星光の殲滅者、がんばる



 存在しない筈のあらすじ

 闇の書の欠片による事件は終息したァ!!(ハッピーエンド
 一時の平和を謳歌する魔法少女達ァッ!!
 だが、奴等は生きていたァッ! そう、なのは達の宿敵、マテリアルシリーズがァッ!!
 事件の終わりと共に消えた(多分)かに見えた彼女等だったが闇の書の欠片に残された残留思念が(中略)することによって彼女達は蘇ったァッ!!
 だがしかァッしッ!! 再構成された彼女達の性格は以前のものと少し違っていたァッ!!
 彼女達は魔法少女隊ハッピーマテリアルとなって生き返ったのだァッ!!
 そう、マテリアルは魔法少女だったのですゥッ!!(CV:千葉繁


 これはとある魔法少女達によく似た、違う誰かの物語。


 深い、闇に似た空間がある。
 全周囲に光が存在しない漆黒の空間だ。

 マテリアルスペースと名付けられたそこは彼女達の住まうべき場所。
 今そこには、三つの人影が存在していた。

 光無きこの世界でその姿を視認することは本来ならば不可能ではあるのだが、なぜかその姿は闇の中で切り取られたかのようにはっきりと映し出されている。
 まず一人目は背中に闇色の羽を浮かべている少女だ。何もない空間であるそこにソファーでも存在しているかのように腰掛け、背中を大きく預けている。

 タイトスカート姿なのだが盛大に足を組んでおり下着が見えてしまっているがそれを注意する者はこの場にはいない。
 手に持って広げているのはB6サイズの書籍。だが、書面に映し出されているのは活字ではなくイラストとセリフを貼り付けた所謂コミック本だ。タイトルには「美男島」と書かれている。

 イケメンに魅入られた兄を救う為に美男だらけの島へ単身乗り込むという漫画だ。
 ただし掲載誌が青年誌であることと、イケメンと称するには微妙なキャラデザである為、本来メインターゲットにしていた女性読者からの評価はあまり高くない。
 代わりに全裸にポン刀を振り回す漢らしい戦闘シーンに共感した男性読者からの支持は高い色々と曰くありげな漫画だ。

 幼い女性向けとはとても言い難い代物だが、少女は嬉々とした様子でページを捲っている。
 なにかツボに入る部分があるのか偶さかに「ゲラゲラ」とあまり品が良いとは言えない笑い声も漂ってきている。

 見れば彼女の両脇には同種のコミック本がタワー状に積み上げられている。それもバベルの塔の如く今にも崩れそうな乱雑な調子で、だ。
 おそらく読み終わった本を適当に載せている所為だろう。

 彼女の名前は「闇統べる王」八神はやてをオリジナルにしたマテリアルシリーズの一機だ。

 そんな彼女の前を通過するように、漂う影が一つ。
 うつぶせに伏せた青髪の少女だ。スクール水着そっくりの衣装にマントという随分とファンキーなファッションをした少女は――だらけていた。

 漆黒の空間にうつ伏せ状態のまま寝そべり、その表情は完全に弛緩しきっている。
 手足は力なく放り出すように投げ出され、もはやその場から一歩たりとも動きたくない、と言った様子だ。

 偶さかに前述の少女――闇の笑い声に、耳をぴくぴくと動かすが……それだけ。
 特に文句を言うでもなく、そのままだらーん、といった擬音がひたすら似合う様子でだらけている。
 そしてそのままふわふわと漆黒の宙を漂い続ける青髪の少女。

 彼女は「雷刃の襲撃者」フェイト・T・ハラオウンを元に創られたマテリアルシリーズの一機だ。

 そんな、どうにも自堕落と言った単語がひたすら似合う様子のそんな二人の少女が、そこにいた。
 だが、

「今日こそあの女を、ぎゃふんと言わせてやるのよっ!」

 弛緩しきった空間に、そんな裂帛の声が響き渡った。
 そんな声の主を、二人の少女はちらりと見る。一人は掲げた漫画本の隙間から、もう一人は眠そうな瞼を片目だけ上げて。
 だがそれも一瞬。二人の少女はすぐさま興味が失せたと言わんばかりにそれぞれの使命に勤しみ始めた。

