魔法少女リリカルはやて テスタメント 2-02


「ぶっ飛べぇぇぇっっ!!」

 初動はヴィータによる突撃から始まった。
 身を捻った体勢のまま加速、一瞬でプリメラの懐に飛び込むと溜め込んだ力を解放するように、一気に下段から天頂方向へとゴルフスイングのような軌道を描き、グラーフアイゼンが振り抜かれる。

 響くは空を切り裂く裂音。
 放たれた一閃は正確にプリメラの小さな体躯目掛けて正確に放たれた。

「ひっ……やぁっ……」

 だが、対するプリメラの反応も早い。
 小さな悲鳴を漏らしながらも瞬間的に空いた左手を掲げると同時、中空に琥珀色のベルカ式魔法陣(トライシールド)が浮かび上がる。

 そして激突。鉄槌の一打が魔法陣に突き刺さり、火花にも似た魔力の奔流が両者の間で激しく散る。
 その結果にヴィータの口元から舌打ちが一つ。それはこの一打の結果が彼女の予想を覆したという事に他ならない。

 ――コイツ、強ぇ!

 張り巡らされたシールドの強度ひとつとっても少なくともエースクラス――もしくはそれ以上の実力を目の前の少女が秘めている事をヴィータは実感する。
 だが、こちらが予想するその実力に反するかのようにプリメラは瞳に涙を浮かべたまま一歩を下がる。

「な、なんだよ……やめてよ、こんなの……ヤダよ……」

 こちらの一撃に圧されたわけではない。彼女はただ単に怯え、自らの意思で一歩退いただけだ。
 その事実に、そしてその言葉にヴィータは胸の底から湧き上がる言いようのない怒りを自覚する。

「うるせぇ!! はやてを傷つけておいて、何言ってんだテメェ!」

 激昂の叫びが響き、その一喝にプリメラは更に身を竦ませる。そんな彼女の反応がヴィータを更に苛立たせる。
 しかし、その思考は感情の高ぶりとは裏腹に、ひどく冷静だった。力押しでこの相手を圧倒する事ができないと瞬間的に悟ったヴィータはグラーフアイゼンを片手持ちに変え、そのまま空いた手を天に掲げる。

「――アクセルッフリーゲンッ!」

 同時、空に光球が浮かんだ。真紅に輝く球体の数は四つ。それらはヴィータの指運に従うようにぶるりと一度その身を震わせると、

「行けぇ!」

 ヴィータの号令一過、上空より目前にいるプリメラ目掛け、一斉に落下――否、発射される。
 それを察したプリメラが咄嗟に背後に跳ぶのと、雪原に鉄球が打ち込まれ四重奏が響くのがほぼ同時。プリメラはそのままヴィータとの距離を離すように、夜空へと飛び退っていく。

「――逃がすかっ!」

 その後を追い、ヴィータも加速。戦いの舞台を雪原から雪荒ぶ夜空へと変えていった。

 ●

「……っ、ヴィータ!」

 プリメラを追い上空へと飛び去っていくヴィータの背に向けて反射的に手を伸ばすはやて。
 しかし、先の一撃のダメージはまだ抜けきっていないのか、そのまま彼女は前のめりに倒れそうになる。
 だが、倒れそうになる身を支える腕が一つ。見れば、何時の間にか傍らには騎士甲冑を身に纏ったシグナムの姿があった。

「ご無事ですかっ、主はやて!」
「シグナム……っ!」
「遅くなって申し訳ありません。我々が付いていながらこのような……っ」

 苦渋に満ちた表情で告げるシグナム。
 如何な理由があったとしても守護騎士たる彼女にとって主に傷を負わせてしまったという事実は悔やんでも悔やみきれるような事ではない。
 けれど、そんな彼女を労るようにはやては薄く笑みを浮かべ、

「大丈夫。そない心配せんでも、非殺傷設定攻撃(スタン)貰うてちょっとフラつくだけやよ。……シャマルとザフィーラは?」
「随分と強固な結界が張られていまして、シャマル達の協力でなんとか私とヴィータだけ結界内に侵入できました。二人は今外部から結界を展開している敵魔導師の捜索を」

 はやての言葉で自責の念がなくなったわけではないだろう。だが、今は悔やんでいる場合ではないと判断したシグナムは表情を引き締め簡潔に応える。

「そっか……ならシグナムはヴィータの援護に行って一緒にあの女の子を捕まえてきて」
「……!? ですが、それは……」

 シグナムにとって今この場で最も優先すべきははやての身の安全を確保する事だ。
 傷ついた彼女を置いてこの場を離れる事に躊躇しないわけがない。

「私の事は大丈夫やって。それより、あの子、見た目と違うて相当な魔導師や、ヴィータでも苦戦するかもしれへん」
「ですが伏兵がいるかもしれないこの状況では……、ここは一度退却するべきです」

