魔法少女リリカルなのはSS その風に、胸いっぱいの祝福を

 それは、ある朝の食卓での出来事だった。
「なー、シグナム。それとってー」
「それじゃわからん。ちゃんと何をとって欲しいか言え」
「ほら、ヴィータちゃん、お箸で人を指さないの。お行儀が悪いでしょう」
「…………」
 八神家の朝は騒がしい。最近は管理局への従事活動が増え、昼間どころか夜も八神家のすべての人間が揃うことは珍しいのだが、そんな中で唯一変わらないのが八神家の朝の団欒である。
 だが、今朝の様子は今ひとつ違う。
 八神家の中心人物である。八神はやてその人だ。
 いつもなら繰り広げられる変わらぬ朝の団欒に笑みを零し、話題の中心となるべき人物なのだが、本日浮かべている表情は笑顔ではなく、どこか思案に耽っているといった風情。
 そんな表情にあわせて口数も少なくなっていたのだろう。守護騎士達もそんな主の様子に次第に眉根を寄せ始める。
 そして流れる沈黙。そこに至ってようやく八神はやては守護騎士たちの視線がすべて自分に注がれていることに気づいた。
「な、なんやのん? みんなして人の顔じーっと見て。な、なんか私の顔についとるん?」
 あたふたと顔をまさぐり始めるはやて。その様子を見かねてシグナムが箸を置きながら口を開く。
「失礼ながら主はやて、体調が優れぬのではないですか? 学業に加え管理局の仕事。いくら足が完治しかけてるとはいえ、いささか重労働に過ぎると前々から思ってはいたのですが……」
 闇の書事件から数年、短い距離ならば人の手を借りずとも歩けるようになったはやてだが、それでも常人のそれとはまだ比べようもない。
 だというのに彼女は今現在、学校生活だけではなく時空管理局での仕事という二重生活を送っているのだ。高町なのはやフェイト・テスタロッサと同じとはいえ、その基礎体力にはどうしようもない差があるのだ。
 そして、はやてにその二重生活を送らせる原因の一端はどうしても『闇の書事件』――八神はやてを助けるという名分はあったものの主の許しなく犯罪行為に走ったヴォルケンリッター達にあるとシグナム達は考えている。
 本来ならば八神はやては単なる被害者でしかないのだ。闇の書がただ無作為に選んだというだけで死に至る呪いを受けた被害者。
 それゆえに本当ならば彼女には管理局への奉仕活動を行う義務など存在しない。
 だというのに、彼女は自ら闇の書――夜天の書の主であることを明確にし、闇の書事件は自分の管理責任の低さが招いたものだと管理局に上申した。
 結果、こうして守護騎士たちと八神はやては再び同じ食卓に毎日つくことができる日々を送ることができている。
 もし、八神はやての上申がなければ人ではないただの管理システムであるヴォルケンリッター達は闇の書事件の責をすべて負い最悪、危険『物』として永久封印されていたかもしれないのだ。
 それを思えば、八神はやての選択は確かにベストだったのかもしれない。
 それでもいまだに消えぬ後悔が守護騎士たちを責め苛む傷跡として残っていたのであった。
「は、はやてぇ。キツイんならキツイって言ってくれよ……私たちはやての分も仕事頑張るからさ!」
「そうです、はやてちゃん。とりあえず気分が優れないんなら今日はとりあえず休んで――」
「ちょ、ちょっと待ちぃな。私大変やなんて思ってないって、学校の方でもすずかちゃんたちがフォローしてくれてるし、管理局の方でもいまのところ座学が中心なんやから」
 心配そうに擦り寄ってくるヴィータたちに困った表情を浮かべながら弁解するはやて。
 確かにその表情に疲れの色は見えない。どちらかというと最近の生活が充実しているからか血色が良いぐらいである。
 そんな主の様子に一同は安堵したのか、浮かせた腰を椅子へと戻し。それぞれ落ち着きを入れる為にお茶をすする。
「あーけどまぁ、ちぃと悩み事というか、考え事というか……」
 そんななかポツリと響く声。どうやらこの小さな主は今単純に何事か考え込んでいるだけなのだろう。
「そうですか、ならばよろしいのですが……悩み事、ですか。もし私たちで力になれるのでしたらご相談に応じますが」
 先程までの慌てぶりもなく、守護騎士たちも今度は冷静に対処している。もし深刻な悩みならばはやては包み隠さず守護騎士たちに協力を仰いでいるからだ。
「んー、そやなぁ。ならちょお、みんなに聞きたいんやけど……」


