LIGHTNING STRIKERS : BREAK 01-05


「ほーら、いつまで寝てるんですか。さっさと起きて下さいよー」

 頬と頭の痛みで、エリオ・モンディアルは目覚めた。
 うっすらと瞼を開けば、こちらを覗き込んでいるリニスの姿が視界に映る。
 差し出されたその両腕は、正確にエリオの顔へと伸ばされ、その柔らかな頬を遠慮なく引っ張っている。

「……にゃにほひてるんれふ?」
「あ、起きましたか。いやぁ、よかったよかった。
 シグナムさんでしたっけ? アナタあの女剣士にボコボコにやられてもう大変だったんですよ?
 まぁ、そこはこの優秀な使い魔である私が命を掛けてお助けして差し上げたわけですが。
 あ、感謝の言葉は幾らでも受け付けますよ。
 あと、側頭部が痛むのはその時受けた傷が原因です。けっして私の所為じゃないので悪しからず」

 意識を取り戻したばかりで、まるで頭の中が整理できていない状況のまま大量の情報がもたらされる。
 微笑みを浮かべたまま矢継ぎ早に告げるリニスだが、当然そんなふうに一気に言われたところでエリオが理解できる筈も無い。
 けれど何故か騙されているような気はした。

「ここ、は……?」

 だが、とりあえずそれは置いて現状確認に努めるエリオ。

「まだモンディアル邸の敷地にある森のなかですよ。
 とりあえずシグナムさんは煙に巻きましたけど……まだ追ってきてますね。それに彼女以外にも追跡者が数名」

 ふと、真剣みを帯びた表情で木々の向こうを見詰めながら告げるリニス。
 その表情が、未だ油断なら無い状況のままであることを明確に告げていた。

「そうです……か、犯罪者っていうのは思ったよりも大変なものなんですね……」

 冗談交じりに呟きながら、もたれ掛かっていた大きな木の幹から背中を離し立ち上がるエリオ。
 リニスの言うとおり、頭の横からずきずきとした痛みを感じるが、動けないほどではない。

 それを確認すると、エリオは傍らに置いてあったハルベルトを持ち上げる。
 だが、そのまま一歩踏み出そうとしたところで、足元がフラつく。

「私が言うのもなんですが、そんな身体で何するつもりなんですか?」
「……ボクの邪魔する人を叩き潰しにですよ」

 そうすれば自分が求めている物に辿りつけると信じて淡々と答えるエリオ。
 そんな彼の姿に、リニスは大きく溜息をひとつ。

「まぁ、それが貴方の望みなら邪魔はしませんが……
 でしたら、その前に足かせを外していかれた方がいいんじゃないですか?」

 リニスの提案。その言葉にエリオは立ち止まり、リニスの方へと振り返る。
 まっすぐ見詰めるその表情は真剣そのものだ。
 対して、リニスはどこか飄々とした様子のままだ。

「なにを……言ってるんですか?」
「ですから……あなたの体調不良の原因はシグナムさんにやられた所為じゃないってコトです。
 その頭痛は魔力が枯渇しているのが原因……って貴方も気付いてますよね?」

 エリオの体調を正確に告げながら、リニスは呟く。

「私が、あなたの魔力をバカみたいに消費してるんですよ」

 エリオは、二度同じような頭痛に襲われている。
 そのどちらもが、リニスが激しい魔力行使――戦闘を行なった直後の出来事だ。

 ロストロギア・シュピーゲルによって形作られた魔力生命体であるリニスは、
 ただ存在するだけで契約者であるエリオ・モンディアルの魔力を消費する。

 シュピーゲル自身にもリンカーコアと同様、大気中の魔力を収集、変換する機能が備わっているものの、
 大規模な魔法を使用すればあっという間に枯渇し、余剰分は契約者たる存在に負荷となって跳ね返ってくる。

 基本的には使い魔の生成と同様、己の魔力を餌として目的を達成するまで一時的に実体化させておく、
 というのがシュピーゲルの正しい使い方だ。
 でなければ、このように使用者には多大な負荷がかかることになる。
 悪ければ魔力暴走により廃人になりかねない。

「だけど、解決するのは簡単です。
 一言、消えろと命じて頂ければ私の存在は消え失せ、実体化に必要な魔力も貴方の元に戻ります――
 それならば、まぁ勝率は低いでしょうが、逃げるだけならなんとかなるでしょう」

