LIGHTNING STRIKERS : BREAK 01-04


 煌く銀光が、縦に振り落とされた。

 たったそれだけの動きで、屈強な成人男性の胴回りよりなお太い巨木が、あっさりと二つに断ち割られる。
 大木の下敷きになっていた黒服はシグナムのその一閃でようやく自由になった。

「残りの負傷者を引き連れて、さっさと引き上げろ。邪魔だ」

 その言葉に黒服は不承不承と言った感じではあるが大人しく従うように彼女たちから距離を取る。
 そんな彼にシグナムは僅かに視線を向けない。
 彼女が見ているのはただ一人、長槍と戦斧を組み合わせたような見たこともないデバイスを携える、
 エリオ・モンディアルだけだ。

 シグナムの一撃により、頬を紅く腫らしてはいるものの挙動に淀みはない。
 そのまま彼はゆっくりと、戦斧の切っ先をこちらへと向けてきた。

 抗戦の意思を示す態度。だが構わない。

 シグナムは、彼がフェイトやキャロを手にかけたという情報を監査部の男から聞いたその瞬間から
 言葉で彼を止めることなど出来ないと諦めていた。

 それはフェイト達にすら出来なかった事だ。
 今更自分が何を語って聞かせたところで彼の意思を折ることなどできないだろう。
 だが、彼女達に出来なくとも、自分に出来る事はある。

 すなわち、馬鹿を殴り飛ばして連れ帰る――シグナムの目的はそれだけだ。

「ボクの邪魔を、しないでください」

 エリオの言葉が。意思を押し殺した彼の言葉がこちらへと投げかけられる。
 その代わりに、こちらを見据える眼差しは言葉よりもなお雄弁に語っていた。

 ――自分の邪魔をするな、と。

 それに対し、シグナムもまた感情を僅かにも乱すことなく、悠然と応える。

「聞こえなかったのか? 私は、オマエの、邪魔をしにきたんだ」

 ハッキリと、言い聞かせるように呟きながら、レヴァンテインを正眼に構えるシグナム。
 その切っ先に迷いはない。

「それが不服なら、実力で乗り越えて見せろ」

 ギリ、とエリオの歯が軋む音が、ここまで届いた。その瞳が憎悪の色に染まり、シグナムを射抜く。

「うおおおおおおおおおおおっっ!」

 獣の咆哮にも似た、裂帛の叫びがエリオの喉から漏れた。同時、彼はシグナムへと向けて高く高く跳ぶ。
 降り注ぐ雨を割るように、ハルベルトを大上段に構えるエリオ。

「ティターン・バイルッ!」

 カートリッジロード。エリオの戦斧に巨大な魔力刃が纏わりつく。
 直撃すれば小爆発を起こし、大地すら抉る凶悪さを誇る一撃を、
 エリオは躊躇なく眼下のシグナムに向けて振り下ろす。

 本来ならば巨大な障害物などの対物破砕型(デモリッション)魔法であるその一撃は、本来ならば個人に向けて振るうような代物ではない。
 なぜならその威力は人をこの世界から消し飛ばすにはあまりにも充分すぎる威力を秘めているからだ。

 シグナムも、先程の戦闘をモニタ越しに見ていた。
 だからその一撃が秘める途方もない威力も既に熟知している。だが、彼女は避けない。
 そのような素振りすら見せずに、ただ射るような眼差しでこちらへと降り注ぐ戦斧の一撃を見据えていた。

 そして、まるで落雷のような衝撃音が、空間を駆け抜けた。

 何かが破裂したかのような爆音。それが今の一撃の威力を物語っている。
 だが、だがしかし。エリオの視線の先では信じられない事が起きていた。

 彼女はまるで何事もなかったかのように、立っていた。

 左腕一本で構えたレヴァンテインの刀身で、ハルベルトの一撃を受け
 ――まるで何事もなかったかのように立ち尽くしていた。

 ダメージを受けなかったわけではない。
 証拠に、彼女の足元の地面はその強力な一撃にたわみ、波打つようにひしゃげている。
 彼女自身、その身体を襲った衝撃は生半可なものではない。
 それをしかと感じながら、しかしシグナムはただ冷徹なまでの瞳をもって交わされた刃の向こうに存在するエリオを睨み据えた。

