召喚探偵キャロ 〜エリオ・モンディアル殺人事件・雨の煙る機動六課に突如として現れる血まみれの死体、容疑者の三人娘に降りかかる災い。いったい誰が犯人なのかそれは誰にも解らない〜


「……ハァハァ。や、やってしまった……」

 雨の煙る機動六課。
 誰かが草むらに横たわる人型の物体を見下ろしながら、呟いていた。

 雨曝しになっているソレは、人と同じ大きさをしており、四肢も備えていた。
 けれど、もう人間というにはあまりにも冷たく、ピクリとも動くことは無かった。
 そんな人型の物体の周囲には、じわりと赤い水溜りが広がっていたが、それも時を追う毎に降り注ぐ雨にゆっくりと流されていく。

 そんな情景を見下ろしながら、誰かが呟いていた。

「こんな……こんな筈じゃなかったのに……」

 なんというか、非常に特徴の無いシルエットの人物だ。

 全身黒タイツで包んでいるかのように不自然なくらい真っ黒だし、髪型すら存在せず髪の無いマネキンを真っ黒に塗りつぶしたかのような容貌だ。
 その癖目だけは自己主張が激しくギラギラと輝いている。

 年齢どころか性別もまったく不明の人物――ここでは便宜的に犯人と呼ぶことにしよう――犯人は足元に転がるそれを見て慄いている。
 犯人も、まさかこんな事態になるとは思っていなかったのだろうか。その表情には後悔の色が滲んでいる。

 ――正直に罪を認めよう。もうそうするしかない。

 覚悟を決める犯人。しかし、不意にそんな犯人の耳元で悪魔が囁いた。
 その悪魔が犯人になんと囁いたのか、それは本人以外の誰にも解らない。

 だが、心の奥底に潜む悪魔の言葉を確かに耳にした犯人は――うっすらと微笑んだ。
 轟音と共に雷が落ち、周囲をサッと照らし出す。

 そこに居たのは――

 ●

 サイレンの音が響き、機動六課敷地内に赤色灯をピカピカ光らせるパトカーの群れが停車していた。

 パトカーあんのかよ、とか。なんで管理局があるのに警察が、とか突っ込みどころ満載だが、
 ここはデタラメかつテキトーな設定で出来ている異次元世界なのでツッコんでいたらキリがない。

 なので、そういう設定に関する矛盾はスルーする方向で行きたいので何卒よろしくお願いしたい所存。
 そんな開き直りのような事を記しつつ物語は進む。

 警備をしている制服警官の波を割りながら、事件現場に足を踏み入れる少女が二人。
 くたびれた茶色いコートを翻す咥えタバコ(チョコ)のスバル警部とピッシリとしたスーツに身を包んだ四角いメガネの部下、ティアナ刑事だ。

 …………突っ込んだら負け。突っ込んだら負け。

「それで、ティア。ガイシャの様子はどんな感じなの?」

 威風堂々と言った様子で事件現場に足を踏み入れるスバル警部。
 その背後に付き従いながら、ティアナ刑事が警察手帳を捲りながら言葉を紡ぐ。

「被害者の名前はエリオ・モンディアル。機動六課に在籍する騎士見習いね。年齢は十歳。将来を有望視されていた少年だったそうよ」

 淡々と事実のみを語るティアナ刑事。そのまま彼女達はブルーシートに覆われた場所で足を止めた。
 そのままゆっくりとブルーシートを捲るスバル警部。その表情が犯人への怒りと被害者への悲しみを混ぜ合わせたような複雑なものになる。
 スバル警部の目に映っていたのは、既に事切れている赤毛の少年の姿だった。

「凶器はまだ見つかってないけど死因は明白。腹部をレイジングハートのようなもので刺されてるわね」
「レイジングハートのようなもの……?」
「そう、レイジングハートのようなものよ……けしてレイジングハートと断定しているわけじゃないからね」