「げらげらげらげら!! アホやなぁコレ……ええと、続き続き」
「ぐー…………すー…………ぴー…………」
「ちょっと貴方達、人の話はもうちょっと真面目に聞きなさいよーッ!」

 と、再び怒りを孕んだ声が響く。そちらへと視線を向ければそこに三つ目の人影があった。
 少女、だ。短く切り揃えられた髪の所為か、一見すれば少年に見えなくも無い風貌だが、着ているものが学校の制服のような丈の長いフレアスカートである事から少女なのだろう。
 彼女は今、両の手を天へと突き上げ「私、怒ってます」と如実に告げるかのように顔を赤くしている。

 「星光の殲滅者」マテリアルシリーズ最後の一機にして、あの高町なのはをオリジナルに創られたのが彼女だ。

 だが、そんな少女の激昂の叫びに対し、二人の少女はまったく同じ反応を返してきた。
 即ち、無視してきたのである。

「な、なによ……貴方達。もうちょっと反応しなさいよ……」

 不機嫌そうに呟く星。けれど、やはり二人からの反応はない。
 どうやら完全に星の言葉を無視することにしたようだ。まるで少女がそこに居ないかのように、二人は振舞う。

「ねぇ、ちょっと……聞いてるの?」

 星の言葉から不機嫌な感情が抜ける。代わりに浮かんできたのは不安という色だ。
 だが、そんな少女の問いかけにも二人からの反応はなく。一分、二分――。

「な、なんなのよ……なんで私の事無視するのよぅ、ちゃんと、話聞いてよ……」

 泣き出した。
 瞳に浮かんだ大粒の涙をぽろぽろと零しながら、悔しそうにスカートの裾を握り締め、紡ぐ言葉は嗚咽交じりである。
 場に、やたらと気まずい空気が流れた。
 見れば星のこの反応には残り二人の少女も流石に無視を敢行するのにも気が引けたのか、アイコンタクトを交わすと、

「わ、わぁ、星たん。どないしたんー? ウチ、漫画に集中していて今まで気づかんかったー」
「私もー。眠くて気づかなかったー。なんで泣いてるのー?」

 雷と闇が棒読み口調で星に喋りかける。
 その言葉に、星は一瞬ビクッっと肩を震わせると、慌てた様子で制服の裾で強く涙を拭い。

「バッ、な、なに言ってるのよ。別に泣いてなんかないわよ! フ、フン。貴方達が暇そうにしているからお情けで声を掛けてやっただけよ! 別に仲良くしたいとかそんなんじゃないから斃死しなさいっ!」
「『へいし』ってなんか解る雷たん?」
「斃死……行き倒れて死亡したり、のたれ死ぬことー。人間じゃなくて動物が突然死んだりした時に使うのー」
「相変わらず星たんのツンデレセリフはハイセンス過ぎるなぁ……」
「だ、誰がツンデレよ!? ふ、憤死しなさいっ! いいからっ、貴方達どうせ暇なんでしょ!」

 表情を朱に染め、明らかに恥ずかしがっている様子で叫ぶ星。そんな彼女をハイハイと適当に諌めながら闇はやる気なさげに後頭部を掻く。

「んで、なんやねんいきなり。ウチ漫画読むんに忙しいんやけど……」
「私もー。だらだらするので忙しいのー」
「それは忙しいって言わないのよ!! 俗に暇っていう状態なのよっ!」

 ぜぇぜぇ、と息せき切ってツッコミを入れる星。やがて二人とも「また、泣かれてもなー」と顔に書いたまま、渋々といった様子で星に向き直る。

「はいはい、わーったから短めに頼むなー」
「ふふん。そんなに聞きたいなら教えてあげるわ! あの女を今日こそぎゃふんと言わせるのよ!!」

 ふんぞり返って胸を張り、宣言するかのように叫ぶ星。
 だが、そんな彼女に対する反応はやはり薄い。雷はいつもどおり眠そうな表情のままだし、闇も若干表情に呆れの色が浮かんでいる。
 オーディエンスのそんな反応に、星も気づいたのかやや怯んだ様子で、

