その美しさは極上の宝石を思わせる。だが、それは同時にどうしようもない脆さを秘めている。驚くほど簡単に砕け散ってしまう脆さだ。

 それを知りながら、フェイトを強く求めることにエリオは恐怖を感じていた。
 自分の腕の中で、フェイトがガラス細工のように砕け散ってしまうのではないかと、本気で彼は考えていたのだ。

 急ぐ必要などないのではないか?
 もっと、時間をかけてゆっくり進んでいけばいいんじゃないだろうか?

 そんな思いに囚われる。

 そうして、彼はフェイトと繋がれたままの手をゆっくりと離そうとした――だが、そこでようやく気付く。
 フェイトの手が、強く、強くエリオの手を握り締めていることを。
 まるで親に縋る子供のように、フェイトはこちらの手指を握っていた。
 震えている。よくよく見れば瞼の奥から覗く睫毛も、握られた指先も僅かに震えている。それを悟られまいと必死に押し隠しながら、それでも僅かに。

 彼女も、恐れているのだ。

 エリオと同じように、エリオに全てを委ねることを。エリオと共に先に進むことを。
 それでも、彼女は逃げようとはしなかった。
 震えながら、怯えながら、それでもけして逃げないようにと。
 だから、自分の大事な人が逃げることなく頑張っている姿をエリオは見てしまったから。

 だから、エリオが選んだのは――

 ●

 髪を掻きあげるように、自分のものではない手指があたる感触に、フェイトは僅かにだけぴくりと震えた。
 こちらの頭を固定するようなその動きに、フェイトは張り裂けそうになる心臓の鼓動を聞きながら覚悟を決める。
 瞼をぎゅっと閉じたままの彼女に視覚から情報は入ってこない。その代わりというかのように、肌に触れる手指の感触が、静寂に響くそれぞれの息遣いを感じる。

 そこに、エリオがいると言う事を。

 だからすぐに解った。次の瞬間感じたものが頬に触れる濡れた唇の感覚だという事を。
 エリオが自分の頬に口付けをしたのだと、フェイトはすぐに理解することが出来た。
 正直なところ、それはフェイトが想像していた行為とはほんの少しだけ違っていた。

 彼女はエリオに全てを捧げる覚悟をしていたし、そうなることを求めていた。
 けれど、悲しい気持ちは驚くほど感じなかった。それだけでもエリオの気持ちを感じる事はできたし、今はそれだけで充分だとも思えた。
 ほんのつい先程、エリオが考えたとおりだ。

 急ぐ必要はないし、慌てる必要もない。

 きっとこれからも、自分はエリオの事をずっと好きでいられるし、エリオも自分を好きでいてくれると信じる事ができた。
 だから、ゆっくり歩いていこうと。それできっといいんだと。
 心の底で一抹の寂しさを感じながらも、そう結論付けフェイトはゆっくりと瞼を開いた。

 ――その瞬間、エリオにキスされた。

 唇と唇が、触れるキス。

 瞼を開くと同時に、視界いっぱいにエリオの顔が映し出されていた。
 まるで理解することができなかった。

 頬にキスされて、それで終わりだとフェイトは完全に油断していた。
 だから、不意打ちにも似たその一撃に、意識は完全に白紙となり、思考が停止する。
 まるで彫刻になったかのように、微動だにできぬまま、しかし唇に触れた柔らかい感触だけがまるで電流のように脳を刺激する。
 だが、それも一瞬。触れるだけのキスはすぐに終わりを次げ、エリオも顔を引く。
 そこで目を見開いたまま完全に静止したフェイトの姿を見たのだろう、エリオの表情が慌てふためき始める。

「え……うわっ、フェ、フェイトさん!? あ、あの、やっぱり、イ、イヤでしたか、ご、ごごごめんなさい!?」

 自分が間違ったことでもしたかのように顔を青褪めさせるエリオ。
 だが、フェイトはそれどころではなかった。意識は遠い世界に旅立ったまま未だに返ってこない。
 たった今、自分の身に何が起こったのかすら理解できていないのだ。
 だから、彼女は意識のないまま静かに呟く。

「もういっかい……」
「……へ?」

 フェイトの小さな呟きを聞き取れず、疑問の声をあげるエリオ。
 そんな彼に向かってフェイトは泣きそうな表情で叫ぶのであった。

「もう一回!」
「え!? あっ、は、はいっ!」

 反射的に返事をして、そのままエリオも意識せぬままもう一度フェイトの唇を奪う。
 再び唇と唇が触れ合う。長く続くことのない一瞬のキスの後、エリオはもう一度顔を引いてフェイトの様子を伺う。だが、やはり彼女は呆然とした表情のままで暫く無言を貫いていたかと思うと、

「……きゅぅ」

 変な唸り声を発してふらりと上体のバランスを崩した。

「う、うわぁっ!? フェ、フェイトさん!?」

 思わずそんな彼女を抱きとめるエリオ。見れば、フェイトの顔は熱でもあるかのように真っ赤に染まり、目を回している。しかし、唇の端に浮かぶのはどこまでも幸せそうな笑みである。

「キ、キス……されちゃった。エリオに、キスされちゃった……ゆ、夢じゃないんだ……」

 うわ言のように呟くフェイト。完全に出来上がってしまっている。
 どこまでも幸せそうに呟くその姿に、エリオも自分の頬が熱くなっていくのが解る。
 どうやら、嫌がられていない様子ではあるようだが、キスと連呼されると気恥ずかしい事は変わりない。

「ご、ごめんなさい……なんだかその、ビックリさせちゃったみたいで」
「あ、謝っちゃヤダッ!」

 頬を掻きながら、恥ずかしそうに呟くエリオ。しかしその言葉を僅かに正気を取り戻したフェイトが慌てて掻き消す。

「わ、私すごく嬉しかったよ!? だ、だからその謝られちゃうと、その……悪いこと、させちゃったみたいで……その、も、もう一度とか、言い難くなっちゃうし……」

 自分で言ってても恥ずかしいのか、尻すぼみの言葉で最後はゴニョゴニョとしか聞こえない囁きになるフェイト。腕の中で視線を逸らしつつ、もじもじと身体を揺すらせる彼女を見て、エリオの頭が再び沸騰する。

 ――か、かわいくてしかたない!?