「軽いな」

 侮蔑するかのような、シグナムの言葉。

「私の知っているエリオ・モンディアルの一撃は、もっと重かったぞっ」

 レヴァンテインを振りぬくシグナム。その一振りにエリオの身は弾かれ、彼女の対面に着地する。
 そんな彼の表情はシグナムの侮蔑するかのような言葉に歪んでいた。
 許せないと、それだけは認めないと言うかのように。

「ボクは……ボクは強い。強く、なったんだ!」

 吠えるように叫ぶエリオ。だが、シグナムはどこまでも冷徹な瞳を崩さない。
 それどころか、彼女はひたすらにつまらなさそうにレヴァンテインを待機状態へと戻す。
 未だにハルベルトの矛先をこちらへと向けるエリオの前で、徒手空拳の身を晒すシグナム。
 その意図をまるで理解できないのか、エリオは虚を衝かれた様に呆れ混じりの声を紡ぐ。

「な……なにをして……?」
「何を、だと? 私のやるべき事は始めから決まっている。それは何一つ変わりはしない」

 そう言って、握った拳をエリオへと突きつけるシグナム。

「馬鹿を、殴り飛ばしに来た」

 真剣よりもなお鋭い覇気と共に、浅く身構えるシグナム。
 ただそれだけで相対する存在から闘志を奪い去ってしまうかのような鬼気迫る迫力だ。

「貴様は、思うようにならない現実に喚き散らすことしかできんただの餓鬼だ。
 その程度の貴様に剣を振るうまでもない」

 だが、見下すかのようなその言葉に、エリオは戦慄を感じる前に怒りの感情に呑まれた。
 その表情を怒気に震わせ、彼はハルベルトを掲げたまま再度シグナムへと向けて突撃する。

 その威力は確かに、一目置くべき代物だろう。
 だが、怒りに飲まれ見境のない一撃は単調なモノでしかない。
 そんなありふれた一撃、レヴァンテインを持たぬとはいえ数多くの戦場を駆け抜けてきたシグナムにとって格好の獲物でしかない。

 怒りに我を忘れた時点で、エリオの勝利はなくなったのだ。

 だが、彼女が迎撃の為に身構えた瞬間、それは現れた。

 疾駆する風のように、シグナムとエリオの間に割って入ったソレは、
 まずシグナムの事しか目に入っていないだろうエリオの側頭部を死角から強かに蹴り上げた。

 シグナムの視線の先で、面白いぐらい派手に吹き飛ぶエリオ。

 唐突に獲物を横から掻っ攫われた形となったシグナムはそんな光景をただ呆然と見詰める。
 彼女にとってもあまりにも予想外な出来事に何一つ反応することが出来なかった。

 ――先程の黒服の誰かか?

 一瞬だけ、そんな考えがシグナムの脳裏を走り、その正体を見極めるべく意識を吹き飛んだエリオから、そちらへと戻すシグナム。

 その眼前で、光の槍が三条。こちらに閃くように襲い掛かってきた。

 まるで獲物を狙う獣の牙のように、押し迫る光槍。
 シグナムは思わず待機状態のレヴァンテインを瞬時に剣へと戻し、打ち払うように白銀の刃を翻した。

 質量を持たぬ魔力刃を切り裂いたとは思えぬほどの、重い手応えがシグナムの手に返ってくる。
 彼女の予想を遥かに超える強烈な閃光の刃。
 うち二本を迎撃することには成功したものの、最後の一本が喉笛に喰らいつくように、押し迫る。