「子供ってどうやって育てるんかなぁ」


「「ぶふぅーーーーーーー!!」」


 シグナムとシャマルが盛大に噴いた。
「あ、あ、あ、あ、主はやて。子供というのは、その、えっと、あれ?」
「ダ、ダメです。はやてちゃんまだ中学生なんですからそ、そんなこと!!」
「はやて、子供ができるの?」
 大パニック。落ち着いた朝の景色は一転して混乱の坩堝となった。
 そんななか、はじめは自分のセリフの破壊力を理解していなかったはやても、守護騎士たちの反応を見て、慌てて顔を真っ赤にしながら首を左右に激しく振る。
「ちゃ、ちゃう、ちゃうで! そないな意味やなくて、デバイス。新しいデバイスについてやで!?」
「え、あ……そ、そうですよねっ、デバイスのことですよね! や、やだっ私ったら勘違いして」
「と、取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
「…………?」
 ごまかし笑いを浮かべるシャマル。気恥ずかしげに汚れたテーブルを拭くシグナム。そしてイマイチ意味を理解できずに首を捻るヴィータと三者三様の反応を見ながら、ようやくはやても軽い混乱から抜け出す。
「そ、そやでー。だいいち私に子供とかで、でき、出来……」
 最近授業で習った男女の仕組みについて思い出したのか、再び顔を赤くして縮こまってしまうはやて。
「ええっと、それでなんでしたっけはやてちゃん? デバイスについてですか?」
「そ、そやねん。デバイスについてやねん」
 ややごまかし気味に話題を方向転換。あまりにもわざとらしすぎる話題の変え方だがそれに突っ込むものは八神家にはいなかった。
「デバイスと仰りますと、融合型の……」
「そや、どーにかこーにか形は整えられてきたんやけどな、どうしても前例がないから手探り状態がつづいとるねん」
 ユニゾンデバイス。いわゆる融合型と呼ばれるデバイスは現在魔法世界においても稀な存在だ。
 融合事故の危険性などが証明されてからは開発・研究自体公式には行われていない。ゆえに現存するユニゾンデバイスはほぼゼロと言っても過言ではないのだ。
 それに加え、はやてのようにミッドチルダ式とベルカ式、両方を同時に管制できるタイプのユニゾンデバイスの作成など世界初の試みといっても過言ではない。
 ゆえにその作業は難航を極めた。ユーノの協力を得て無限書庫から引っ張り出した過去の知識や聖王教会の助力により、なんとか形に至ったというのが現在の状況だ。
「はやては今のところずっとシュベルトクロイツだけでやってるからなぁ」
「んー、そやね。私はどうも魔法の調整とかが大雑把やからどうしても管制人格……ユニゾンデバイスの助けが必要になる。それにこれは『あの子』の願いでもあるんやしな」
 はやてたちの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。祝福の風の名を持つ一人の女性の姿が。
「まぁ、そんなわけでようやく形になってきたんやけど、ここからがちぃと問題でな」
 そこでようやく、一番初めの発言へと戻るのであった。
「ユニゾンデバイスはインテリジェントデバイスなんかと違うて、それ自体を稼動させるための管制人格が必要になる。今のところ私の記憶をベースに整えとるけど生まれてくるんはやっぱりまだ何も知らん子供みたいなもんや」
「なるほど……それで、生まれた管制人格について、どのように接するべきかお悩みなのですね」
「まぁ、ゆーてもまだ先の話やしな。参考程度にみんなの意見を聞きたかっただけやねん」
 手の平をひらひらと振りながら、何の気負いもない様子で告げるはやて。実際のところ作業自体が難航しており、少し考えが脇道に逸れた程度のことなのだ。
 しかし、そんなはやての言葉を受けて守護騎士達は腕組みをして何やら難しい表情を浮かべている。
 どうにかして主の悩みに答えようと知恵を振り絞っているようだ。
「や、だからな。そんな難しい考えへんでもいいんやで。ほんまに」
 だが、なにやら自分の想像より深刻な事態になっているようで、はやては笑いながら口を開く。
「う、うう……申し訳ありません主はやて、我々はいままで闇の書の守護騎士システムとしてただ戦いにのみ生きてまいりました、残念ながらその問いにはなんとも答えの返しようが無く……」
「ごめんなさい、はやてちゃん。不甲斐ない守護騎士で」
 目尻に浮かんだ涙を拭くシャマル。対してはやてはと言うと加速度的に重くなっていきそうな話題になんとも複雑そうな表情を浮かべていた。
「せやからなー……」
「不躾ながら、斯様なことなれば既に経験を積まれている御方にご質問賜ればよろしいかと」
 机の下で黙々と自分の分の餌を食べていたザフィーラが、唐突に喋った。むしろ始めからそこにいたのが驚きだった。
「そ、それや。ナイスやでザフィーラ。せやな、そないなことは実際に子供を育てた人に聞けばええんやもんな」
 唐突に出されたこの場をなんとか収めるザフィーラの発言にやや過剰気味のリアクションで応えるはやて。
 よしよしと、再び黙々と食料摂取に戻ったザフィーラの頭を撫でてやる。
「せやけど、子育ての経験のある人っていったら……」
 頬に指を当てながら思案顔のはやて。それを察知した残りの守護騎士の面々は、一斉に腰を浮かした。
「でしたら私が調べてまいります」
「だったら私が調べてきます」
「そう言う事だったら私が調べてくるぜ!」
 言うが早い、彼女達は茶碗に残ったご飯をかき込むと、さっさと食器をまとめて洗い場へと持っていってしまった。
 後に残されたのは、やはり素知らぬ表情のままのザフィーラと、ぽかんとした表情で誰もいなくなった食卓を見詰めるはやてだけであった。
「みんな……食事はもっと落ち着いて頂こうや……」
 そんなはやての言葉も届かず、守護騎士たちは自分達の敬愛する主の役に立とうとそれぞれ情報を求めて出かけていってしまった。



