魔法少女リリカルてぃあなX’s 第1話(上) 【それは不思議な出会いかな】







 それは一機のデバイスと、一人の魔導師が紡いだ、夢と希望の魔法






 空から流星が落ちてくる。



 夜の帳の落ちた空。その漆黒のキャンバスに天から地上へと一筋の光の線が描かれた。
 美しく輝く橙色の強い光を放ち、遥かな大空を落ちていく星の屑。
 それを見上げた誰かは、あの星に願いをかけるのだろうか?


 それは、夜の空を舞台に起きたほんの微かな奇跡であった。


 だが、次の瞬間。おかしな事が起こった。
 天から地上へとまっすぐ駆けていた光が、唐突に再び空へ向かって駆け上り始めたのだ。

 いや、それだけではない。
 凄まじい速さで移動するその光は、続けてカーブと言うには鋭角的な軌跡を描き始める。
 物理法則さえ完全に無視した動きで縦横無尽に動き回る光の線が幾何学的な模様を夜空に刻んでいく。
 
 当然のことながら、流れ星はそんな風に動きはしない。
 では、あれはいったいなんだと言うのだ?

 ヘリコプターや航空機があのような不規則な動きをするわけが無い。
 鳥や蝶が自ら発光するわけが無い。
 UFOという単語が一番似つかわしくはあるが、そんな非科学的な。

 ではいったい、あれは何だと言うのか?
 魔法使いが空を飛んでいるとでも言うのか?


 それこそまさかだ、、、、、、、、


 魔法なんてものがこの世界にあるわけがない。
 今時子供だってそんなものは信じちゃいない。


 この世界に、魔法は存在しない。


 それは、至極当然で当たり前の事なのだ。
 では一体、あの光は何なのだろう。

 その正体を知る前に、更におかしな事が起き始めた。

 空を疾る光の数が増えたのだ。

 先程から輝いていた橙色の光が一つ。それを追う様に更に三つの光が夜空に光の軌跡を描き始めた。
 桜色、黄金色、白色に輝く光はそれぞれ意思を持っているかのようにてんでバラバラな動きで空を走っている。

 いや、正確に言うのならばその動きにはある法則が見られる。

 よくよくその動きを見れば理解することができただろう。
 すなわち、それらは先行する橙色を追いかける動きだ。

 それぞれが獲物を追いかける猟犬のように。追いたて、先回りし、進路を狭めようとしている。
 なるほど、そういう観点から見れば後述の光はまだ規則的かつ効率的な動きをしていると言えるだろう。

 だが、先行する橙の輝きについては本当にデタラメだ。
 それこそまさに黒い画用紙に子供が好き勝手に落書きでもしているかのよう、何の意味も形もなさない絵が描かれていく。

 後を追う三つの光は必死でそれに喰らい付こうとしているようだが、そのトリッキーな動きにただただ翻弄され続けている。離されはしないものの追いつくこともできていない。
 だが、そんな光の乱舞にも限界が訪れたのか新たな変化が起きた。

 再び新たな光が生まれる。
 それも尾を引く流星のような光ではなく、力強い極光だ。
 夜空を断ち割るかのように、桜色の閃光が横一文字に引かれた。

 複雑な軌跡を描く流星とは違い、その動きは直線的だがひたすらに速い。
 まるで砲撃、、かなにかのように、一直線に橙色に光に向けて連続して放たれていく。

 それが契機となったのだろうか、合わせるように黄金色、そして白色の閃光もそれぞれの色持つ流星から放たれ始めた。
 狙いはどれも先行する橙だ。

 三方向から放たれる光の閃光に対し、橙はその凄まじい機動性を持って回避にあたるが、徐々にそれも苦しくなってくる。
 元々時間の問題だったのだろう、やがて――橙に一筋の桜色の砲撃が直撃した。

 がくり、と橙の軌道が落ちる、、、
 自らの意思ではなく、まるで重力の楔に囚われたかのように。

 再度、それが天に向けて跳ね上がることは無い。
 今度こそ、それはただしく流星のように空から大地へと向けて落下していく。

 そして次の瞬間、橙色の光が消えた。
 まるで幻か何かのように、落下の途中でその輝きを完全に消し去ったのだ。



 夜空には動きを止めた三つの光が、夜空に瞬く星のように輝いていた。



 