 驚くスバル警部と淡々と状況説明をするティアナ刑事。
 二人は暫くの間、今の会話の中に事件解決の重大なヒントが隠されてるんじゃないかと見詰め合ったが……結局何事もなかったかのように視線を被害者へと戻した。

「腹部を滅多刺し……か。よほど怨まれていたのかな?」

 惨たらしい傷痕を見詰めながら、ぼそりと呟くスバル警部。
 それに追随するように、ティアナ刑事が手帳のページを捲る。

「ええ、どうやら彼は自分のベビーフェイスを武器に、数多の女性とフラグを建てるだけ建て、飽きれば気の無いフリをして放り捨てるという驚きのジゴロっぷりだったみたいよ」
「うーん。刺されて当然だね」
「女の敵よね」

 淡々と評するスバル警部とティアナ刑事。
 なぜか死体の頬に、うっすらと涙が零れたような気がした。

「それで、容疑者の方の絞込みはどうなっているのかな?」
「それに関しては今のところ三人まで絞り込めているわ。一人づつ面通しを兼ねて説明していくわね」


 ●


「フェイト・T・ハラオウン執務官。遺体の第一発見者で、被害者の少年とは血は繋がってないけど保護者と被保護者の関係だったみたい」

 現れたのは金髪の綺麗な女性だ。誰もが振り返るような美貌の持ち主だが、今はその目が赤くなってしまっている。

「エリオ……うう、なんで死んじゃったの……」

 さめざめと泣き崩れるフェイト。
 そんな彼女の肩を叩きながらスバル警部が尋ねる。

「奥さん……辛いとは思いますが、事件の事をお尋ねしても大丈夫ですか?」
「え! お、奥さんって……わ、わたし?」

 ちょっぴり嬉しそうな表情で顔を上げるフェイト。

「いえ、違いますから。保護者と被保護者ですから」

 ティアナ刑事の冷静な突っ込みに、しゅんとなるフェイト。かわいい。

「え、えっと……それでフェイトさんが第一発見者なんですよね。一体どういう風に発見したんですか」
「そ、それは……」

 スバル警部の質問に視線を逸らし、言い淀むフェイト。

「どうしたんですか? なにか言えないような事でも……まさか、被害者を殺したのは……」
「ち、違います! そ、そうじゃなくて……」

 鋭いティアナ提示の視線に射すくめられ、涙目になった彼女は小さな声で語り始める。

「え、えっとその……ちょっとエリオが心配で、その偶に尾行したり、物陰からこっそりと見たりする癖が……」

 胸の前で人差し指同士を突き合わせつつ、頬を朱に染め呟くフェイト。

「お、おおう。純愛だね。ぴゅあらぶだね!」
「いや、てーかそれって所謂ストーカーじゃ……」

 若干反応の違うスバル警部とティアナ刑事。
 確かに年の差から考えて若干の犯罪臭がしなくもないが、とりあえずその件はひとまず置いておいて続きを促す。

「それで、エリオはこの時間帯は訓練のはずだから、休み時間の間にダッシュで抜け出してエリオの事を探していたら……彼の悲鳴が聞こえて……それで慌てて駆けつけたら……」
「既に事件の後だった。という事ですか?」
「うっうっ。なんで私を置いてっちゃったのエリオ……」

 再び思い出したのか、さめざめと泣き濡れるフェイト。
 暫くそっとしておいた方がいいだろうと判断したスバル警部とティアナ刑事は次の容疑者の下へと向かうのであった。


 ●


「八神はやて二佐。ここ機動六課の責任者ね。事件当時は隊長室にて一人雑務に追われていたそうだけど、アリバイを証明できる人物は誰もいないみたい」

 そう言って、ちょっと頬を膨らました部隊長さんが現れる。

「ちょっと待ちいな刑事さん。まさか私を疑ごうてるんやないやろーな!?」
「や、やだなー。そんなことないですよー。ちょっと話を聞きたいだけですってば。ほら、アメをあげますから協力してくださいねー」