「な、なによ。なんでそんなリアクションなのよ。もっとこう無いの、わー、とか、きゃー、とか、な、なんだってー! とか!!」
「いや、そんなこと言うてもなぁー。アレやろ、アンタのいうあの女ってなのはちゃんのことやろ?」

「そうよ! あの憎っき悪魔っ子を今日こそコテンパンに叩きのめしてグゥの音もでないくらいギャフンと言わせてやる!!」
「私ー。日常会話で「コテンパン」「グゥの音」「ギャフン」って言う人始めて見たよー」
「アンタは死語貯蔵庫か、ホンマに……なんでそんなに言語チョイスが古いねん」
「い、いいじゃないそんなの別に!! 凍死しなさいっ!」
「いやまぁ、ええけどなー。せやけどアンタ、この前あの子にボコボコにやられてへんかったっけ?」

 闇の言葉に、星が怯む。胸の辺りを抑え僅かに後退さりする。しかし、

「グッ……ち、違うわ! 前回のはそう……私の辛勝よっ! ちょっと手こずったけど、私の勝ちに決まってるじゃない!!」
「確かあの日はー。アクセルシューターでボコボコにやられた挙句、止めにブレイカー直撃してたのー。星がー」
「せやなぁ。ぐじゅぐじゅ泣きながら帰ってきて「次こそは……次こそは!!」って言ってへんかったっけ?」
「つ、次こそは完勝してやるって言ったのよ! あ、あの日はちょっとこちらもダメージを負っちゃったからね!」

「バリアジャケット、ズタボロやったような……」
「ほぼ半裸だったのー」
「う、ううう、五月蝿いわね!! 変死しなさいっ!」

 コホン、と咳払いを一つ挟み、調子を落ち着かせる星。

「ま、まぁ前回ちょーっと苦戦したのは確かね。だから今回は完全なる勝利を目指す為に、私は素晴らしい作戦を思いついたの!! 聞きたい? 聞きたいでしょう? 聞きたいわよね!?」

 胸を張り、まるでスポットライトを浴びている女優のように高々と叫ぶ星。
 そんな彼女を残りの二人は面倒くさそうに見上げ、

「いや、別に……」
「興味ないー」
「き、聞きたいわよねッッ!!」

 瞳に涙を溜め、再度尋ねる星。
 残る二人は気まずそうに視線を合わして、

「あー、もう解ったからはよぅしてくれへんかなー?」
「ちゃんと聞くから、ねー」
「しょ、しょうがないわね! そこまで言うなら説明してあげるわ!!」

 フフン、と鼻を鳴らしテンションが上がった星。躁鬱の激しいタイプのようだ。

「つまりね。私一人だとほんのちょーーーーっとだけ苦労するのだから、三人掛りで襲い掛かればあの悪魔っ子だって」
「あー、ウチはパス。めんどい」
「私もヤダー。なのはとケンカしたくないー」

 と、途端に興味をなくし、ゴロりと背を向け漫画を読み始める闇と瞼を閉じて「おやすみー」と呟く雷。

「だからなんで貴方達はそんなにやる気ないのよ!! ホラ、私達みたいなキャラはこうオリジナルと対決するべき宿命を背負ってたりするもんじゃないの!? そういうものでしょ!? だからやる気出しなさいよ!!」
「いや、せなこと言うてもなー。あの子ウチらのオリジナルやないし」
「あ、後で貴方のオリジナル倒す時に手伝ってあげるからさ、ね?」
「うーん、いや別にええかなぁー。ウチのオリジナルめっちゃ料理美味しいし」
「なのは好きー。はやてもいい子だよー。フェイトも、嫌いじゃないかなー?」
「なんで至極あっさりと懐柔されてるのよ貴方達!?」

 一時期は色々と殺伐とした関係だった筈なのだが、事件が終息してからというもの随分とやる気のなくなった二人だった。
 対する星はやる気はあるのだが、再構成時の後遺症か、以前は高町なのはと肩を並べる実力を有していたのだが、なぜか今はその力がおよそ十分の一程度にまで下がってしまっている。