 指揮権がはやてにある以上、過ぎた言葉である事は自覚してなお進言するシグナム。
 彼女の言い分は勿論解る。幾らなんでもこの状況はあまりにも不透明すぎる、どちらにしても一度体制は立て直すのが常道だ。
 けれど、

「いや、この機会を逃せばたぶんあの子等の方も警戒してまう。手がかりを得るには今が最後の好機かもしれへん。せやからヴィータとシグナムの二人で確実にあの子を捕まえてほしいんや。できれば、無傷で……」
「難しい……注文です」

 様々な葛藤を抱えたまま歯噛みするシグナム。
 だが、支えていたはやての身体を優しくその場に降ろすと、その右手に実体化したレヴァンティンを握り締める。

 視線は最早はやてにではなく、天上で戦う者たちの方へと向けられている。
 言葉ではなく、その態度が如実にはやての意に従う事を示していた。

「すぐに戻って参ります。できるかぎりこの場を動かぬように」
「うん、頼んだで」

 その言葉に応えるように、シグナムもまた戦場に向けて一気に飛翔した。

 ●

 ヴィータとプリメラによる空中戦は時を追うごとに激しい様相を見せていた。

 ただ戦況そのものは逃げるプリメラと、それを追うヴィータという一方的なものだ。
 断続的に攻撃を続けるヴィータに対して、プリメラは攻勢に転じるどころか反撃しようとさえしない。迫りくる一撃一撃に怯え、涙を零しながら逃げ惑うばかりだ。

 けれど。

「――チィッ! この卑怯者がッッ!」

 苛立ちも露に、ヴィータがこれで幾度目の攻撃に転じる。
 己の主の意思を正確に汲み取り、グラーフアイゼンはカートリッジロード。
 爆発的に生じる魔力は既にラケーテンフォルムとなっている自身のブースター内にて瞬間的に解放される。

 機構内部で生じる魔力爆発はそのまま推進力となり、ヴィータの小さな身体ごと一気にプリメラへと向けて加速。
 二人の間にあった広い空間は一瞬で圧縮され、彼我の距離は一瞬で限りなく零になる。

 こちらに背中を向けてなりふり構わず逃亡を続けるプリメラにとっては背後を取られたに等しい状況だ。
 空戦においては圧倒的に有利な立ち位置。だからこそヴィータは躊躇することなく篭められた力を一気に打ち放った。

「ラケーテンッッハンマァッッ!!」

 ぐるりと独楽のように全身を回し、方向修正した一撃は加速の勢いをそのままにプリメラへと襲い掛かる。
 それは例え防がれようとも相手の防御ごと食い破る必倒の一撃だ。

 しかし、

「ひっ……ベルン、お、おねがいっ……」
《ja!》

 プリメラの持つ巨大斧型デバイスに据えられた宝玉が輝くと同時、シャフト内部の排出機構からカートリッジが白煙を棚引き排出される。
 同時に、ベルンカイゼルの刃部を覆う機殻が展開。隙間から覗くのは抜き身の刃ではなく、縦に並んだブースター郡だ。
 計七基内臓されたそれらは展開と同時に琥珀色の輝きを仄かに灯らせたかと思うと、次の瞬間には強い光の塊となり巨大斧の前面部を覆うように展開する。

 そうしてできるのは、デバイス本体よりも一回り巨大な魔力刃だ。
 自身の身長さえも超える巨大斧を、プリメラもまた身を捻るようにして背後へと向けて振りぬく。

 行われるのは力と力の激突。
 振り落とされたグラーフアイゼンの切っ先とカイゼルベルンの刃が真っ向から激突し、火花を散らす。

 だが、それも一瞬。魔力の光に照らされたプリメラは目に涙を浮かべたまま歯を食いしばり、

「ええいっっ!」

 そんな気合一閃。拮抗状態にあったグラーフアイゼンを押し返し、ヴィータの矮躯ごとあっさりと弾き飛ばす。
 バランスを崩し、空中で錐揉み状態になりかけるヴィータ。だが長年の経験と勘から一回転した所でなんとか体勢を整える。
 しかしグラーフアイゼンから伝わる衝撃は指先に痺れという形でしっかりと伝わっており、我知らず表情を歪めてしまう。

「こっのっ……馬鹿力が……」

 たった今、ヴィータを吹き飛ばしたのは魔法――というより単純な膂力によるものだ。
 遠因を問えばそれらはすべて魔力によるものだが、それはこちらも同様。
 今もヴィータは魔力によるブーストを得ることで成人男性を遥かに超える膂力を発揮できるようになっている。

 だが、プリメラの有する力はヴィータのそれに輪を掛けて強力に過ぎるものだ。
 先程から放つこちらの攻撃は、悉くそんな彼女の手によって力尽くで捻じ伏せられている。

 もちろん魔導師戦においては単純に力が強い方が勝つというわけではない。
 むしろ、余情な膂力に魔力リソースを割り振るような行為は無駄と断じてしかるべきだ。

 けれど先程から一方的に攻撃しているのはこちらなのに、先の一撃のようにそれらは悉く潰されている。そこから導かれる答えは一つ。

 ――コイツ、やっぱ強え……

 口には出さずに思考するヴィータ。
 けして自身が劣っているとは思わないが、それでも目の前の相手が一筋縄ではいかない相手だという事だけは嫌という程理解する事ができた。