 あからさまに不機嫌そうな彼女にスティックキャンデーを差し出しつつ宥めるスバル警部。
 いや、それはないだろう。とティアナ刑事がその様子を横目で見ていると、部隊長さんはキャンデーを手に持つと、途端に満面の笑顔を浮かべ始めた。

「んで? なにが聞きたいんや?」
「大人しくなった!?」

 どうにも皆、キャラが安定していない空間である。

「被害者が倒れていた場所は部隊長室からちょうど見下ろせる位置にあったんですが、事件があった時に何か気になった事があれば教えてくれませんか?」
「にゅー……そうは言ってもなぁ……私はずっと書類とにらめっこしとったしなぁ……」

 キャンディーを咥えながら、眉根を寄せる部隊長。
 と、そこで何かを思い出したかのように手を打つ。

「そうや、思い出したで!」
「え? なんですか! 犯人の顔を見たとか!?」

「いや、流石にそこまでの情報や無いけど、確か事件が起きた時間やったと思うんやけど、一瞬だけ外がピカッっと光ったような気がしてん」
「光った……?」
「せや。外は雨やったし、始めは雷かなんかかと思ったんやけど、今思い出せばあの光……ピンク色と言うか桜色というか……そんな色やったような……」
「桜色の……光?」

 謎が謎を呼ぶ八神はやての証言。しかしその意味を理解できるものは居なかった。
 結局その後も有力な証言が彼女の口から出てくることはなく、スバル警部達は最後の容疑者の下へと足を運んだ。


 ●


「高町なのは一等空尉。機動六課で教導官をしていて、被害者はちょうど彼女の訓練に向かう途中だったそうよ」
「私は犯人じゃないなの!」

 紹介されると同時に、ツインテールの魔法少女がスバル警部にすがり付いてきた。

「お、落ち着いてくださいなのはさん。別に貴方を疑っているわけじゃあありませんから」

 お約束のセリフを述べつつ宥めようとするが、なのはさんは止まらない。

「そんな、エリオが「いやー、流石に二十五歳で魔法少女はないですよねー」とか言ってるのを耳にして、
 ついカッっとなってディバインバスターをかましたうえに、
 レイジングハートでちょっとエリオのお腹をかきまわしたりしてないなの! ホントなの!」

「ええ、ええ。なのはさんがそんなことするわけないじゃないですかー」

 なのはさんに抱きしめられ、まんざらでもない表情で答えるスバル警部。デレデレである。

「えっと……それじゃあなのはさんは事件前にエリオの事は見ていないと?」
「いひゃひゃひゃひゃひゃ! い、いひゃいよてぃあー」

 ティアナ刑事に頬を抓られ涙目のスバル警部。ジェラしってるらしい。ティアナ刑事の渾名はツンデレだった。
 そんな彼女の問い掛けに、なのはさんはどこか宙を何も写していないかのような瞳で見詰めたまま、

「ウン、ダレモミテイナイなの」

 何処までも機械的に答えるなのは。嘘発見器に掛けたところで針が微動だにしないような冷静さだった。

「いつもは訓練に遅れたりするような子じゃないから心配していたなの。ホントなの!」
「ほらー、ティア。なのはさんもこう言ってるし、きっと何も見ていないんだよ」
「うーん、なんか納得いかないんだけどな――」

 ガシャコン、とカートリッジがロードされる音がなのはさんの手に持ったレイジングハートから響いた。

「少し、お話しようかなの」
「――と、思ったけど。別段気になる部分はなかったわ!」

 あっさりと掌を翻すティアナ刑事。彼女も人の子である、トラウマの一つや二つや三つぐらいある。


 ●


 三人の容疑者と面通ししたスバル警部とティアナ刑事は情報を整理する為に再び現場へと戻ってきていた。
 すでに遺体は運び出された後なのか、地面には白テープの人型が残っているだけである。

「うーん、誰が犯人なのか、まったく解らないなぁ……」

 腕を組み、頭を悩ませるスバル警部。

「皆怪しいといえば怪しいわよね。フェイトさんはエリオにただならぬ感情を抱いていたから動機は充分。はやて部隊長もアリバイがない以上犯行はできた……なのはさんは……なのはさんは……」

 そこまで言ったところで何を思い出したのか、膝を抱えてぶるぶると震え始めるティアナ刑事。
 なにか昔、よほどのことがあったのだろう。
 そんな八方塞の状況の中、スバル警部が腕を組んだまま、これ見よがしに叫ぶ。

「うーん、困った……こんな時、あの人が居てくれれば……」


「お困りのようですね!」


 その時だった! 天から響く可憐な声! 見るものを振り返らせるその美貌!

