LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 02-02



 そして、時間は現在へと。

 時刻はもうすぐ宵明を迎えようとしていた。
 雨は止んでいるものの、曇天が空を遮り未だに世界は夜の闇に包まれたまま。

 そんなミッドチルダ東部。

 都市開発が行なわれること無く、いまだに大規模な自然の残る森林区画。
 乱立する森の木々をかわしながら疾駆する二つの影があった。

 先行する影は夜闇の中でも美しく煌く金糸のような髪をたなびかせる女性だ。
 不規則に並ぶ木々がある為、前へと進むその動きはどうしても蛇行するような軌跡となる。しかし彼女の動きは淀みなく速い。
 傍目から見れば、まるで競技場のコースを全力疾走しているかのようなスピードで駆け抜けるその姿は、まさに疾風の如くと評するべきだろう。

 その背後、やや遅れ気味に彼女の後を追っているのは赤髪の少年だ。
 平坦な道では無いがゆえに、全力で走るうちに木の根に足を取られ転びそうにその動きは見ていて少し危うい。
 先行する彼女の美しいとさえ呼べる走ると比べるのは酷だが、疾駆するその姿だけ見ても実力差は明らかだろう。

「大丈夫? ごめん、ちょっと焦りすぎだね。私……」

 徐々に彼我の距離が離れて行ってる事に気づいたのだろう。先行する金髪の女性――フェイトはちらりと背後を確認すると、駆けるスピードを緩め、少年の隣へと並ぶ。
 そんな彼女の気遣いに赤髪の少年。シックザールはすまなさそうに視線を下げる。

「いえ、すみません。無茶を行って連れてきて貰っているのに、迷惑を掛けちゃって」

 少しだけ息を荒げつつ呟くシックザール。とはいえフェイトの本気についていける魔導師の方などそれこそ早々いるものではない。
 この場合、僅かな間とは言えフェイトが後進の人間の事を忘れ、全力疾走していた事そのものが珍しい。
 彼女も、表向きは冷静を装ってはいるが焦っているのだろう。

 それでも、シックザールが彼女の足枷となっている事は現時点では確かな事実だろう。

「邪魔だと思ったら、いつでも切り捨てて行ってください。自分の事は、自分でできますから」

 我ながら気休めだとは思うが、シックザールはフェイトにそう伝える。
 それに対し、フェイトはというと眉根を寄せ、一瞬困ったような表情を浮かべた後、

「うん、解った。いざとなったらそうするね」

 予想通り、とも言える反応。彼女の言う『いざという事態』が本当に起こるのか、シックザールとしてはできるならば明確にしておきたいところなのだが――。

『聞こえるか、テスタロッサ』

 そんな彼等の会話を遮るかのように、声が響く。同時フェイトの傍らに淡い輝きと共に投影陣(トレースウインドウ)が展開。
 フェイトの動きに合わせ、高速で移動する投影陣に映るのはシグナムだ。

「シグナム……どうですか、そっちの様子は」
『今のところ監査部の連中がおまえ達の動きに気付いた様子はないな。まぁ、いつまで欺けられるかは解らん、できるだけ急げよ』

 フェイトは、現在のところ重要参考人の関係者と言うことで監査部の監視下に置かれている。
 本来ならば、キャロのいる病院から出たところで尾行がついてもおかしくはない状況なのだが、
 それをシグナム含めたフェイトの友人達が協力してなんとか誤魔化している所だ。
 そんな彼等の助力にありがたい、と思う一方で、申し訳ないという気持ちもフェイトの胸に強く残る。

「本当に、すみません、シグナム……」
『気にするな。…………それにテスタロッサ。一つおまえに伝え忘れていた事がある』

 投影陣の向こうで、少し言い辛そうに言葉をつめるシグナム。
 そのまま彼女はひとつ息をつくと、

『先の戦闘で、おまえの知己を見た。ここにいるはずの無い、人物だ。幻影か、変装の類かは解らないが……』
「リニス――ですね」

 シグナムの伝えようとしている言葉を察して、こちらからその名を告げる。

『やはり、既に知っていたか――彼女が何者か、おまえはもう知っているのか?』
「はい。彼女は……私の思い出です。私の記憶のなかにいるリニス。彼女自身ではないですけど……わたしのよく知っている人です」