 ●



 シグナムの場合



「提督は、お子様がいたと記憶しているのですが、相違ないでしょうか?」
 シグナムの突然の問いかけに提督と呼ばれたそのメガネをかけた女性、いまはシグナムの直属の上司でもあるレティ・ロウランは目を丸くして、その唐突な質問を聴いていた。
「えっと……まぁ居る事は居るけど、それはどういった意味の質問なのかしら?」
 意味を図りかねると言った調子で問い返してくるレティ。
 それに対しシグナムは背筋を伸ばしたままあくまでも生真面目に応えた。
「いえ、子育てに興味があるもので」
 レティの表情が固まった。なんと言っていいか解らないといった表情だ。
「ちょっとごめんなさい、失礼なことを聞くけど貴方達ってそういうことも出来るの?」
 周囲に聞こえないように出来るだけ小声でシグナムに問いかけるレティ。
 しかし、今度はシグナムの方がその質問の意味を理解できていないようである。
「は、そういうことと仰られますと?」
「いや、だから。その子作りが出来るのかって事よ」
 そこでようやく質問の意味を理解したシグナムが狼狽する番であった。
「ち、違います! 私のことではなく、主はやてのことです!」
「は、はやてちゃんが!? だ、だってあの子まだ中学生になったばかりじゃ」
 そして繰り返される勘違いの連鎖。
 先程八神家の食卓で繰り返されたような光景を再び繰り返し、ようやくのことで彼女達は共通認識を得ることが出来た。
「なるほど、だから子育て経験のある私にいろいろと聞きたいって事なのね」
「ええ、参考までにお聞かせ願えればと」
 ようやく落ち着いて話が聞けることに安堵するシグナム。
 だが、そんな想いも虚しくレティはひとつ盛大な溜息をついた。
「そうは言ってもねぇ。ちょっと聞いてくれる、あの子ったらなんていうかバカが付くほど真面目って言うか、融通が利かないって言うか……」
 なにやら親しげに語り始めるレティ。
 シグナムはその姿になにやら嫌な予感を覚え「え、ええ」と生返事しながら少しばかり距離をとる。
「母さんお酒は控えめにしてください、とか。お仕事のほうはきちんと出来てますか、とか。あんたは私の母親かって言うのよー」
 むしろ母親はレティのほうだった。シグナムはまさにそれについて聞きにきたのだが……。
「訓練校に入ってからも手紙を送ってきたと思ったら、なんか今日はこーだった、昨日はあーだったって事細かに書いてる報告書みたいな内容だし、たまに私事を書いてきたと思ったらやっぱり私に対してきちんとやってるかとかそんなことばかりだし」
「は、はぁ。優秀な御方なのですね」
 傍から聞いていればそうとしか言いようが無かった。
「優秀って言えば……まぁ確かに学校の成績は優秀みたいだけど、なんて言うかもっとこう遊び心というか余裕を持って生きてほしいわー。あー駄目、ああいうタイプは将来絶対につまらなくなるのよ。育て方間違えたかしら?」
 むしろこの母親を見て育ったからこそ、そのような性格になったのでは。などとさすがのシグナムでも率直に言うことは出来なかった。
 その後も延々とレティの口からは愚痴としかいえないような内容が紡ぎだされていった。
 井戸端会議と化したこの場から逃げ出し事も出来ず、シグナムはこう考えていた。
 聞く相手を間違えた、と。