「くっ!!」

 恥も外聞もなく、その場に倒れこむように回避行動をとるシグナム。
 そのおかげか飛翔する光槍は、彼女の頬を浅く擦過する程度に留まった。

「これは……申し訳ございません。顔を狙うつもりはなかったのですが」

 回避行動により、大地に倒れ伏すシグナムに向かって声が掛けられる。
 シグナムの予想とは違う若く、どこか凛とした佇まいを思わせる女性の声。
 その声は申し訳なさそうに呟くが、シグナムは難しい表情を浮かべたままだ。

「思いっきり人の喉笛を狙っておいて、なんの冗談だそれは……」

 こちらへと押し迫った三条の閃光は正確にシグナムの喉、胸、腹を狙って放たれていた。
 ものの見事に急所ばかりだ。彼女が必死に回避しなければ、それこそどうなっていたことか。

 騎士甲冑についた泥を払いながらゆっくりと立ち上がるシグナム。
 意識は張り詰めたままだが、幸いなことに追撃はなかった。

「私の“記憶”が確かなら、この程度は避けてくれると信じてましたから」
「記憶……?」

 迂遠なその物言いに、シグナムが眉根を寄せる。そうして見据えた先に、彼女の姿があった。
 大きな帽子を被った見目麗しき風貌。
 その姿かたちを見て、シグナムは首を傾げる。彼女を、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。

「何者だ……」

 とは言え奇襲を掛けて来た相手だ。
 少なくとも友好的な間柄ではないだろうと、油断なくレヴァンテインを構えつつ尋ねる。
 そんなシグナムの問いかけに、彼女ははぐらかすわけではなく、
 ただ困ったような表情を浮かべ、何かを考えるように頬に手を当てる。

「何者か……と問われれば、お答えするのが世の情けなのでしょうが、はてさて、
 なんと答えればいいものでしょうか。偽者でしかない私が、自らその名を名乗るべきか否か……」
「何を言っている?」

 どうにも要領を得ないその言葉に、シグナムの表情が怪訝なものになる。
 なんとも掴みどころのない相手。シグナムが一番苦手とするタイプなのかもしれない。
 ただ、当の彼女は真剣に悩んでいるようで、暫くの間うんうんとなにやら葛藤し続けていたが、

「まぁ、いいでしょう。では、借り物の名で申し訳ありませんが、私のことはとりあえずリニスとお呼び下さい」

 そう言って、優雅に一礼するリニス。告げられたその名に、シグナムは再び眉根を寄せる。
 やはり、その名はどこかで聞いたことがある名前。

 どこかで見たことのある容姿に、どこかで聞いたことのある名前。それが彼女の脳裏に引っ掛かる。

「あなたは、シグナムさまですね。以後お見知りおきを」
「私のことを知っているのか……?」
「ええ、いつもフェイトがお世話になっております……
 と、まぁ、これも本来ならば私のセリフではないのですが」

 唐突に告げられた友にして好敵手の名。
 そして先程シグナムを襲った見覚えのある三条の閃光――あれはフェイトの得意魔法であるプラズマランサーのそれに酷似していた。

 それらの情報から、シグナムはようやく思い出す。
 かつて見せてもらった写真に写るフェイトの魔法の師の姿と名前を。

 だが、彼女は既に――

「ああ、申し訳ありません。私はロストロギアによって作り出された彼女の偽者でしかありません。
 ですからまぁ、お気になさらずに」

 シグナムが新たな疑問を思い浮かべる前に、微笑を浮かべながら、ただ事実のみを淡々と語るリニス。
 そこには、こちらを惑わそうとするような駆け引きなど僅かも感じさせない微笑。

「かつてフェイトと共にいた彼女ではなく、今の私は喋って、動く、
 仮初の記憶を与えられた、ただの魔法の塊でしかありません」

 自虐ではなく、ただ淡々と事実を語るリニス。

「ただ唯一自負があるとすれば、偽りの身とは言え、
 今の我が主に仇なすものを見過ごすわけにはいきません」

 そう言って、視線を自らの主へと向けるリニス。
 だが、視線の先には雨でぬかるんだ大地に頭から突っ込み、泥まみれのままうつ伏せに倒れ伏す少年が一人。
 リニスはしばらくその姿を見詰めた後、ゆっくりと視線をシグナムへと戻した。