 ――そうか、と何かを覚悟したかのようなフェイトの言葉にシグナムは小さく呟いた。

『まともに剣を交わすことは叶わなかったが――あの者は強い』
「……はい。私に、戦い方を教えてくれた人ですから」

 シグナムの言葉に、フェイトはほんの少しだけ誇らしげに呟いた。

『……戦えるか?』

 勝てるか、とは問うてこなかった。
 だから、フェイトは力強く頷きを返し、

「はい、彼女が私達の前に立ち塞がるのなら」

 もう、弱いだなんて言わせない。
 守りたいものがある。救いたいものがある。
 だから、強くなりたいとフェイトは願い――言葉を紡いだ。


「よい、答えです」


 返事は、投影陣の向こうからではなく、深い木々の向こうから返ってきた。
 反射的に、フェイトとシックザールの足が止まり、その場で身構える。

 シン、と空気が震えるような沈黙が周囲を支配した。
 風の吹く音や、動物の鳴き声、木々の葉ずれの音すら消え、静寂が生まれる。
 まるでこの場を完全に支配しているかのような雰囲気を纏い、彼女は静かにフェイト達の元へと歩み出てきた。


「リニ……ス」
「こんばんわ、フェイト。また、会えましたね」


 ●


「リニス……」

 自分達の眼前に現れた彼女の姿を目にし、シックザールは胸の奥に掻き毟るような痛みが芽生えたのを知った。

 共に、生きる事を願った人。
 その思いは、同情から紡がれたものだ。

 彼女の生き様を自分自身のそれを比べ、どうしても納得がいかなかったからこそ、シックザールは彼女に生きていて欲しいと、そう願った。
 自分が彼女の生きる理由になれるのならば、それだけで自分の生に意味があるとそう思えた。
 そうしてシックザールとリニスは真に正しき契約を結んだのだ。

「おや、こんばんわ……“元”我が主」

 けれど、その契約はほんの些細な事であっさりと砕け散った。
 シックザールの呟きに、依然となんら変わらぬ柔らかな笑みを向けるリニス。

 ただ、その呼び名だけが、依然とは少しだけ違っていた。
 その些細な違いに、もはや埋めようの無い大きな溝の存在を感じる。

 裏切られた、とは思わない。
 恨む気持ちも、憤る気持ちも湧いたりはしない。
 ただ、そんな彼女の姿に、シックザールは泣きたくなるくらいの悲しい気持ちを覚える。

 シックザールにとって、リニスは唯一心許せる存在だった。
 彼女とだけは、なんのわだかまりもなく接することができた。

 なぜなら自分の存在は、よくも悪くも『エリオ・モンディアル』という名に囚われている。
 それはトーラス。キャロやフェイト。自分自身ですら逃れることの出来ない確執だ。
 エリオ・モンディアルという存在を知っていればそこにはどうしても比較すべき事柄が生まれてしまう。

 けれど彼女は、エリオを知らない彼女だけは、ただ自分を見てくれていた――。

 それはもしかするとシックザールの思い込みなのかもしれない。
 けれど事実、彼女と過ごしたほんの僅かな時間だけは、エリオと言う名を忘れる事ができたのだ。

 その事にシックザールは感謝していた。

 だから、深い絶望の底へ突き落とされた時、一度は彼女の手に掛かって死ぬことさえ良しとした。
 けれど――。

「さて、ではこちらの目的を一応明確にしておきましょう」

 そう、静かに呟いてリニスはゆっくりと、掲げた指先をシックザールへと突きつけた。

「私の目的は貴方を殺すこと。我が主が命令を下した以上、私は貴方を殺します」

 告げられた言葉に、胸の奥を襲う痛みがまた生じた。
 もはや死にたいと、そう願う事はない。
 なぜなら自分にはやらなければならない事がある。友達と約束したことがある。