 自らの消失――いや、死そのものさえ主の願いを叶える手段の一つとして提案するリニス。
 その解決方法は、エリオも知っていた。彼がシュピーゲルの契約者である以上、ある意味当然の事だ。
 だが、それをリニス自身が提案してくるとは思わず、驚嘆の表情を浮かべる。

「貴方は自分が死んでもいいって、言うつもりですか?」
「私はそもそも生きてなどいませんよ。
 何度も申し上げましたけど、私はロストトギアの力によって作られた模造品でしかありません。
 用が済めば消えるのが当然の人形」

 何もかも、納得済みだとでも言うかのように応えるリニス。

「それに例え私に仮初とはいえ命があったとしても、私の本質は使い魔。
 主の為に造られ、主の為に生き、そして主の為に消えるのが、私の努めです。
 主の足枷となりながら存在し続けることに、意味なんてありません。
 いいえ、それは私達という存在を貶めることにしかならないんです」

 かつて、主の意に殉じて――主の幸せを願って消えていった一人の使い魔がいた。
 だから、彼女と同じ名を持つリニスもそうする。それはただそれだけの話なのだろう。
 しかしそんな彼女の言葉は、

「ふざ……けないでくださいっ!!」

 エリオの、どうしようもなく心の奥底を刺し貫いていた。

「造られた命なら、使い捨ててもいいって言うんですか!?
 生きたいって、幸せになりたいって願っちゃいけないんですか!!」

 自分自身が、運命に弄ばれた存在であるからこそ、エリオは反発する。

 醜くてもいい、みっともなくてもいい。
 それでも叶えたい願いがある。それを叶えるまで何を犠牲にしてでも生き残ると彼は誓った。

 けど、だからこそ、同じような境遇でありながら自らの死すら手段の一つとして捨てようとするリニスの言葉を、エリオは認めるわけにはいかなかった。

 だが、激昂するエリオをリニスはひたすらに冷静に見詰める。我侭を言う子供を諌める母親のように。

「私に、生き恥を晒せと、そう命令して頂ければ、私は自ら死ぬことを許されないでしょう」

 シュピーゲルによって造られた彼女は、契約者の命令に逆らうことは出来ない。
 結局のところ、彼女に自由意志など無く、すべてはエリオの考え次第なのだ。

 だが、なんと言われようとも彼女の信念が折れる事はない。

 主の為に造られ、主の為に生き、そして主の為に消える――それが彼女にとっての誇りなのだろう。

 だから、それこそが最大の侮辱であると言わんばかりに冷淡な声を紡ぐリニス。
 けれど、エリオもまた誰かの言葉で己の意思を捻じ曲げる事はない。

「ボクが命令すれば、貴方は死なないのですか?」
「それが、貴方の望みならば」

 ただ事実を語る機械のように、淡々と答えるリニス。
 それを受け、エリオは暫し考えを纏めるように口を噤み
 ――しかし、確固たる意思を持ってリニスへとその眼差しを向ける。

「ならボクは貴方に命令する。生きろ。どんなことがあったって、貴方が自ら死ぬことをボクは許さない」

 それは契約。エリオがシュピーゲルの主である以上、けして破ることの許されない絶対服従の命令だ。

「承りました。我が主」

 その命令を、リニスは粛々と受け取る。どこまでも固い、拒絶するかのような声音で。
 結局のところ、彼と彼女はその根源を同じくしながら、あまりにも相反する存在だった。

 その意思と心は、まったく別の方向を向いていて、けして受け入れられることなどない。
 それほどまでに、相容れない存在なのだ。

 だけど、だからこそ――

 了解の言葉を最後に、拗ねているかのように、けしてエリオと視線を合わせようとしないリニス。
 言葉にするならば、もう口も利きたくない、と言った様子だ。

 そんな彼女に対し、エリオはどこか緊張した面持ちで――けど、なにかを決心したように、リニスの右手をしっかりと掴んだ。
 予想外のそのアクションに、リニスも思わず驚きの表情を浮かべ、慌てたようにこちらに視線を向ける。

