魔法少女リリカルはやて テスタメント 1-4


「ったく! なんなんだよアイツはッッ!!」

 怒りに満ちた叫びと共に、力任せに放り投げられたクッションはよほど柔軟性に富んでいるのか、壁にぶつかった所で跳ね返る事も無く、無音のまま床に落ちて行った。

 一人平然と楽しそうにはやてに向けてこの十年の間に起きた事を矢継ぎ早に尋ねるヘルと、それに迷惑そうな表情を浮かべながらも律儀に応えるはやて。
 そして無言のまま怒りの感情を纏わせたまま淡々と食事を口に運ぶ守護騎士達――というあまりにもギスギスした空気の漂う異質の食事会より暫らく。
 守護騎士一同はヘルの館にある大きな一室に集っていた。

 当然のように豪華な天蓋付きのキングサイズのベッドが備わっているが、一基しか置いてない所を見ると、どうやらここはあくまで一人用の客室なのだろう。
 その広さは守護騎士達四人が銘々に過ごしていてもなお余裕があるどころか広く感じるくらいだ。

 ちなみにこの部屋ははやてに充てられた部屋であり、守護騎士達にも見劣りしない同様の個室がそれぞれ与えられている。
 だが、部屋の主たるはやてが戻らぬまま各々の自室に戻ろうとするものは一人としていなかった。

 そんななか、ソファーに腰を落としたまま床と平行に飛翔したクッションの軌跡を、投げ飛ばした当の本人であるヴィータは酷く忌々しげに見詰めていた。
 周囲にはシグナムを始めとした他の守護騎士達も揃っていたが、ヴィータのそんな無作法を咎める者はいない。
 大なり小なりこの場にいる者は皆似たような気持ちを抱いているのだから、それも当然の成り行きだろう。

 だがそれでも、と思ったのだろう。沈黙を続けるシグナムやザフィーラを困ったように見詰めた後、シャマルが諌めるように声を掛ける。

「ヴィータちゃん。ちょっと落ち着いたら? 気持ちは解らなくもないけど、何時までも怒ってたって仕方ないでしょ」
「別に怒ってねーよっ。そーいうんじゃなく、なんつーかアレは――」

 ――気持ち悪ぃんだよ、と小さく呟くヴィータ。

 それがヘルとか言うあの女の本性を垣間見たヴィータの嘘偽らざる感想だった。
 あれはまるで人の皮を被った異形の何かだ。騎士として幾千もの戦場を渡り歩いてきたからこそ解る。
 あれは――この世界に平然と存在していいものなんかじゃない、と。

 そんなヴィータの言葉に対し、シャマルは無言を返す事しかできなかった。
 なぜなら、シャマルとてヴィータとまったく同じ気持ちなのだから。

「同感だな。主はやての交友関係に私達が口出しするのは憚られるが……アレは良くないモノだ」

 壁に背を預け、先刻から何かを思案するように瞼を閉じていたシグナムがボソリと呟く。
 ザフィーラは沈黙を守ったままだったが、彼もまた次の瞬間に何が起きても対応できるように静かに身を伏せたままの姿勢を保っていた。

「ホントに……なんなんだ、アイツは……」

 心底気味悪そうに呟くヴィータ。
 重厚な部屋の扉が大きな音を立てて開いたのはその時だった。
 同時に、守護騎士達は僅かに身構えるように視線を一斉に扉へと向ける。
 だが、そこから現れたのは、

「おっ、皆もう集ってたんや。待たせてゴメンなー」
「は、はやてちゃん。大丈夫でしたか!?」

 何時もと変わらぬ様子で笑みを浮かべる敬愛する主の姿。その事実に守護騎士達からは皆等しく安堵の吐息が漏れる。
 そんな守護騎士達の様子に、はやては首を傾げながら一人だけ平然とした様子で部屋の中へと足を踏み入れ、

「ほえ? いや、大丈夫やけど……みんな、どないしたん?」
「いえ、御戻りが遅かったので少々気になっただけです」
「そうなん? 心配させてごめんな。けど、もう子供やないんやから、そんなに気ぃつかわんでも大丈夫やよ。今もちょっと今後の事についてヘルと話してきただけやし」

 からからと無邪気な笑みを見せるはやて。
 だが、ヘルと逢ってきたという事実こそ、守護騎士達が平然としていられない要因なのだ。

 一向に晴れる事の無い守護騎士達の表情。
 それらを代表するかのように、シグナムが真剣な眼差しではやての方へと一歩を踏み出した。

「主はやて。失礼を承知で申し上げますが、あの女――ヘル女王の協力を仰ぐ必要が本当にあるのでしょうか」

 疑問、というには些か強い調子で尋ねるシグナム。
 対し、はやては特に意外、と言った様子も見せる事無く、シグナム達の言葉に困ったように眉根を寄せた。

「突然どないしたん……って、あんな事があったんやから言うまでもないわな。正直私もあんまりシグナム達をヘルに逢わせとうなかったし……な」

 ヘルと守護騎士達が出逢えば、少なからずこうした衝突が起きる事ははやてにとって予想の範囲内だったのだろう。
 だからこそ、今の今まで彼女はヘルという人物に対して守護騎士達を含め、他の誰に対しても口を噤んでいたのだろう。

 何をどう取り繕った所で、彼女を良識のある人間と評す事はさすがに無理がある。
 はやては守護騎士達をそれぞれ見据え、

「みんなも同意見か?」
「……ああ、そうだぜはやて。何があったか知んねーけど、あんな奴の言いなりになる必要なんてねーよ。なんか言えねえ事情があるってんなら、そいつごとぶっ潰してやるからさ。だから……」