 ●



 シャマルの場合



 シャマルは今誰に今回の悩み事を相談すべきか悩んでいた。
 やはり一番先に浮かんだのはレティ提督だったのだが、どうやらそちらはシグナムに先を越されたようである。
 それ以外となれば、いま自分の出向している医療チームも基本的には年若い子達ばかりだ。
 相談するべき相手が居ない。それが今のシャマルの最大の悩みだった。
 そんな風にとぼとぼと本局の廊下を歩いていると唐突に声をかけられた。
「あれー、シャマルさんじゃない。どうしたのこんなところでー」
 シャマル達は現状基本的に従事活動を行う保護観察処分中の身だ。そうなればやはり他所の部署の人間が進んで声をかけてくることなど滅多にない。
 その例外のひとつとして、今元気にこちらに手を振っている少女の姿があった。
「あっと……エイミィさん……」
「あははー、エイミィでいいってば。わたし堅苦しいのって嫌いでさー。ところでどうしたのなんだか暗い顔しちゃって?」
 朗らかにそう問いかけてくるエイミィ。そんな姿にシャマルはとりあえず質問をしてみようと口を開いてみた。
「あ、あの少し不躾な質問になってしまうのですが、聞いてもらいたいことがあるんです」
「ん、なにかな、なにかなー? 私に答えられることなら何でも答えちゃうよん」
「そのエイミィさんは子供をおつくりになったことはありませんよね?」
「ぶっ!?」
 エイミィが吹いた。
「え……あの、エイミィさん? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫大丈夫、全然ほら、ど、ど、ど、動揺とかしてないしサ!!」
 動揺していた。
「第一ね。時間軸的にそうなるにしても早すぎじゃんとか突っ込まれるジャン? だってwikiの時代考証参照にしてみたらゴールインするのって五年後かそこらへんだよ。まだ幾らなんでもそんな早いでしょー?」
 登場人物には理解できないことを言い始めた。
「えっと……少しばかり意味を図りかねるんですが……」
 首を捻りつつ尋ねるシャマル。彼女はエイミィの伝えたい事がまるで解っていない様子だった。
「や、だからね、そのまだノータッチなわけ。クロノ君ってばまるで私に手を出してこないわけ! だからまだセーフ、全然セーフ!!」
 何が全然セーフなのかシャマルにはわからなかったが、とりあえず周囲の管理局員の方々がクロノの名前を聞いた途端ひそひそ話をしはじめたのだけは解った。
 結局、ますます酷くなるエイミィのパニックスパイラルは留まることを知らずに延々とシャマルの望んでも居ない情報だけが管理局内に漏れていった。
 余談だが、この日流れた噂で最も局員達の関心を集めたのは『クロノはヘタレ』であるという噂であった。