 だというのに、やる気だけは以前より遥かに上がっているのだから手の施しようが無い。
 対して雷と闇の二人は魔力などは以前とまったく変わりないのだが、何故かやる気だけは完全に消失しており、いまや重度の引き篭もりとなってしまっている。

「ふんっ! いいわ、貴方達に頼ろうとした私が愚かだったのよ。そうよ、本当は貴方達の力なんかなくても私一人で充分なのよッ! だから、別に手伝って欲しいわけじゃないんだからねッ!! 爆死しろッ!!」

 そう言い捨てると、星は「うわーん」と漆黒の空間に涙を散らしながら、何処かへと駆け去って行ってしまった。
 そんな星の後ろ姿を見送りもせずに惰眠と読書に集中していた二人だが。

「ねー、星、あのままにしてていいのー?」

 だらりとうつ伏せのまま問いかける雷。それに闇はマンガのページを一枚捲り、

「まぁ、ええんちゃう? なのはちゃんの事やから手加減してくれるやろうしー」
「そーかなー? そーかもねー」
 そう、一人納得する雷。結局二人は星を追うでもなく、彼女の帰りをただ待つことにした。

 ●

「今日が貴方の命日よ、高町なのは!!」

 所変わってここは海鳴市の丘陵地帯にある自然公園。広大な敷地面積が特徴であり、人に見られると少しばかり困る魔法の練習などで高町なのはがよく利用する場所だ。
 以前、高町なのはの後を尾けて、この場所を取り押さえた星は、彼女が放課後の練習に来ると踏んでここに昼ごろから潜んでいたのだ。
 そこへ予想通りのこのこと現れた高町なのはに星は背後から叫びつつ襲い掛かった。
 手に持っているのはその辺で拾った木の棒だ。星は今それを振りかぶって高町なのはに襲い掛かっている。

「ふぇ?」

 見ればなのはは突然の背後からの襲撃に、ぽやーん、とした声を上げている。
 あまりにも隙だらけなその姿に、星は勝利を確信する。

 ――貰った!!

 だが、しかし、

《Auto intercept》
「わ、わわっ! レイジングハートッだめッ!」

 響く電子音声。慌ててそれを止めようと静止の声をあげるなのはだが、もう遅い。
 瞬間的に宙に現れたソフトボールサイズの赤い光玉――アクセルシューターは一瞬で背後から飛び掛ってきた星に向けて疾駆した。

「ぎゃぴっぃ!?」

 そして直撃。放たれたアクセルシューターの一撃は星のおでこを正確に打ち貫き、彼女の小さな身体を吹き飛ばす。当然ながら手にしていた棒はすっぽ抜け、空高く飛んでいく。
 そのまま暫くの間、宙を舞った星はそのまま地面にどぅと倒れ付す。
 覚悟はしていたものの、突然の襲撃に意識が跳び、目を回している星はすぐに立ち上がることはできず。その間に慌てた様子の高町なのはが駆け寄って来た。

「せ、星ちゃん!? 大丈夫、ご、ごめんね。レイジングハートの自動防御システムが稼動しちゃって、だ、大丈夫。生きてる?」

 朦朧とする意識の中、ゆさゆさと肩を揺さぶられている感覚がある。
 しかし、宿敵の声が耳朶を打ち、星は一気に覚醒した。

「た、高町なのはッ! ここで会ったが百年目っ、今日こそ目にもの見せて――」

 と、一気に前口上を述べようとした時だった。星の手からすっぽ抜け、宙をくるくると回っていた木の棒が、重力の存在を思い出したのか落下してきたのだ。
 星の頭頂部目掛けて、だ。

 木の棒は幸いな事に腐りかけていたのか、星の頭に激突すると同時に快音を鳴り響かせ、粉々に砕け散る。
 そのおかげで怪我はないようだが、衝撃だけは充分に響いたのか、再度「きゅう」と呟きながらその場に倒れ付す星。