「な……なんですか。私、これでも結構怒ってるんですが」

 それでも憮然とした表情を見せ、不機嫌をアピールするリニス。
 そんな彼女に、エリオは言う。

「ボクの手を……握っていてください」
「…………はい?」

 あまりにも突飛な言葉。さすがのリニスも面食らったようで、頭の上に疑問符を浮かべている。

「夜……眠れない時に、ボクの手を握っていてほしいんです。命令じゃない……
 それがボクの願い。生きる意味が必要ならボクが与えます。だから――」

 ぎゅっと、掴んだその手を離さぬように、しっかりと握り締めながらエリオは言葉を紡ぐ。
 主の為に造られ、主の為に生き、そして主の為に消える、孤高の使い魔。

 ならば、だというのならば――

「ボクの為に居て、ボクの為に生きて、そしてボクの為にこの手を握っていてください……」

 ただ主の願いを叶えるために。ただ主の幸せの為に。
 それでもいい。なにかに縛られ続けようとも死んで欲しくないと、消えて欲しくないとエリオは願った。

 例え造られた存在であろうと、生きていていいと、幸せになっていいと、エリオは言われたかった。
 だから、エリオはリニスに伝えたのだ。

 ボク達の幸せの為に、ずっとそこに居て欲しいと。

 それが、けして同じ方向を向くことのない、二つの意思と心が交わることの出来る瞬間だった。
 そんなエリオの想いを、願いを、信念を――正しくリニスは理解したのだろう。

 どこまでもまっすぐな瞳で、こちらを見据えるエリオを見て――笑った。
 上半身を折り曲げるようにくの字に曲げながら、クツクツと軽やかな笑い声が漏れてくる。

「な、なにがおかしいんですか!」

 そんな彼女の態度に、抗議するかのように叫ぶエリオ。
 リニスは笑いすぎた所為か目尻に浮いた涙を自然な動作で拭いながら、

「い、いえ……ま、まさかこんな状況でプロポーズされるとは夢にも思っていなかったもので」
「プッ、ぷろっ!?」

 予想外の言葉に、激しく動揺するエリオ。確かに第三者的に見ればそうとられてもおかしくない言動だ。

「な、なに馬鹿なこと言ってるんですか!
 これは……その、ボクの自己満足で…………ただ、同情してるだけですよ」

 慌てて否定するエリオ。だが叫ぶように放たれた言葉は自信なさげにだんだんと小さくなっていく。

 同情という言葉が正しいかどうかは解らない。
 ただリニスの境遇と自分の境遇を重ね合わせ、感情的になったのは確かだろう。
 よくよく考えれば、自分が正しいことをしたのかどうかすら解らない。

 いや、おそらくそれはただの自己満足なのだろう。

 自分がそうありたい、という願いをリニスに押し付けただけなのだ。
 そう考えると、途端に自分のしたことがひどく矮小なことに思えて――リニスの手を握るその力が失せていく。
 けれど、その小さな手はぎゅっと、再び相手から優しく握りしめられた。

「私は今から正しく、貴方の使い魔となります」
「……え?」

「これは契約です。ロストロギアによって繋がれた仮初のものではない――魂の契約。


 暗い夜に、貴方が膝を抱え震えているならば、
 私はその寂しさを紛らわす為に、貴方の手を握りましょう。
 悪夢ではなく、貴方が優しい夢を見れるように」


 瞼を閉じたまま、訥々と歌を謡うように言葉を紡ぐリニス。

「もしも貴方がそれを望んでいただけるならば、
 私は貴方の為にここに居て、貴方の為に生きて、そして貴方の為にこの手を握りつづけるでしょう」

 そして、沈黙が流れる。リニスはどこか緊張した面持ちのまま瞼を上げ、上目遣いにエリオを見上げる。

「だから……望んで、いただけますか?」

 どこか、不安そうな声。
 それでも、確かにその手はしっかりと、縋るように握られていて――。

「ボクも、貴方が暗い夜に共にいてくれる事を、望みます」

 ぎゅっと、その手を握り返した。


 ●


「二手に、分かれましょう」

 立ち上がったリニスが威風堂々と告げた。
 既に彼女とエリオの手は繋がっていない。だが、その表情に迷いはない。
 今はただ、新たな主の為に生きることをリニスは心に決めていた。

「私が追撃してくる方々の足止めをします。その間に貴方は安全圏まで先行してください」
「なっ……なに言ってるんですか。貴方はまたそんな自分ひとりだけ死にに行くような――」