「あ、あれは!」
「もしや!?」

 スバル警部とティアナ刑事が同時に、天を振り仰ぐ。そこには白竜に跨る一人の少女の姿があった。
 竜の上に立ち上がった彼女はそのまま「とうっ!」と叫びつつ、一気にスバル警部達の目の前へと飛び降りてくる。

 そして、

「きゃうん!」

 転んだ。着地に失敗し、そのままずるべたーんと盛大に仰向けに倒れ伏す。

 そのまま力無くくず折れていく少女の四肢。
 すわ、第二の事件の発生かとお互い顔を見合わせたスバル警部とティアナ刑事だったが、その瞬間バネ仕掛けの人形のように少女が跳ね起きた。

 袴姿に大きめの帽子、肩から大きなマントを下げた大正時代から抜け出てきたような探偵ルック。
 そして、鮮烈な印象を残すピンク色の髪。

 そんなどこからみても普通ではない少女は、涙目のままポージングを取ると高らかに叫んだ。

「召喚探偵キャロ! ただいま参上致しました!」


 ●


「あ、あなたはまさか、あの有名なキャロ・ル・ルシエさんでは!?」

 突如空から舞い降りてきた少女に向かって期待に満ちた声音で叫ぶスバル警部。
 そんな羨望の眼差しを受けつつ、召喚探偵は「ふふん」と僅かに無い胸を逸らす。

「バレては仕方ありませんね! そう、私が召喚探偵キャロです!」

 バレるも何も、登場時思いっきり名乗って居たような気がするのだが、幸いな事にそのような無粋なツッコみをする者はこの場にはいなかった。
 代わりに、ティアナ刑事が、視線を下に向けなければ認識できないようなちっちゃい少女に怪訝な眼差しを向けている。

「スバル警部……あの、この少女はいったい?」
「え、彼女の事を知らないの、ティア!?」

 少し驚いた様子で答えるスバル。どうやら警察関係者の中でも、随分と扱いが違うようである。

「このキャロ・ル・ルシエさんは今まで数々の難事件を解決してきたすごい探偵さんなんだよ! この人に掛かればこの事件も一発で解決してくれるよ!」

 なぜスバルがそこまで召喚探偵の事を信用しているのかは些か不明だが、なにやら随分と彼女の腕を買っている様子だ。

「ええ、そのとおりです。この召喚探偵にお任せいただければ、たちどころにこの事件の犯人を召喚してみせましょう!」

 と、自信満々に答えた召喚探偵キャロは、ビシッとその場で身構え始めたかと思うと、その手に光るグローブから淡い光を放ち始めた。

「我が求めるは、罪を犯しし者、犯行におよびし者。言の葉に答えよ、事件の犯人――」

 召喚探偵キャロの呟きと共に、周囲に巨大な魔方陣が生まれる。
 その光景を目にしたスバル警部とティアナ刑事が声を張り上げる。

「ス、スバル警部。なんなのアレは!?」
「あれこそが召喚探偵キャロの名推理。彼女は事件に関係するものなら犯人でも証拠でも凶器でも、召喚することができるんだ!」

 完全に力技だった。推理する部分など欠片も存在していなかった。
 しかしまぁ、これはこれで凄まじい能力である。このまま犯人を召喚することができれば確かに事件解決だ。