「せ、星ちゃん!? だ、大丈夫、しっかりして、死んじゃヤダよ!?」
「か、勝手に殺すんじゃないわよ……」

 なんとか気力を振り絞り、再起動した星はなのはの肩を掴み「ククク」と大物ぶった不敵な笑みを浮かべる。

「やるわね……高町なのは。私に二度も攻撃を当てるなんて。さすが私のオリジナル、と言っておこうかしらね!!」
「いや、あの、私まだ何もしてないんだけど……」

 額に汗を浮かべつつも、すでにノックダウン寸前の星を優しく支えるなのは。

「でも、良かったぁ。あの木の棒腐ってたんだね。もっと固かったら大怪我してたところだよー」

 そう、心の底から安堵した様子で吐息を漏らすなのは。しかし、彼女は自身の言葉にとある事実を思い浮かべ。

「あれ? でもあの棒って星ちゃんが持ってたんだよね?」

 なんであんなすぐに砕けてしまうような脆い枝を選んだのかと首を捻るなのは。その言葉に、星の頬に朱色が差す。彼女はどこか慌てた様子で、

「べ、別にこれはアンタが怪我でもしたら大変だなぁとか思って、入念に腐っていたのを選んだわけじゃないんだからね。
 これは……これは、そうよッ! こんな風に自分に当たった時の危険性を察して選んだのよ。こんなこともあろうかと、なのよ!
 どう、この先見性。あまりにも優秀すぎる私だからこそできる芸当よね!? ね!?」

 なのはの肩を掴み、がくがくと揺さぶりながら必死に説得する星。
 そんな彼女の言葉を、なのははやけに嬉しそうな笑顔を浮かべながら「うんうん」と頷いている。

「そっかー。そうなんだー。星ちゃんはやっぱり優しいねー」
「だから、何を嬉しがってるのよ!? 私のキャラを勝手に変更してないでしょうね!? ちょっと聞いてるの……う、ううっ……ひ、曾孫に囲まれて穏やかな笑顔で安楽死しなさい!!」

 悔しげに呻きながら叫ぶが、決め台詞もいまいち決まらないものになってしまっている。
 何故か高町なのはを前にすると、こうなってしまう星であった。

 ――落ち着きなさい私。こいつはそう、倒すべき敵なのよ!!

 そう、強く自分に言い聞かせると星はなのはを跳ね除けるように立ちあがり、距離を保ちながら身構える。

「ふ、ふふふ。私の類稀なる心理作戦に見事に引っ掛かっているようね高町なのは。その油断しきった表情。それがこの後恐怖に引き攣るのかと思うと傑作でならないわね!!」
「心理作戦ならここでバラすのはどうなのかなー?」

 高町なのはをビシリと指差し、居丈高に叫ぶ星。対するなのははやはり笑顔のまま首を傾げていたりする。

 ――甘い、甘すぎるわね高町なのは。今日の私は今までの私とは違うのよ!!

「クックック。そうやって余裕ぶっこいていられるのも今の内よ。貴方は既に私のテリトリーに足を踏み入れている。その事を後悔するといいわ!!」

 そう言って、ゆっくりとなのはとの距離を離す星。まるでなのはを誘うように、だ。
 そんな星の視線が、高町なのはから外れ、僅かに彼女の足元へと向けられた。よく見ればその場所には妙な物が突き立っていた。

 旗、だ。爪楊枝に外国の国旗をあしらった紙を巻いた旗が地面に刺さっている。
 それは星が準備した落とし穴の目印だった。

 これが星の用意した秘策。高町なのはが放課後この場所へ訓練に来ると踏んだ星は既にこの周辺に幾つ物落とし穴を掘っていたのだ。
 功名に偽装された落とし穴の位置は一見して普通の地面と見分けがつかない。だが星だけがその位置を見分けることの出来る目印がそこにあった。

 それが旗、だ。星がお子様ランチを食べたときに頑張って集めた旗が刺さっている場所が、落とし穴のある位置なのだ。
 事情を知らない者が見れば、ただ旗が刺さっているようにしか見えない巧妙な目印。まさかそれが落とし穴とは解るわけが無い――と星は何の根拠も無い自身に満ち溢れていた。