 ●



 ヴィータの場合



 武装隊の訓練施設。断続的に魔力砲の炸裂音が響くその場にヴィータは来ていた。
 彼女自身は射撃訓練は行わず、シューティングブースの後ろでやや退屈そうに、一人の少女が射撃訓練に勤しむ姿を眺めていた。
「なぁ、なのは……ちょっと聞きてーことがあるんだけど」
 その年若きエース。高町なのははレイジングハートを構えたままターゲットアイコンに狙いをつけ続けながら応えた。
「どうかした、ヴィータちゃん?」
 応えながらなのはは魔力弾を一発、綺麗な放物線を描いてそれは遥か彼方にあるターゲットに命中した。
 本来ならばシューティングトレーニング中に話しかけることも、それに答える事もご法度ではあるが今は自主トレ中。それにこの程度で集中力を乱されるようではエースを名乗ることも出来ない。
 そんなわけで、最近何気に一緒に練習する機会の多いなのはとヴィータは訓練中のおしゃべりなど日課のようになっていた。
 勿論、ヴィータにしてみればなのははあくまでライバルであり、訓練に付き合ってるのも“追いつかれないように”しているだけだとの弁なのだが、まぁ今はそれはどうでもいいことだろう。
 新たなターゲットが現れ、なのはがそれに狙いをつけたところでヴィータは何気なく聞いてみることにした。
 勿論、そのタイミングだったのは別に悪気があるわけでもなんでもなく。ヴィータからしてみれば、ただまともに相談するのが恥ずかしかったと言うだけのことなのだが。
「オマエって子供が出来たことってあるか?」
 質問の内容が酷すぎた。
 魔力砲の炸裂音が響く、なのはの放った魔力弾はターゲットをあっさりと飛び越え何も無い場所に命中していた。
 その軌跡を目で追っていたヴィータがシューテングボックス内に目を戻すとなのははパンツ丸出しで転んでいた。
「なにやってんだ?」
 心底不思議そうに尋ねるヴィータ。なのはは顔を真っ赤にしたまま慌てて立ち上がるとシューティングボックスを抜け出してヴィータの元までやってくる。
「ヴィ、ヴィ、ヴィータちゃん!? いきなり何を聞いてるのかな!?」
「なんだよ、そんなにおかしなこと聞いたか?」
 まるでわかっていない様子で首を傾げるヴィータ。
「え、えっとね……とりあえず、なんでそれを聞きたくなったのか理由を教えてほしいんだけど」
 幾分か冷静になったのか、なのはがヴィータに諭すように尋ねる。
 だが、ヴィータはその問いかけに暫く難しそうな表情を浮かべた後に、
「確か、はやてが子供を作りたがってたから……だったかな?」
 朝の会話をイマイチ覚えていないヴィータだった。もちろんそんなことを知らないなのはは。
「は、はやてちゃんが!?」
 本日二度目の驚きの表情を浮かべていた。
「え……あ……お、おう」
 肩を掴まれ、鬼気迫る表情で問いかけられたヴィータは思わず頷いてしまう。
「え……でも、相手は誰なんだろ。はやてちゃんにそんな人居なかったと思うんだけど……」
 そんなヴィータの返答に対し深刻そうに考えに耽るなのは。先に業を煮やしたのはヴィータのほうであった。
「あーもう、何なんだよ、オマエもシグナムたちもぎゃーぎゃー騒ぎやがって、そんなに珍しいことなのか、子供を作るってーのは」
 今まで自分を置き去りにして騒ぎ立てる周囲の状況に、ついに怒りを露にするヴィータ。
 そんなヴィータを見詰めて、なのはもどうしたものかと思案するも、
「ヴィータちゃん、そのーちょっと耳貸して」
 くいくいとヴィータを手招きするなのは、まだ納得のいかない表情を浮かべていたもののヴィータも素直になのはの方へと顔を近づける。
「えっとね、その子供を作るって言うのはね――」
 そうしてようやくヴィータは所謂、性教育の一端を知るに至るのであった。