「――罪人召喚!」

 と、召喚探偵キャロの呪文詠唱が終わる。その言葉に応えるように、魔法陣の中央部が歪み、そこから――特徴的なツインテールの頭が見えた。

「――と、思いましたが今のやっぱりナシで」

 次の瞬間、その光景を目撃したキャロが召喚推理を終了した。
 召喚されかかっていたツインテールの頭は、魔方陣の中にずぶずぶと沈みこんでいきながら「なのー、なのー」とエコーを残して送還されていく。

「え? あれ!? いまなんか見覚えのあるシルエットが――!?」
「くそぅ! 召喚探偵キャロの召喚が通じないなんて!」

 ティアナ刑事が慌てて抗議するが、スバル警部の叫びに邪魔される。

「ええ、私もこれほどの大物とは思っていませんでした。完全に制御不能です、あのまま召喚してたら皆無事ではすまなかったでしょう……」

 額に浮いた汗を拭いつつ、そんなことをのたまう召喚探偵。
 しかし、あながち的外れな意見じゃないように感じるのが恐ろしい。

「こうなっては仕方ありません。召喚探偵としての私の真の実力を見せるときが来たようですね!」
「召喚探偵キャロ!? では、ついにアレを……?」
「ええ、スバル警部さん。事件の容疑者を集めてください……」

 厳かにそう呟くと、召喚探偵キャロは誰もいない方向にビシっと指を付きつけ、決め台詞を叫ぶ。


「ヴォルテールの名にかけて、真実はいつも二つか三つぐらい!!」


 パクってる上に、不安しか煽らない決め台詞だった。


 ●


 事件現場には、今回の事件の関係者が全員集まっていた。
 容疑者三人に加え、スバル警部にティアナ刑事。そんな彼女に囲まれるようにして立つ召喚探偵キャロ。

「皆さんにお集まり頂いたのは他でもありません……、この事件の犯人が完全に解りました!」

 その言葉に容疑者三人は三者三様の眼差しを、召喚探偵へと送る。

 泣き腫らした顔を上げ、「キャロ、犯人がわかったの?」と希望の眼差しを送るフェイト。
 少々疑わしそうな眼差しで「ホンマにこのちっこいのが?」とあくまで猜疑的なはやて。
 その二人の後ろで「りりかるまじかるっ♪」と可愛らしいポーズを決める挙動不審ななのは。


「――エリオくんを殺害した犯人……それは八神部隊長! あなたです!」


「……はえ?」

 ズビシッ、とはやてを指差すキャロ。
 召喚探偵からの告発に、呆然とする彼女に視線が集まった。

「はやてが……エリオを?」
「な、なんて酷い……」
「なぜこんな事をしたんですか!?」

 非難の集中豪雨を喰らう部隊長。一瞬で涙目になった彼女は、怯えるように頭を抱え後ずさる。

「ひ、ひいん!? し、知らん。私はなんも知らんよ!?」

 必死な様子で訴えるはやて。その様子を見る限りでは、まるで無実の罪を着せられた哀れな子羊のように見えなくも無いが、
 えてして犯罪者とはそういうものだ。きっとそうなのだ。

「ふふふ、八神部隊長。これを見ても、まだ同じ事が言えますか。行きます! 重要証拠召喚!」

 召喚探偵の叫びと共に、魔法人が現れ、そこから重要証拠がゆっくりと姿を現す。本当に便利な能力である。
 そんな彼女の特殊技能によって現れたのは金色の杖だった。剣十字を模した装飾の施されたそれは――

