魔法少女リリカルはやて テスタメント プロローグ



 それはとおいむかしのお話です。

 わたしたちのご先祖様は、えらい王さまの下でおわりのない戦いをずっと続けていました。
 戦争という名前のまいにち。たくさんの王さまがしのぎを削り、たたかい続ける日々がそこにはありました。

 たくさんのかなしい別れがありました。たくさんのさびしい思いがうまれました。
 けど、ご先祖様達は王さまの為に、勇敢に戦いつづけました。

 だけど、そんな毎日はえらい王さまが死んでしまったことで突然おわりをむかえます。
 残されたご先祖様たちは、まるで追いたてられるようにふるさとを捨て、新しい安住の地を目指して旅立ちました。

 そうして辿りついたのは、雪と氷に覆われたまっしろな大地。
 そこはとても冷たくて、さびしい世界でした。

 だから、ご先祖様達はその星に一本の大きな木を植える事にしました。
 その名は『ユグドラシル』

 たくさんの人達の希望を受けて、すくすくと育ったユグドラシルはその温かな輝きで、まっしろなこの世界をほんの少しだけ照らしてくれました。
 そうして、ご先祖様達はこの地を『ニブルヘイム』と名付け、末永く暮らして行くことにしました。
 
 ですがある日、悪い魔法つかいの手によってユグドラシルから温かな輝きが消えようとしました。
 世界は再び、雪と氷に覆われ、この星に住む私達は寒さに凍えることしかできません。
 
しかしその時でした。
 空から黒き羽を持った救世主さまが遣わされたのです。
 
幼き少女の御姿をした救世主さまはニブルヘイムの夜空を駆け、悪い魔法つかいを打ち倒しました。
 そうして、ユグドラシルは再び温かな輝きを取り戻し、世界は平和になりました。


『ユグドラシル神話 新暦67年改訂版より抜粋』


 ●






 †新暦78年12月24日午後9時52分40秒†


 どこまでも続く純白の雪に覆われた大地から、それはまるで花のように突き立っていた。

 足跡一つ無い穢れなき雪原に突き立つそれは、五指を天へと向けた繊手だ。
 まるで空に浮かぶ何かを掴むかのように伸ばされた指先は、しかし凍りついてしまったかのように微動だにしない。

 伸ばされた右手はただそこに、花のように――もしくは墓標のように雪原に突き立っている。
 大地から伸びる手の根元。そこには降り積もった雪に覆われかけている一人の少女がいた。
 その身を半ば以上、雪に埋もれさせ天を仰ぐように倒れ付す少女。

 瞼は辛うじて開かれているが、そこから除く瞳に意思の光はない。
 まるで曇ったガラス玉のように、それは呆然とただ空を見上げているだけだ。
 そこに映るのは空から深々と降り注ぐ淡雪の白と、空を覆う夜の黒。そして――。

【――――!!】

 音が、響いた。
 空に、大地に、世界に響き渡る神々しき咆哮。

 それは深い悲しみと、強い怒りに彩られた泣き声だった。
 同時に、少女の瞳にソレは映った。

 竜、だ。

 黒の空を駆ける、巨大な飛竜。
 眩い白に輝くその身をくねらせ、竜は少女の視界を割り何処かへと飛び去っていく。

 その瞬間だった。今まで微動だにしなかった少女の伸ばされた右手、その五指が震えた。
 まるで何かに手を差し伸べるように。まるで何かを掴みとるかのように。

 だが、緩く握られた指先は当然の事ながら何も握ることは無い。
 どこかに、届くことは無いのだ。

 そうして、竜は少女の視界から飛び去って言った。
 まるで彼女の手からすり抜けていくかのように。

 後にはただ、空に響く竜の咆哮が轟くだけだ。
 同時に、天に向けて伸ばされた少女の手が開かれた瞼を覆い隠すように落ち、その視界が今度こそ漆黒の闇の中へと落ちる。
 先程の奮えが最後の足掻きだったのだろう。もはやその指先から力は失せ、右手もまた降り積もった雪原に埋もれていった。

 深々と雪が降り注ぐ。
 もはや動くことの無い少女に降り注ぐ淡雪は、その身をゆっくりと覆いつくそうとしている。
 まるで、すべてを白一色に染め上げるかのように。

「奇跡なんて、おきへんやん」

 そんな音が、少女の唇から漏れた。
 言葉ではなく。それはもはや意思も想いもない、ただ惰性を持って紡がれる、ただの空気の振動としての音だった。

「いくら待ったって、奇跡なんて起きる筈、ないやん」

 そこに居たのは夜天の主の称号を剥奪された、ただの少女だった。

 騎士甲冑を破壊され。
 剣十字は折れ。
 魔力は枯渇し。
 夜天の魔導書を失い。
 守護騎士たちは消え。
 瞳に意思の光は宿らず。
 その心を粉々に砕かれた――ただの少女。

 そんな彼女が再び立ち上がれるわけがない。
 可能性があるとするのならば、それこそ奇跡と呼ばれる現象が起きた時だけだろう。

 奇跡。そう奇跡、だ。
 けれど、奇跡は起きない。
 少女の言葉通り、そんなものが起きる筈がない。

 奇跡とは、ありとあらゆる偶然が積み重なることによって起きる必然なのだ。
 けれど足りない。
 足りない。まったく持って足りない。
 雪と氷と漆黒の夜空だけのこの世界で、奇跡を起こすにはあまりにも足り無さ過ぎる。

 この世界に不屈の心は存在しない。
 この世界に雷光の刃は存在しない。

 ならば奇跡は起きない。

 どれほど請い願ったところで、奇跡は起こらない。
 だから、少女は起きる筈のない奇跡を待つ事無く、静かに開かれたままの瞼を落とした。



 彼女の瞳に映るのは、もはや漆黒の闇だけだった。

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 魔法少女リリカルはやて
 -TESTAMENT-

 

Stille Nacht, heilige Nacht,(静かな夜、聖なる夜)
Alles schl?ft, einsam wacht (全てが静かで、全てが輝いている)
Nur das traute, hochheilige Paar, (あの聖母と御子の回りを取り巻こう)
Holder Knabe im lockigen Haar(聖なる幼な子は優しく穏やかに)
Schlafe in himmlischer Ruh (天国のように安らかに眠っている)
Schlafe in himmlischer Ruh (天国のように安らかに眠っている)





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