「…………我が主をあのような目に遭わせるとは……許しません! 覚悟してください!」
「い、いや、ちょっとまて、奴を吹き飛ばしたのはオマエではないか!?」
「問答無用!!」

 シグナムの当然の言い分もそのままに、リニスは一気にこちらへと距離を詰めてくる。
 その動きに、シグナムは反射的にレヴァンテインを振りかざし――歯噛みした。

 彼女がリニスの動きに遅れをとった訳ではない。その逆だ。

 シグナムは一切の手加減なく、振りかぶったレヴァンテインの一撃を迫り来るリニスに向けて打ち放っていたのだ。
 未だに全容の掴めない今回の事件の関係者だ。
 できることならば無傷で拿捕したいところだが、シグナムの一閃は容赦なく振り落とされる。
 反射的に放った一撃は全力の一閃。直撃すればただではすまない。 

 だが――信じられない事が起きた。

 本来ならば、正確にリニスの身を打ち据える筈の一撃は、
 鋼を打つような甲高い打撃音が鳴り響くと同時に、無理矢理その軌道を変えられていた。

 激突の瞬間、リニスが放った掌底が、レヴァンテインの刀身を真横から打ち弾いたのだ。

 言葉にするならば、たったそれだけのこと。
 だが、高速で打ち下ろされる刀身に正確無比な一撃を入れることなど、狙って出来ることではない。
 難易度で言うのならば、まだ受動的な行動である分、真剣白羽取りで防がれる方が信じられるだろう。

 だが、事実として必殺の剣閃を弾かれたシグナム。その隙を突くように、リニスは彼女の懐――
 レヴァンテインですら射程外となる超至近距離へと踏み込み――

「把ァッッ!」

 大気を震わせるような強烈な雷声と共に、
 大地を踏みしめたリニスの肘打ちがシグナムの腹部へと突き刺さった。

 バリアジャケットの防護さえ貫く衝撃。
 まるで稲妻に穿たれたかのように、腹部がごっそりと持っていかれる感覚。
 その一撃にシグナムの表情が歪む。

 それでも咄嗟に掬い上げるような蹴撃を放ったのは見事としか言いようのない反射行動だった。
 リニスはそんなシグナムの蹴りをあっさりと回避するが、その分距離を離す事には成功する。

 その動きを見詰めながら、シグナムは腹部を抑え、膝を突きそうになる我が身を必死に鼓舞していた。
 僅か一撃で、足腰に深刻なダメージが浸透していた。それほどまでに重い一撃。

「ぐ……なんという一撃だ……」

 想像以上に強烈な打撃を受け、シグナムの表情が苦悶に歪む。
 無傷で捕らえようなどとあまりにも愚かしい考えだった。
 彼女の技量はシグナムが想像するより遥かに高位の場所にある。

「例えこの身が紛い物であれ、元はSSランクの大魔導師によって命を与えられたこの身、
 油断なされない方がいいですよ?」

 身構えながら呟くリニス。その言動は確かな自負と誇りに満ちている。
 対するシグナムもゆっくりとレヴァンテインを掲げ、その切っ先をリニスへと突き付けた。

「ご忠告痛み入る……次は本気で相手になろう」

 その切っ先が、僅かに震えていた。彼女の身からダメージが抜け切っていないことの証左だ。
 しかし、その瞳に宿る意思の炎は先程よりもなお激しく燃え上がっている。

 約束を交わしたわけではない。それでもシグナムは果たさねばならない責務があった。

 バカを殴って連れ帰る。それを為す為にも、ここで倒れるわけにはいかなかった。

「いいでしょう。ならば私も正々堂々、全力でお相手させていただきます」

 そう言うや否や、彼女の周囲に輝く光球が八つ、彼女の周囲を漂う衛星のように現れた。
 フォトンスフィア。
 彼女の得意魔法であるフォトンランサーの為の発射砲台たるそれが、彼女の身を守るように展開する。