「え? そ、それ私のシュベルトクロイツやん!? い、何時の間に!?」

 驚きの表情を浮かべるはやて。どうやら持ち主も知らぬ間に召喚できるらしい。
 シャマル先生もびっくりのチート能力である。

「シュベルトクロイツ? いいえ、違います。これをよく見てください!」

 そう言って、シュベルトクロイツを掲げる召喚探偵キャロ。
 その中腹辺りだろうか、黒の極太マジックによって文字が連なっていた。

 曰く『れいちんぐぱーと』と。

「……………はえ?」
「ま、まさかそれは、『レイジングハートのようなもの』!?」

 ワケが解らず呆けた声をあげるはやての代わりに、スバル警部が驚愕の叫びを上げる。

「そうです。これこそがエリオくんを殺害した凶器! 『レイジングハートのようなものです』!」
「レイジングハートのようなものってそういう意味なの!?」

 常識人ティアナ刑事のツッコみが儀礼的に入るが、儀礼的なので誰もティアナ刑事には注目しなかった。
 召喚探偵キャロの名推理は続く。

「八神部隊長! あなたはこのレイジングハートのようなものを使ってエリオくんを殺害したんですね!」

 ビシリと手に持ったシュベルトクロイツ改めれいちんぐぱーとを突きつけるキャロ。
 突きつけられたほうの部隊長はやはり涙目のままである。

「そんなこと言うたかて、私や無いモン! せ、せや、私が犯人やっつーんなら。どうやってエリオを殺したって言うんや! それに動機。私にはエリオを殺す動機なんてないで!?」
「え? 殺害方法と動機ですか? それは、えっと……その、ホラ、アレですよアレ。こう、ガンッっとやってズブシャー、みたいな?」
「ふわっふわやん!?」

 召喚できない未形の証拠には弱い召喚探偵だった。

「動機については……えっと、そう! 実は……かくかくしかじか……」
「な、なんだってー!? ま、まさか八神部隊長がエリオを殺したのにそんな理由があっただなんて」
「はやて……せめて、私に相談してくれればよかったのに……」

 遂には創作上使っちゃいけない手法で周囲を納得させ始めた召喚探偵。
 本当に力技が好きな探偵である。

「気持ちは解りますが、人を殺すのはいけません……残りの話は署で聞きましょう。丁重に、お連れしてください!」
「ま、まてぇー!? 私は納得せえへんで! これは濡れ衣やー! てーか、私より明らかに怪しいのが一人おるやないかー!」

 警官に両脇を固められ、捕まった宇宙人のようにずるずると引きずられていく部隊長。不憫である。
 そんな叫びを耳にしつつ、召喚探偵は沈む夕日を見詰め、黄昏ていた。

「犯人は捕まり、事件は解決しました……けれど死んだ人はもう戻ってこない。いつもこの瞬間は悲しいですね」
「召喚探偵キャロ……」

 悲しげな瞳で夕日を見詰めるキャロ。

「けれど私は諦めません! いつの日かこの世界から悲しみが無くなるその日まで、なぜなら私は――」



 そう、彼女こそ召喚探偵キャロだからである!!


 ●


「うわああっっ!?」

 布団から、転げ落ちるようにエリオ・モンディルは目覚めた。
 激しい心臓の鼓動の音が、彼を更なる目覚めの混乱へと誘う。
 だが、しばらくしてようやく呼吸の落ち着いた彼はいったん周囲を見回して、大きく息を一つ吐いた。

「ふぅ……夢か……」


 夢オチだった。


「あ、ははは、そ、そうだよね。なんかみんな性格と言うかなんかおかしかったし、僕死んじゃってたしね!」

 そう声高に叫ぶエリオ。
 しかし、そのあまりにもリアルな夢の名残が彼の額に嫌な汗を浮かばせていた。

「う、うん……寝よう。明日も早いしね」

 自分を納得させようと呟きながら、再び布団にもぐりこむエリオ。


 彼はまだ気づいていなかった。
 自分の背後からレイジングハートのようなモノを構えた謎の人影が近づいてきていることを。


「な・のー」
「ぎゃあああああああああああああああああああっっ!?」


 夜の帳を裂く悲鳴が木霊する。
 事件は終わらない。悲劇は止まらない。


 しかし――


「ヴォルテールの名にかけて、真実はいつも二つか三つぐらい!!」


 彼女が、召喚探偵キャロが居る限り。いつかこの世界から悲しみが無くなる日は訪れるだろう……




目次へ

↓感想等があればぜひこちらへ




Back home


TOPページはこちら





inserted by FC2 system