 姿勢を整え、見上げた先。先程までこちらに背を向け、ただただ逃げ惑うばかりだったプリメラが、今にも零れ落ちそうな涙を浮かべてながらもこちらを睨むように見据えていた。
 必死、とでも言うべき様相で紡がれるのは震えを帯びた言葉だ。

「なんだよっ、つ、ついてくるなよ……どっか行ってよ……」

 懇願とも非難ともとれる言葉は、どちらにせよ戦闘の最中に訴えられるべきものではない。
 いつものヴィータならそんなプリメラの訴えなど無視し、逃げずに立ち止まった今の状況をチャンスと捉え、戦闘を続けていただろう。

 けれど、

「なんなんだテメェはさっきから、うざってぇなぁ!!」

 怒りに満ちた声が我知らず放たれた事でプリメラは「ひっ!?」と詰まった悲鳴を上げ、怯える。
 そんなプリメラのセリフや挙動にヴィータの胸の内からは吐き気にも似た苛立ちが湧きあがる。

 そもそもプリメラははやてに襲い掛かった犯人だ。その事に対し許し難い気持ちは当然ある。
 だが、それを省いたとしてもヴィータは目の前にいるこの少女に言い知れない感情を抱いていた。

 それは嫌悪、と呼ばれる感情だ。
 それが何に起因するものなのかは解らない。けれどヴィータはプリメラの一挙手一投足に酷く心を揺さぶられる。

 ――気にいらねぇ。気にいらねぇ気にいらねぇ気にいらねぇっ!!

 溢れる怒りははやてが襲われたという事実よりもなおヴィータの思いを刺激する。
 真っ赤に染まる視界で思考するのは、ここでコイツを潰さなければならない、という強い使命感――いや、それは強迫観念、だ。

 まるで何かに追い立てられるように、ヴィータはプリメラを完膚なきまでに叩きのめす為に、グラーフアイゼンを強く握り締め、今まさに突撃を開始しようとした――が、

「ヴィータ」

 寸前。こちらの名を呼ぶ静かな声にヴィータは虚を突かれ、反射的に踏鞴を踏む。
 見れば視線の先、プリメラを間に挟むようにして何時の間にかシグナムがその場に現れていた。
 彼女はレヴァンティンを構えたまま油断のない様子で新たな追跡者の登場に狼狽した様子のプリメラを油断なく見据えたまま、声だけをヴィータに向ける。

「……大丈夫か?」

 それはどこかこちらの身を案じるような声。だから、ヴィータは我を忘れるほどの怒りに呑まれていた己の内心を見透かされたような錯覚を抱き、思わず声を荒げる。

「みっ、見ての通りだよ。今はやてを襲った奴をぶっ飛ばそうとしてたとこだッ! そっちこそ、はやては無事なのかよっ!」
「ああ、無事だ。そして主からの要請でな。こいつはこの場でなんとしても拿捕するぞ」

 短く告げ、シグナムはレヴァンティンを下段に構え、いつでも飛び出せるようにと深く身を沈める。プリメラを見据えたまま、彼女は呟く。

「時間が惜しい。一撃で沈める」
「……言われなくてもわーってるよ」

 静かな、けれど覇気の篭った声にプリメラだけではなく、ヴィータすらも僅かに身震いする。
 だが、そのおかげで怒りに囚われていた感情は僅かに冷静さを取り戻し、正常な思考が戻ってくる。

 何時の間にか汗に濡れていた掌で、改めてヴィータはグラーフアイゼンを握りなおす。どうやら今まではそんな事にも気づかぬ程余裕を失っていたようだが、今はそれももうない。
 結果的に、圧倒的不利な状況に陥ったのはプリメラだ。

 先程までの攻防から彼女がヴィータとほぼ同等の戦闘能力を有している事は確かだ。
 だがだからこそ、二対一となったこの状況はプリメラにとって明白な戦力差となる。

 ――チェックメイトだ。

 こうなってはもはや逃亡する事すら叶わないだろう。ヴィータもシグナムも一欠けらの油断もなく突撃の瞬間を見計らっている。
 対しプリメラは狼狽した様子のまま、迫り来るヴィータ達を交互に見遣る事しかできない。

「な、なんだよ……二人がかりなんてズルじゃないか……あ、あっち行けよっ!」
「断る」

 プリメラの懇願ともとれる言葉を一蹴し、二人は同時に動いた。
 互いに刹那の間にプリメラへと接近し、挟み込むようにそれぞれが己の得意とする必倒の一撃を放つ。

 もはや防ごうともせずに、その場に頭を抱え蹲るプリメラ。
 激突音が、夜の空に重奏した。



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