 エリオも男の子だった。
 気付けばエリオはまるで操られるかのように、フェイトの顎を掬い上げ、その唇にキスをする。
 触れるだけの優しいキス。けど、二人はそれだけでどうしようもなく幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
 三度のキスを終え、顔を離す二人。彼等は互いを見詰めあいながら、お互いなんと言うべきか迷っているかのように視線を彷徨わせ始める。

「え、えっと……その、キスしちゃいました……ね」
「う、うん……そ、そうだね。キスしちゃったね」

 熱に浮かされていたかのような時間はようやく終わりを告げ、ようやく冷静さを取り戻す。
 けれど、後悔など欠片もない。
 胸の奥に残るのは、どうしようもないほどの暖かな感情だけだ。
 照れくささは残るものの、それでも二人は本当に嬉しそうに微笑む。

 だが、そこでふとエリオが真剣な表情を見せた。
 なにかを覚悟したかのような、そんな決意の顔。そのまま彼はまっすぐフェイトを見詰めると、恥ずかしそうに、でも確かな自分の気持ちを伝えるために声を紡いだ。

「フェ、フェイトさん!」
「う、うん、どうしたのエリオ?」
「そ、その僕は……フェイトさんと……その、離れたくないです。ずっと、一緒にいたいんです!」

 ぎゅっと、フェイトの手を握り締めながら、自分の中にいまある感情をそのまま彼女に伝える。
 その手を放すことなどできそうになかったし、他の人間に今のフェイトを見せることすらエリオは嫌だった。

 彼女を、独占したかった。自分だけのものにしたかった。
 あまりにも利己的で我侭な感情。ともすれば軽蔑されかねない気持ちだとエリオは自覚している。
 それでも、もはや自分に嘘をつくことはできそうになかったし。

 彼女を求めるその心を諦める事はできそうになかった。
 だから、正直に話す事にした。フェイトに、綺麗なものも汚いものもすべて重ねた、エリオそのものの想いを。
 まっすぐな瞳で見詰められたまま告げられたエリオのそんな言葉に、フェイトは愕き、戸惑い――それでも最後には柔らかな微笑を浮かべた。
 ぎゅっと、エリオの手を握り返し。静かに頷くフェイト。

「うん、私も離れたくないよ……だから、ずっと一緒にいよう」

 ●

 部屋の明かりが落とされた。
 薄暗い室内、大きめに作られたベッドに二つの影が落ちていた。

 エリオとフェイトだ。
 彼等はシーツを被り、お互いに見詰めあうようにベッドに横になっている。
 そんな二人の間、お互いに差し出された掌は、絡み合うように繋がれている。
 暖かな感触を返すそんな掌を見詰めて、フェイトが嬉しそうに笑った。

「え、えへへへ……こうしてエリオと一緒に寝るのも久しぶりだよね」
「そう、ですね。あの時は確か、夜の暗さが怖くて、フェイトさんが「一緒にいるから怖くないよ」って言って添い寝してくれたんですよね」
「そうだったね……今はもう大丈夫?」
「はい、おかげさまで……ああ、でもそうなるとフェイトさんはもう添い寝、してくれなくなっちゃうかな?」
「だ、大丈夫だよ! だって今はほら……恋人、同士だから……ね」

 からかうようなエリオの言葉に、恥ずかしそうに呟き、俯くフェイト。
 幸福だった。
 こうして、手を繋ぎ、話し合うだけでどうしようもないほどの幸せを感じる。
 ずっと、こんな時間が続けばいいのに、と陳腐なことさえ考える。

「ねぇ、エリオ」
「どうしました、フェイトさん?」

「私はね、エリオのことが好きだよ」

 確かめるように、間違えないようにとフェイトはエリオに伝える。

「きっと、どんなことがあっても、どれだけ時間が経っても、それだけは絶対に変わらない――私は、エリオ・モンディアルが大好きなんだ」

 フェイトの告白。
 それをエリオはじっと彼女の瞳を見詰めたまま、ただ静かに聞き届ける。

「だから……だから、エリオとずっと一緒にいたいよ? ねぇエリオ。エリオはこんな我侭な私とずっと一緒にいてくれる?」

 それだけが、フェイトの願い。

 ずっと、ずっとエリオと共に居たいと、ただそれだけを彼女は願う。
 その願いがかなうならば、他には何もいらないと誓いながら。

「はい、ずっと一緒に居ます。どんなことがあっても、どれだけ時間が経っても、僕はフェイト・T・ハラオウンと共に居ると。ずっと貴方の事を好きで居続けると」

 そんな彼女の願いに、エリオが答える。
 その答えが聞けただけで、フェイトは幸せだった。
 例えこの先、別れの時が来たとしても――けして後悔しない、そう思いながら。



 そうして、フェイト・T・ハラオウンは確かな幸せを感じながら――深い、深い眠りに落ちていった。


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