 だから、その為にここで彼女の為に死ぬわけにはいかない。
 けれど――けれども。

「どうしようも、ないんですか?」

 尋ねる。最後の希望に縋るかのように。
 どうしたって、彼女と戦うことなんてできそうになかった。
 彼女が望むのならば、死ぬことさえ怖くなかった。

 二つの思いを抱えたまま、シックザールは尋ねる。どうにか、ならないのかと。

「そう……ですね、やはりここは愛の力などで一発逆転ホームランって感じでハッピーエンドを迎えるのも悪くは無いですけど……残念、ちょっと好感度が足りなかったみたいです」

 そう、いつもと変わらぬ様子で微笑むリニス。
 それは、まるで揺らいでないと言う証左だ。もはや言葉だけで運命を左右する事などできないと彼女の態度が雄弁に語っていた。

 彼女のそんな態度に、シックザールはただ悔しげに唇を噛むことしかできない
 例え運命に逆らおうとしても、彼女一人救うことのできない自分の弱さに、だ。

「大丈夫、安心して」

 けれど、そんな彼等の間を割るように、一歩を進み出た影があった。
 フェイトだ。彼女は右手にアサルトフォームのバルディッシュを下げたまま、ゆっくりとした足取りでリニスの視線を遮るように前へ。

「フェイト、さん」
「君は、先に行ってエリオを助けてあげて……私は――」

 フェイトはバルディッシュを振り上げ、その切っ先をリニスへと突きつける。

「彼女を、抑える」

 シックザールではなく、リニスに宣誓するかのようにそちらをしかと見据え、呟くフェイト。
 彼女そんな言葉に対し、リニスはただ黙したまま佇んでいる。
 そんな二人の姿を、シックザールは逡巡するよう交互に見据え――しかし、次の瞬間、彼は駆け出し始めた。

「お願い――しますっ」

 血を吐くかのような、言葉。フェイトはそれに対し背を向けたまま、静かに頷く。
 そのまま彼はフェイトの脇を抜けるかのように疾駆する。
 愚直なまでにまっすぐ疾走するその道行きは、ちょうどリニスの真横を通り抜けるかのような軌道だ。

 けれど、迷い無くただひたすら前を見据えて駆けるシックザール。
 そして、彼の身がちょうどリニスとすれ違いかけた瞬間だ。
 シックザールの声に、ほんの僅かな、注意していなければ聞き逃してしまいそうな程の小さな声が届いた。

「さようなら。我が主」

 届いた声に、シックザールはほんの僅かだけ視線を声のした方向へと向ける。

 瞬間、光が瞬いた。
 それは、こちらを貫こうと輝く魔力槍。切っ先は確かに彼へと向けられており、弓引くようなリニスの動きが解放されれば、その刃は一気にシックザールの身を貫くだろう。

 すれ違いざまの一撃。
 容赦なく、躊躇なくシックザールの命を刈り取るかのような一撃。
 別れの言葉と共に放たれたそれを、シックザールは為す術も無く、ただ見詰めていた。

 だが――。

 ギ、から始まる軋むような音が眼前に響いた。
 けして瞼を閉じようとしなかったシックザールだからこそ、何が起きたのかは一目瞭然だった。

 自分とリニスの間に、いつのまにか金と黒の影が割り込んでいたのだ。
 まさに目も止まらぬ様な速さでこちらの間に割り込んできた彼女は、手に持ったバルディッシュを一閃。
 投じられたフォトンランサーの一撃を弾き返したのだ。
 バリアプロテクションで防ぐのとは違う。まさに飛んでくる矢を打ち落とすような芸当を成し遂げながら、しかしフェイトは何一つ誇る事無く、ただ静かに告げる。

「貴方の相手は――私です」

 こちらに背を向けているため、フェイトがどのような表情を浮かべているのかは解らない。
 けれど、シックザールには為すべき事がある。

 彼女達の対峙を確認したシックザールは、今度こそけして振り返ることなく疾走を再開した。
 目指すはこの森の奥深くに存在する人造魔導師研究所。
 そこに、居るはずのエリオ・モンディアルを救うべくシックザールは夜の森を走り続ける。



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