 こちらを見上げ、意を決したように呟くヴィータ。
 はやてはどこか満足げな表情を浮かべると、そんな彼女の頭を優しく撫であげた。

「ありがとな、ヴィータ。けどまぁ、あんなんやけど悪い人やない……って断言できへんのが困った所やけど、別に脅されたりしとるわけやないし、少なくとも信用に足る人物やと私は思ってるんやで」

 はやての言葉に嘘はない。
 ずっと共に過ごしてきた守護騎士だからこそ、複雑な思いを抱きながらもはやてがヘルの事を憎からず思っている事を理解する事ができた。

 十年前に彼女達の間で何があったかは解らないが、はやてが信用に足ると言う何かがあの時起きた事は間違いないのだろう。

「それやったら、あかんかな?」

 困ったように守護騎士達を見回し尋ねるはやて。けして強制するつもりなど無いが、その言葉に抗える者はこの場にはいなかった。

「はやてちゃんがそう言うなら……ね、みんな?」

 代表するように応え、皆に同意を求めるシャマル。他の守護騎士達も複雑な表情を浮かべていたものの、結果的に仕方ないといった様子で頷き返す。
 ただそれでも納得はいってないのか、ヴィータは一人不機嫌そうに呟く。

「でもさはやて。こう言っちゃなんだけど、あんまり友達にするのに向いているとは思えねーぜ。アイツ」
「あ、あはは……確かに、十年前に初めて逢うた時は私もケンカ腰やったしな。でも……ああ見えて、ええところもあるんやよ」

 特に否定することも無く、苦笑を浮かべるはやて。
 信用するに足る人物ではあるが、友情を結ぶには随分と難儀な性格だという事ははやて自身よく理解していた。

「ま、十年前の話は落ち着いたらまたゆっくり話そか。とりあえず、今は目の前の事件や」

 言って、表情を引き締めるはやて。見れば守護騎士達も皆、先程とは違った意味で真剣な表情を浮かべていた。
 照明が僅かに落とされ、部屋の中央に巨大なホログラムウインドウが展開する。
 そこに映し出されたのは、はやて達のいるこの場所――ニブルヘイムの首都エリューズニールの全体図だ。

 そして地図のあちこちには幾つかの×印が記されてある。
 市街地の内部や都市部から離れた何も無い場所にも点々とそれらが表示されている。

「ヘルからの情報によると、ここ最近は主に警邏中の騎士団の人間が襲われてるらしい、被害者はだいたい二人一組、多くても分隊規模で人気の無い場所に移動したタイミングで襲撃されとる」

 ウインドウの中では被害のあった場所だろうか、次々と現場の写真が映し出される。
 そのどれもが裏路地や建物の死角、もしくは周囲になにも存在しない雪原など人気のない場所ばかりだ。
 ヘルから提供されたそれら事件資料を読み上げていたはやては、できる限り平坦な口調で言葉を続けた。

「んで、被害者は例外なくリンカーコアから魔力を奪われとる……と」

 資料はこの事件の被害状況へと移り変わる。
 主に被害にあっているのは騎士団に所属する魔導師や騎士が大半だが、中には民間人や周辺に生息する魔力を有した保護指定動物なども襲われている。
 幸いにして死者は一人もいないようだが、それでも重傷者、重篤者の数は増え続ける一方のようだ。

 近隣の次元世界においても同様の事件が何度か起きているという情報も付け加えられていたが、発生規模から見てこの事件の犯人がここ――ニブルヘイムを拠点としているのは間違いない。

「私達の目的は、今後起きるであろう事件の阻止。そして犯人の拿捕や。可能ならこの世界の騎士団が介入してくる前にケリをつけたい。その為にも、できる限り犯人の行動を予測して動かなあかん」

 改めてはやては守護騎士達をまっすぐ見据えた。
 一人の管理局員として、この事件を解決したいという思いがないわけではない。

 だが、それだけではない。
 自分がこれからやろうとしている事は酷く個人的な感情に基づくものである事をはやては自覚していた。
 それでも、

「私達なら騎士団よりも遥かに次の行動を予測できる。なにせ、この犯人達がやっとるんは偶然にせよ必然にせよ――」
「かつて、我々が起した事件の焼き直し、だからですね」

 それは守護騎士達にとって。
 そして誰よりもはやてにとって、それはあまり触れられたくない過去だろう。
 しかし、だからこそ彼女達はこの事件の真実にもっとも近い場所に居る。

「みんなにとっては、あんま思い出したくないことかもしれへんけど……協力して、くれるか?」
「なに言ってんだはやて。私達がはやての為に力を貸さねーわけがないだろ」
「そうですよ。私達の知識が役に立つなら、喜んで協力しますよ、はやてちゃん」

 何を今更、と言外に告げるヴィータ達。その言葉を皮切りに、彼女達は表示されたエリューズニールの地図を見詰め、真剣な眼差しで言葉を交わし始める。

「おそらく魔力蒐集が目的なら近隣の異世界でも同様の事件が起こってる筈……発生地点と時間差を考慮すればある程度は出現予測を絞り込めると思うけど……」
「襲撃箇所がどこも人気のない場所ってこたぁここらへんの地理に詳しい奴等の仕業だろーよ。近くに絶対アジトがある筈だ。そっちから絞り込むってーのもアリじゃねーか」

 それはかつて犯した罪を正面から見詰めなおすようなものだ。だが守護騎士達は誰一人としてそれに臆す事は無かった。
 自らにできる事を定め、彼女達は行動を開始する。

 そんな守護騎士達を見て、はやては小さな呟きを漏らした。

「みんな、ありがとーな」







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