 ●



 時空管理局本局の研究室のうちのひとつ。
 八神はやては最近のところこの研究室に篭りきりになることが多かった。
 もちろん、自らのデバイスを製作するためだ。
 しかし、作業自体は今のところ停滞しているところだ。
 なにしろ前例が無い。その作業はまさしく暗闇の中で小さな取っ掛かりを見つけるような作業だった。
 結局のところさまざまな過去の記録などを解析し、それらを少しづつ試している状態と言ったところだ。
 そんなわけで完成まではもう暫くの月日を費やさねばならないのだが、
「ヴィータたちにはああ言ったものの、やっぱりきちんと考えとかなあかんやろうなぁ」
 今朝話したデバイスの人格形成――簡単に言えば子育てについてはやてもそれなりの悩みを抱えていた。
 はやてにしてみればそれらはまったくの未知の領域と言っても過言ではない。
 例えば将来、自分が大人になったとして子供を生み、育てているというヴィジョンが想像できないのだ。
 まぁ、中学生になったばかりの人間にそのようなことを想像しろと言うのが酷な事実であることは確かなのだが、はやては遠からず似たような経験をしなければならないことは確かだった。
 考えはそのまま溜息となり、研究室の一角に沈殿する。
 そんなはやての所作に目ざとく反応する女性が一人。
「どうしたのはやてちゃん。溜息なんてついちゃって」
 メガネをかけたその女性ははやてのデバイス作成において最大の貢献者と言ってもいい人物だ。
 マリエル・アテンザ。まだ年若い容貌ながらもその腕は一級以外の何物でもない。なにしろ史上初ミッドチルダ式のデバイスにカートリッジシステムを組み込むことに成功した技術者の一人なのだ。
 とはいえ、その技術力にも休憩時間はあるのか、彼女は手が空いた時間を利用してドーナッツなどを頬張っている。その姿は天才技術者などではなく年相応の少女にしか見えない。
「ああ、マリーさん。いえ、このユニゾンデバイスについてなんですけどね……」
 朝の騒ぎを思い出したため、前置きをきちんと入れてから自分の悩み事について説明するはやて。
 それをマリーもふんふん、と興味深そうに頷きながら聞いている。
「なるほどねー、まぁ確かにロールアウトしたインテリジェントデバイスなんかは一応ベーシックプログラムが入っているからそのままでも使えることは使えるけど、ユニゾンデバイスはその点に関しては真っ白な状態から始めないといけないからね……でも子育てか、面白い考え方だよね、それって」
「あ、やっぱりおかしいですか。こんな風に考えるんって」
 恥ずかしげにそう問うはやてに、マリーは優しく微笑んで首を横に振った。
「ううん、私はその考え方すごく素敵だと思う。この仕事をやっていてよく感じることがあるの、この子達は生きてるんだって」
 そう言って器となるべく作成されているデバイスの入ったシリンダーを撫でながらマリーは答える。
「私達みたいな技術系の人間は基本的に魂とかそういった類のものは信じてないんだけどね、時々ね思い知るの、この子達は私の想像を超えた進化を遂げてるんじゃないかって――あの事件の時、レイジングハートとバルディッシュがカートリッジシステムを積んだことは知ってる」
「はい……その、うちの子たちがなのはちゃんたちのデバイスを壊してもーたって」
 しゅんとうなだれて、答えるはやて。その表情には懺悔と後悔の念が詰まっている。
「ほらほら、そこは気にしないの。まぁそれで修理を私が担当することになったんだけど……驚いたわ、あの子達は自分達が修理されることを拒んだの」
 マリーの言葉にはやては首を傾げる。正直なところ、守護騎士たちとなのは達がどのような経緯で争っていたのか、その詳しいところははやても知らない。
 供述調書などの書類化された情報としてなら知ってはいたが、その瞬間を生きた彼等の心情は知らなかった。
 守護騎士たちもなのは達も、その当時の思いをはやてに語ろうとはしなかったからだ。
 勿論、彼女達のデバイスたちも何一つ語ることは無かった。
「えっと、でも確かカートリッジシステムを組み込んで修復されたんですよね、レイジングハートたちは」
「違うわ。あの子達の修理を担当した誰もがそんなことは考えてなかった。ただ以前の状態に治すことだけを考えていたの」
 当時を懐かしむように、マリーは瞼を落とし、あの時聞いた彼等の声を思い出す。