 圧倒的なまでの弾幕を形成し、中距離を制する事の出来る魔法だ。
 多少の性能差があるとしても、幾度ものフェイトとの模擬戦で、その魔法の恐ろしさを誰よりもシグナムは知っている。
 加えて先程その身を持って味わった、レヴァンテインすら満足に振るうことの出来ない超至近距離から放たれる恐ろしいまでの格闘攻撃。

 さすがフェイトの師と言ったところか、近中距離においてまるで隙のない戦闘スタイルを確立している。
 フェイトと同様、シグナムにとってけして相性の悪い相手では無いが、逆に言えばその技量如何ではどちらに転がってもおかしくは無い相手だ。
 加えて先に受けた強烈な肘打ちのダメージが抜けていない。

 ――いざとなれば腕の一本程度は。

 そこまで覚悟して、初めて勝機を得ることのできる相手だと、シグナムは改めて思う。
 その表情に、緊張と覚悟の色を載せ、シグナムはしかと相手を見据える。

「では、参りますっ!」

 先に動いたのはリニスだった。彼女は一足飛びに背後へと飛翔したかと思うと、
 追随するフォトンスフィアから大量のフォトンランサーをバラまき始めた。

 降り注ぐ雨に負けぬ勢いでこちらへと飛翔してくるフォトンランサーの群れ。
 一発一発の威力はそれほどでも無いが、これほどの量を浴びれば流石のシグナムとて無事ではすまない。

 反射的に、シグナムも距離を離すように後方へと飛翔し、迫り来る光の弾幕を回避する。
 だが、大きく後方へと飛翔した瞬間、シグナムはある事実を悟った。

 ――違う!?

 迫り来る弾雨は、シグナムを狙っていなかった。
 リニスの狙いはもっと下、雨でぬかるんだ土の地面だ。

 そして、着弾。

 フォトンランサーの衝撃に柔らかくなった地面は水飛沫を上げるかのように、
 盛大に泥と化した土を宙に舞い上げる。
 それも始めから計算された角度――すなわち、後方に着地したシグナムの視界を遮るかのような形で、だ。

 完全に視界を泥の波に覆われ、シグナムはリニスの姿を見失う。彼女の目晦ましが成功した証だ。
 この隙に接近され、先程のような強烈な一撃を喰らえばさすがのシグナムといえ、タダではすまない。

 しかし――

「舐めるなぁっ!!」

 裂帛の咆哮と共に、レヴァンテインがカートリッジロード。
 そして次の瞬間、その白銀の刃が次々と分解していく。
 それぞれを鋼の鞭で繋いだ連結刃と化すレヴァンテイン。シグナムはなぎ払うように、刃を一閃させる。

 それだけの挙動で、連結刃はそれ自体が意思のある大蛇のように、
 その身をくねらせ、宙を疾駆し、何もかもを切り裂く。

 シグナムを中心とした竜巻の如き刃の嵐は、宙を舞う泥水の幕を切り裂き、あっさりと吹き飛ばす。
 僅か一瞬で、リニスの目晦ましが全て吹き飛ばされる。
 彼女の思惑を跳ね除けたことで、先の一撃に一矢報いることの出来たシグナムに僅かな笑みが生まれる。

「この程度で、私を止められると思われては困るな……」

 泥の壁の向こうにいるリニスに向かって、告げるシグナム。だが、しかし――

「…………む?」

 誰も、いない。
 跳ね除けた泥水の向こう側、そこにはリニスの姿はなかった。

 いや、それだけではない。先程まで彼女達の傍らで転がっていた筈のエリオの姿すらいつの間にか消えていた。
 その事実に、冷静沈着を旨とする彼女にしては珍しいことに、明らかな怒りの表情を浮かべるシグナム。

「あ、あの女……まさか……」

 そう、リニスは正々堂々と、全力で――シグナムから逃げ出していた。



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