「ふふふ、そうよ高町なのは。そのままゆっくりと一歩私の方に来るのよ。いい、あくまでゆっくりとよ。あ、あとあんまり地面を強く踏みしめちゃダメよ。と、特に理由はないけどいいわね!!」

 じっとなのはの足元に刺さった旗を凝視しつつ、自らも後退しながら高町なのはを落とし穴に誘う星。対するなのはは星がじっと見詰めるお子様ランチの旗を暫く眺めた後。

「あ、あのね星ちゃん。ちょっと聞いて欲しいんだけど――」
「な、なによ。いいから貴方はそのままゆっくりと前へきゃああああああああっっ!!」

 瞬間、ズボッという何かがハマる音と共に、星の姿がなのはの視界から消えた。
 そんな突然の事態に星を止めようと、半端に手を差し伸べた姿勢で固まったままのなのはが、

「星ちゃんの後ろにも旗が刺さってるから気をつけてって言おうとしたんだけど……」

 呟き、なのはは旗の刺さっている地面を迂回しつつ、星の落ちた穴に向かう。
 そこから覗き込めば、星はフレアスカートを盛大に捲くりあげた逆さまの格好で落とし穴にハマりこんでいる。
 ただ、落とし穴の先にはたっぷりの緩衝材とクッションが敷き詰められており、幸いな事に怪我はしていない様子だ。

「星ちゃんー、大丈夫。その……下着が丸見え、だよ?」
「フ、フフフフ。一先ず見事ねと言っておきましょうか、高町なのは。けど、この先二重三重に敷き詰められた罠が貴方を襲うわ! 覚悟することねっ!!」
「いや、クマさんパンツ向けられたまま凄まれても……とりあえず起き上がろうよ、ね?」
「ん……」

 流石に一人ではどうしようも無かったのか、差し伸べられたなのはの手を素直に掴み、落とし穴から脱出する星。
 地面から這い上がった、彼女は埃まみれになったバリアジャケットを打ち払い、コホンと一つ咳をすると。

「余興は終わりよ!! 正々堂々、私と勝負しなさい。高町なのは!!」
「え、ええぇ……!?」

 ビシっとなのはを指差し、誇り高く叫ぶ星。そんな星の堂々とした宣戦布告に、慌てたのはなのはの方だ。彼女は星を気遣うように、

「あ、あのね星ちゃん。今日はその、やめておかない? ほ、ほらその……頭を打ってるし、落とし穴にも落ちちゃったし、ね?」
「あ、あれは貴方を油断させる為の演技よ! 演技に決まっているじゃない!!」

 何故かこちらを気遣うようななのはの言葉に、星は「ふふん」と鼻で微笑する。

「ふふふ、そうね。そうなのね。私の事が怖いんでしょう。そうよね、正々堂々正面から戦って完膚なきまでに負けたら言い訳できないものね!!
 うふふふふ、まぁ優秀な私を恐れるのは至極当然のことかもしれないけどね!!」

 いったいその自信はどこから湧いてくるのか、星はどこまでも楽しそうに言葉を紡いでいる。
 だが、そんな星の言葉に気配が震えた。

 威圧と言うべきか、殺気と言うべきか。擬音で表現するのならば「ゴゴゴゴゴゴ」とでも言うべきオーラが何時の間にか場を包んでいる。
 だが、星はそれにまったくと言っていい程気づいていない。彼女は調子に乗ったまま高笑いを続けているだけだ。
 故に、そのオーラに気づけたのは高町なのはと、気配の発生源たる、

「あ、あのレ、レイジングハート? その怒ってる?」
《No master》

 なのはの言葉に、簡素に応える赤い宝玉。だが気配は収まらない。溢れんばかりの殺気は未だにその宝玉から滲み出ている。
 どうやら彼女は、己の主と同じ顔をしながらまったく正反対の性格をした星の存在がとことん気に入らないのか実のところ終始こんな様子なのだ。