「でもあの子達はこういった、このままじゃあ駄目だって、自分達の主の力になるために力が欲しいって……ちょっと信じられなかったわ。なにしろ当時はミッドチルダ式のデバイスにベルカ式のカートリッジシステムを積み込むことなんて机上の空論に過ぎなかったし、例え成功したところで自壊する可能性は非常に高かった、それを承知であの子達は私達にそれを望んできたの」
 なのは達のデバイスが、彼女たちにとってかけがえの無い大切な友人であることははやても知っていた。
 だが、そこに秘められた想い。自らの命を懸けてまで自分の大切な友人を助けようとするデバイスたちの想いを改めて知り、驚嘆とも感嘆とも取れる感情をはやては覚える。
「全てのデバイスはマスターをサポートするように創られてあるわ。でもそれはあくまで定められたプログラムの範疇で、マスターの手によって限界を超えて壊れることはあっても、自らそれを望むデバイスがあるなんて思いもしなかった」
 過去の思い出を振り返り、そしてマリーは顔を上げた。
「その時私は思ったの、ああ、この子達は生きてるんだって。だからその言葉は驚くことでもなんでもなく、ただ普通のことなんだって、大事な人を守りたい、そういう想いで出来てるんだって」
 そうして全てを語り終えたマリーは立ち上がり、いま自分たちが創ろうとしているデバイスの殻をいとおしげに眺めた。
「だから、この子もきっとそう。ユニゾンデバイスとかじゃなくて、望まれて生まれる命だから……その想い大切にしてあげてね」
 そんなマリーの言葉を受け止めて、はやてはしっかりと頷く。
 いまから自分たちが創りあげるものはユニゾンデバイスであるという以前に、大切な、大切な祝福の風の名を受け継ぐ想いの結晶なのだ。
 そう考えれば、出来ぬことなど何も無いと思えた。
 誰だって、唐突に子を育てることなどできない。母親に急になれることなんて無いのだ。
 それでも、大切な者の為にしっかりと生き続けるからこそ母親になれる、子を育てることが出来るのだと思った。
 大切なのは自分の気持ち。生まれてくるこの子に対し愛し続けることが出来るかどうか。
 それに関しては、はやては何の疑問も逡巡も覚えることは無かった。
「ですね……ほな、がんばってみましょうか。生まれてくるこの子の為に」
「そうね、後ちょっと……後ちょっとだものね」
 そうしてはやてたちは再び作業へと戻ろうとした――ところで、
「は、はやてぇ!?」
 研究室の扉が開く、驚いた表情のはやてたちがそちらを見ると、なぜかそこには涙目のヴィータが。
「ヴィ、ヴィータ? どないしたん。確か今日はなのはちゃんと一緒に訓練やったんじゃ?」
「そ、そ、そんなことよりはやてが子供生むのって本当なのか!?」
 いきなりとんでもない質問が来た。
 とりあえず、自分の気持ちを落ち着かせるために額に手を当てて熟考するはやて。
 どうすればこの場を収められるのかを必死で考えているのだ。
「は、はやてちゃん。あなたやっぱり……!?」
 考えてる間にマリーに伝染した。
「なんでそーなるんですか! ついさっき事情は話したやないですか!」
 思わず突っ込むはやて、その脇で熱暴走を起こしたかのように顔を真っ赤にさせたヴィータはとまらない。
「ゆ、ゆるさねぇ。私たちのはやてを取り上げようとする奴は……ぶ、ぶ、ぶっ潰す!! ぜってーにはやてを嫁になんかやらねぇ!!」
「あー、なんかもうすごい勢いで話がすすんどるなぁ、わたし」
 他人事のように感心した声音で答えるはやて。軽く現実逃避をし始めたようだ。
 そこで再び研究室の扉が開き、今度はなのはとフェイトが揃って顔を出した。二人の目尻にはなぜか涙が浮かんでいる。
「はやてちゃん……ヴィータちゃんから聞いたよ。私達に相談してくれればよかったのに……」
「そうだよ、力にはなれなかったかもしれないけど、それでも私達は友達だよ、どんな事でも受け止めて見せるからさ」
「あーもう、好きにしー!! 結婚でも子供でも生んでやろーやないかー!?」
 はやてがついに壊れた。
「お、落ち着いてはやてちゃん。おなかの中に子供が居るんだからそんなに怒っちゃ駄目よ」
「だからアンタもかぁー!!」



 ●



 こうして暫くの間、局内の一部でははやての妊娠騒動が続くことになる。
 それにうんざりすることとなるはやてだが、楽しみなことがひとつだけ出来た。
 いつか、語り聞かせよう。
 この騒々しい日常を、ずっと笑うことの出来た日々の事を。
 大切な風が生まれた時、語り聞かせようと思った。


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