 あまりにも無謀なリニスの物言いに思わず反論するエリオ。
 しかしリニスは余裕の表情で彼の額に人差し指を当て、その動きを止める。

「勘違いしないでください。今はこの場から離脱できる一番確実な方法を提案したにすぎません」
「だからって貴方一人が無茶をする必要は――」
「えっとですねぇ、ぶっちゃけると魔力が殆ど残ってない貴方が戦場に残ってると傍迷惑なんですよね?」

 呆れたような口調で呟くリニス。
 そのあまりにも的確に急所を抉る一言に、エリオも勢いを失い押し黙るしかない。

「だから、とりあえず貴方は敵の手の届かない場所にまで撤退して、少しでも安静にしていてください。
 その代わり、私は貴方の魔力をお借りします。
 多少は疲労を感じることになるかもしれませんが、そこは覚悟していてください」

 もはや憚る事無く、エリオ自身にも迷惑を掛けると明言するリニス。
 その代わりに、ここは自分に任せろと、彼女は言う。

 それはギブアンドテイクとは少し違う――信頼した間柄だからこそできる遠慮のない言動。
 ヤケになっているのでも無茶をするわけでもない。
 そうしたいから、彼女はそうすると言っているだけなのだろう。

「契約しましたからね……勝手に死んだりしないでくださいよ」

 それでも、釘を差すように呟くエリオ。納得はしているが不満な様子は隠さない。
 そんな主の姿を見て、リニスは嬉しそうに笑う。

「はいはい。なんならもう一度、手をお貸ししましょうか?」

 おかしそうに手を差し出してくるリニス。
 そんな彼女を、エリオは一瞬だけ睨みつけると踵を返し、深い森の奥へと歩き出す。

「……先に行って待ってますから。早く追いついてきてください」
「はい、我が主」

 最後にたったそれだけの言葉を交わし、別れる二人。
 次の瞬間には二人とも疾走を開始し、それぞれの戦場へと向かってひた走り始めた。


 ●


 雷光が暗い夜の森を一瞬だけ真昼の輝きで満たした。

 その閃光の中を、一人の少年が駆ける。
 追われているかのように、追いかけているかのように。

 駆ける、駆ける、駆ける。

 その表情が偶に苦悶に満ちたものになる。
 痛みに耐えるように。

 その痛みを確かな対価として、抗うのではなく教授する。
 それが彼女が生きている証だと信じて。

「――なにやってるんだ、ボクは」

 自虐するように、でも楽しそうに呟く少年。

 だが、その表情がふいに緊張を帯びた。
 痛みによるものではない、進行方向から感じるかすかな気配。
 足を止め、少年は戦斧を構える。

「……誰だ」

 低く呟く。魔力はなく、体調も万全とは言えない。

 戦闘になれば頼れるのは己の腕と、手の中にあるデバイスだけだったが、
 それでも何もしないうちに諦めるつもりは僅かもなかった。
 戦斧の切っ先を気配のする方向へと向ける。

 そして、彼は、ゆっくりと木々の隙間から姿を現した。
 ボロボロのフード付きコートで全身を覆った謎の人影。

 顔貌も氏素性も知れない何者か。
 だが、その姿を一目見た瞬間。少年はそれがなんなのか誰よりも正しく理解した。

 知らず、その唇が禍々しく笑うように歪み、その名を紡ぐ。

「シックザール……」

 噛み付くように紡がれる言葉。それにシックザールと呼ばれた人影が反応した。

 彼はフードの奥でぎらぎらと灯る、怒りと嘆きの感情でぐちゃぐちゃになった眼差しで少年を睨み据える。

「なんで、あんなことを……」

 どこかで聞いた事のある声が、フードの奥から怨嗟の呟きのように漏れた。
 そのまま彼は、コートの下に隠していたそれを取り出し、少年へと突きつける。

 それは一本の長槍。中身のない抜け殻と化したただのデバイス。

 それを怒りのままに少年へと付きつけ、シックザールは吠える。

「なんで僕じゃなくて、フェイトさんやキャロを傷つけた!!」

 雷光が暗い夜の森を一瞬だけ真昼の輝きで満たした。
 その光が、暗いフードの中身を照らし出す。



 そこに居たのは、エリオ・モンディアルという名の少年だった。



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