「お、お、落ち着いてレイジングハート! ねっ、ちょっと落ち着こう!?」
《I am kool. Master》

 それ字が違うよレイジングハートぉ、と目の幅涙ななのは。
 だが、そんな二人のやり取りに気づいてないのか、星は「ふふん」とせせら笑うように鼻を鳴らすと、位相空間からレイジングハートそっくりのデバイスを取り出す。

「さぁ、そこのポンコツにもこの私のデバイスで目に物見せてあげるわ。全力全開で掛かってきなさい!!」
《All light. My enemy》
「うわあぁっ、ちょ、ちょっとレイジングハートッ、落ち着いて!!」

 なのはの命令なしで戦闘形態へと変形を始めるレイジングハート。
 それをなのはは必死に押し留めようとするが、その間にも星はなのはに向かって偽レイジングハートを大上段に振り被って襲い掛かってくる。
 うわぁ、となのはは色々な意味で叫び声をあげる中、

《Active Protection System――Start》

 敵意ある害敵からの攻撃にのみ反応するレイジングハートの自動防衛システムが作動した。

 ●

 深い、闇に似た空間がある。
 全周囲に光が存在しない漆黒の空間だ。

 マテリアルスペースと名付けられたそこは彼女達の住まうべき場所。
 今、そこには二つの人影がある。

 一つは「すぴー」と気持ちよさそうに寝息を立てているフェイトそっくりの少女。雷。
 そしてもう一人はマンガ本に目を通して呵々と笑っているはやてそっくりの少女だ。闇。

 そんな二人のいる空間に新たな影が増える。
 それは、すすり泣くような声を響かせる、肩を落とした姿で、

「ぐしゅ……うぐっ……ま、負けてなんかないもん。ちょっと、油断しただけだもん……」

 偽レイジングハートはあちこちが壊れ、バリアジャケットもズタボロになってはいるが怪我一つないなのはそっくりの少女――星の姿がそこにあった。
 そんな彼女の姿を、マンガ本の向こうからちらりと覗き見た闇は、

「おかえりー。まぁた派手にやられたみたいやねぇー」
「べ、別にこれは……そう、あの女に快勝して帰る途中にコケただけなんだからねっ! そうなんだからね!!」

 ビクッと肩を震わせ、それでも強がる星。

「そかー。んじゃあまぁ、次は負けんように頑張りーやー」
「だからっ、負けてないっつってんでしょうが!!」

 気の無い言葉を投げかけて、再度マンガ本の中に視線を向ける闇。
 そんな二人のやり取りに、目を覚ましたのか雷が眠そうに身を起こす。
 そのまま彼女は瞼をこすりつつ、ズタボロの姿の星を視界に収め、

「おかえりー……また負けたんだ」
「勝ったの!! 私の勝ちなの……」
「ふーん、そっか。まぁ、どっちでもいいけどー」

 やはり気の無い返事を返すと、雷は大きくあくびをひとつつき、そのまままたうつ伏せに身を横たえる。
 そんな二人の姿を見て、再び瞳に涙を溜め始めた星は、眠りについた雷を抱き上げ、そのまま闇の隣へ無理やり座る。

「もう、なんやねんいきなり……」
「うー、まーだーねーむーいのー」

 両サイドからそんな抗議の声が響く。しかし、二人に挟まれる形となった星は瞳に涙を溜めたまま、

「貴方達、私があのオリジナルに勝ってきたんだから、少しは祝いなさいよ!!」

 膝を抱え、涙目で、不安そうにそんな事を叫ぶ。
 そんな星の姿に、雷と闇は視線を交わした後、しょうがないなぁ、とでも言いたげな吐息を漏らした。
 大きなあくびを一つ上げ、両の瞼を空ける雷。
 マンガ本に栞を挟み、脇に積んであるタワーの最上段に乗せる闇。

「まーったく、素直に慰めてくれって言やぁええのに」
「星は本当に素直じゃないねー」

 そう言って、両サイドから星を抱きしめる雷と闇。
 その間で、星は恥ずかしそうに俯き、しかし涙は零れぬまま、

「うっさい。往生しなさい」


 これはとある魔法少女達によく似た、違う誰かの物語。



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