 そこは夜の公園だった。

 ジョギング用の遊歩道や、木々が多く植えられている森林公園だ。
 自然を多く残したこの公園。日中は通りを歩く人も少なくは無いが、この時間帯だとさすがに無人になる。


 その片隅で、大地が抉れていた。


 どれほどの衝撃が起きたのだろう、土の地面が大きく半球状に抉れ、砂埃が舞っている。
 まるでたった今、隕石か何かが落ちた後のような有様だ。

 だが、不思議な事に何かが衝突したような音や、大地を揺らす振動は感じられない。
 これほどの大穴をあけるような一撃ならば、少なくとも近隣の住人が騒ぎ出す程度の破砕音が聞こえてもおかしくはない――いや、聞こえなければならないはずだ。

 しかし、夜の森林公園にはただいつもと変わらぬ静寂が漂っている。

 加えて、不思議なことがもう一つ。

 大地を穿つクレーターの中には何も無かった。そこはあくまで綺麗な半球状をしている。
 隕石、というのは些か突飛な想像かもしれないが、そうでなくとも、この大穴を空けたなにかしらの証拠が残っていてもいい筈なのだが、そこには何も無い。もぬけの殻という奴だ。

 だが、その次の瞬間だった。

 クレーターの中央付近の何か、、が砕けたガラスのように剥がれおちた。
 剥がれ落ちたのがなんなのか、正確に説明することができない。それでもあえて述べるならば、空気が剥がれ落ちたとでも言うべきか――そう、なにもない空間そのものが、突然砕けだのだ。

 砕けた透明の破片は、そのまま微細な粒子の光と化して、宙に溶け込むように消えていく。
 それら一連の事象を言葉で説明するのは簡単だ。

 つまりは、不可思議な光景であると、それだけで事足りる。むしろそれ以上のことが言えそうにもない。
 そうして、剥がれ落ちた空間の向こう側に、それは居た。

《直前で結界が間に合ったのは僥倖だったな……》

 それは、年若い一人の少年だった。
 茶色がかった色の髪にブルーの瞳、一目見ただけで彼が異邦の人間であることが解る。加えて純白の布を何重にも重ねたローブのようなものを身に纏う姿は旧教の司祭か何かを思わせるような出で立ちだ。少なくとも現代社会で日常的に着るようなものではない。

 纏った衣装を煩わしげに振り払いながら、少年は膝立ちの姿勢から立ち上がろうとする――だが、その膝がまるで糸の切れた操り人形のように崩れた。
 再びその場に膝をつく少年。しかしその表情は至極冷静で身体の不調を微塵も感じさせることは無い。

 ただ、納得したように彼は小さく呟く。

《損傷率八十七パーセント。高次元回路生成不可、次元跳躍もさっきので打ち止め……魔力も底を尽いたか》

 ぐらり、と少年の上半身が揺れた。そのまま彼はクレーターの中心に音も無く静かに倒れ付す。
 その表情からはやはり理解しがたいが、どうやら彼は今現在一人で動くこともままならない状態に陥っているようだ。

《自立行動もままならんか……大ピンチだな》

 と、そこで初めて少年が表情らしい表情を浮かべた。
 笑ったのだ。危機だと自ら言いながら、彼は心の底から楽しそうに、愉快そうに。

《しょうがない、なるようにしかならんか。それにしても、どこだここは?》

 彼が上空から見た限りにおいては人工の明かりの多さからそれなりの文化を築いている地域であることは解る。
 なんとか落下軌道を修正して人気の無い森林公園へと不時着することはできたが、ほんの五分も歩けば整備された区画へと出ることも可能だろう。ただ、憶測ではあるが高水準な文化レベルに反して魔導にはあまり縁のない世界のようだ。魔力反応が殆ど感じられない。魔導師と呼ばれる類の者が居ない証左だろう。
 ただ魔力そのものがないと言うわけではないらしい。機能を最小限に抑えておけば魔力もある程度は自然回復する事が可能な筈だ。

《なんだ……これは?》

 そんな風に思案に耽っていた彼は、そこで異常な事態に気づく。先程上空から見た地形データと内部メモリーに保存されている情報を照らし合わせた結果該当する地域を見つけ出したのだ。



 そこは第97管理外世界――現地惑星名称『地球』――海鳴市――――――に、ひどくよく似た遠い場所。
 交差する幻影世界の遥か向こう側だった。



 ●



 ――夢を見た。


 随分と荒唐無稽で、夢見がちな夢だった。
 その世界で、私は魔法使いだった。

 そこでは魔法が使えることは当たり前で、私もまた魔導師の一人として日々を過ごしていた。
 訓練校に通い、友人らしき者と出会い、なにやら実験部隊に所属し、訓練やら挫折やらを味わいつつ、凶悪な事件に立ち向かっていく――凡人、と言うのが私の役どころらしい。

 なんというか、ひどく私らしい夢である。

 魔法なんていうファンタジー色の強い世界観だと言うのに、えらく現実的な部分が見え隠れするのもどうかと思うし、凡人というあまりにもあんまりにフレーズが今の私にえらくぴったりなのがまた物悲しい。
 とはいえステッキ振り回す魔法少女モノのヒロインなんていう夢を見たら見たで、その後あまりの恥ずかしさに三日は立ち直れなくなりそうだから、現実的でも私らしいという点ではまだマシなのかもしれない。

 まぁ、どちらにしろ夢なのだが。

 それにしても、私にこんな夢を見る余裕というべきか、余白があるとは驚きだ。
 別に自慢ではないが、小さい頃から魔法だとかファンタジーだとか、あとついでに恋愛だとか、あまりそう言った代物とは関わりの無い生活を送ってきている。私は娯楽と言うものにとことん縁がないのだ。

 両親と早くに死別したという理由もあるのだろうが、幼少の頃の私はどうにも遊びに使う余裕があるのならば、一刻も早く一人前になりたいと思う、ある意味イヤな子供だったのだ――まぁ、今も似たようなものかも知れないが。
 ある人からの影響で、検事になるという夢を持っていた私はその頃から、暇さえあれば勉強しているような子供だったのだけれども、残念ながら魔法とやらに興味を持ったことは無い。一度も無い。まったく無い。

 だからまぁ、やけにリアリティの感じる設定ではあったが、こんな荒唐無稽な夢を見るとは露ほども思ってなかったわけで。
 ああ、そういえば今更ながらに思い出したけど“向こう”と“こちら”で大きく違う点が一つ――


「ティアー、朝だよー。おはようのちゅぅー」


 ●


 その言葉でティアナ・ランスターは目を覚ました。

 もはや日課となりつつあるこのやり取りに、意識よりも前に身体が勝手に反応する。
 すなわち、コンパクトに折りたたんだショートアッパーで目の前に迫る顎を的確に打ち上げるのだ。

「うげふっ!?」

 もはや匠の技になりつつある、ティアナの防衛行動に潰れた悲鳴が上がる。
 ここでようやくティアナは寝惚け眼をこすりつつ、ベッドから身を起こした。
 周囲を確認するかのように右を見て、左を見る……と、ベッドの傍らで顎を押さえ身悶えしている青年の姿を見かけ、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「お兄ちゃん……なんで死んでないの?」
「愛くるしい妹からすっげぇ暴言吐かれた!?」

 顎の痛みも忘れ、心の底からショックを受けたかのような表情で叫ぶ青年。
 そんな彼の姿を上から下まで眺めた後、ティアナはようやく意識を覚醒させた。
 ああ、と得心いったかのように一つ頷く。

「なんだ、夢か……」
「なんで頼りがいのある兄貴が死んでる夢を見てるのティア!? 無意識下の願望!?」
「いやぁ、さすがにあれが願望って事は無いと思うけど……って言うか人の部屋に勝手に入るなって言わなかったっけ、兄さん?」

 改めて、傍らにいる兄にジト目を向けて尋ねる。
 ティーダ・ランスター。両親と早くに死別したティアナにとっては唯一の肉親である。

 柔和な顔立ちに、先程まで調理でもしていたのか花柄のエプロンを着ているその姿から想像しにくいが、彼は現職の刑事である。今までも様々な難事件を解決しており、その若さにして随分と重宝されているとかどうとか。
 実際のところ、ティアナにとってもティーダは憧れで自慢の兄である。彼女が検事を志しているのは兄の影響によるものだし、彼のおかげで学校に通えている恩もある。

 ただ、唯一の欠点を述べるのなら極度のシスコンということだろう。妹を溺愛しておりたまにこうして寝込みを襲いにくる――今のところ最大の被害はほっぺにチューぐらいだが、年頃のティアナとしては正直なところ勘弁していただきたいところである。
 まぁ、そういう彼女も第三者的に見るならばブラコンではあるのだが――

 閑話休題。

「いやぁ、朝ごはんができたからティアを起こしに来たんだけど、あまりにも寝顔が可愛くて――」
「可愛くて?」

 笑顔のまま尋ねるティア。ティーダは明らかに視線を逸らしつつ、額には汗を浮かべている。

「え……いや、なにもしてないよ? うん?」
「兄さん? そのデジカメは何?」
「え? うそ!? さっきポケットに入れたのに!?」
「へぇ、そう。ポケットにあるんだ」

 咄嗟にエプロンのポケットに視線を走らせるティーダ。それをみて、ティアナはすばやい動きでそこに手を突っ込みえらく高解像度のデジカメを取り出す。

「あっ、あーっ! み、見ちゃダメー! 俺の恥ずかしいところ見ちゃダメー!!」

 取り返そうと足掻くティーダにティアナは得意のボディブローをお見舞いし、黙らせる。苦悶の響きをあげて膝から崩れ落ちるティーダ。先程言ったような気もするが現職の刑事である。
 それはとりあえずスルーして、ティアナはデジカメの中身を閲覧する。かなりの要領を誇るメモリーカードの中身は既に満杯だった。

 はじめに出てきた画像には、ティアナの寝顔が写されていた。
 次も、その次も、次の次も。様々な角度から、しかもティアナの寝顔だけに留まらずだらしの無い寝姿まで撮られている。大の字のまま乱れたパジャマからお腹を覗かせるティアナ。抱き枕のように布団を抱きしめ幸せそうな笑みを浮かべるティアナ。なぜか頭を抱えガタガタと震えるティアナ。

 最後のがいまいちよく解らないが、どれもこれもピンボケ一つなく綺麗に撮れている。
 だから、ティアナは笑顔のままティーダの方に振り向いた。

「綺麗に取れてるわね、兄さん」
「え? そ、そうかなぁ、や、やっぱりモデルがいいからかな?」

 お腹を押さえたまま、つられるように乾いた笑みを浮かべるティーダ。
 そんな彼に見せ付けるようにティアナは笑顔のまま、すばやい動きでデジカメからメモリーカードを抜き取り、へし折る。

「ぎゃ、ぎゃー! お、俺の天使の寝顔セレクションVOL.5097が!? まだバックアップ取ってないのに!?」
「後で兄さんのパソコン調べるから、仕事の資料はプリントアウトしておいてね?」
「更に倍率ドン!?」

 絶望的な表情で泣き叫ぶティーダに、ティアナは死刑宣告にも似た言葉を投げかける。
 もはや精も根も尽き果てたとばかりに、その場でがくりと項垂れるティーダ。
 そんな彼を無視して、ティアナは起き抜けの身体をほぐすようにしてうーんと伸びをすると閉め切ったカーテンを開く。

 今日もいい天気だった。

「さてと……ほら兄さん、着替えるんだからさっさと出てってよ」

 とりあえず、泣き崩れる兄に向かって出て行けと告げるティアナ。しかし彼はへし折れたメモリーカードを大切な人の亡骸か何かのように涙目で握り締めることに忙しい様子である。
 まったくこれがなければホントに非の打ち所のない兄だと思うんだが。

「ところで兄さん、言い忘れてたけど――」
「……なに?」

 半べそのままこちらを振り仰ぐ尊敬すべき長兄。本当にそうだろうか、とティアナの中で疑念が生まれる。
 けれどまぁ、それは脇に置いておいて、

「おはよう、今日もいい天気ね」

 やっぱり、朝の挨拶は大事だろうと、思ったりもする。
 そんなティアナの挨拶に、ティーダはみるみるうちに上機嫌になり。

「おはようティア! じゃあおはようのちゅー!」

 飛び込んできたところに、ティアナの突き蹴り――ヤクザキックが見事に突き刺さり、ティーダはあっさりと部屋の外へ吹き飛んでいった。
 廊下に対象が飛んでいったことを確認すると、ティアナは自然な動作で扉を閉め、硬く鍵を閉める。本気のティーダの前では時間稼ぎにしかならないが、まぁないよりはマシだろう。
 そんな事を考えながら、ティアナはようやく落ち着いた朝を向かえ、身体をほぐすように伸びをする。

「さてと……それじゃあそろそろ準備しますか」


 そういって、振り返った先。衣装掛けにかけられた制服が一着。窓から差し込む朝日に照らされていた。


 遅くなったが紹介しよう。
 彼女の名前はティアナ・ランスター。
 私立聖祥大付属高校に通う、“普通”の高校一年生である。



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