LIGHTNING STRIKERS : ACCEL 03-04


 全力を持って振るわれたハルベルトの光刃は、魔力障壁を叩き割る。
 けれど、そこが限界だった。

 光の壁が砕けると同時。淡く発光していたハルベルトの魔力刃も同様に砕け散った。
 そして破損はそれだけに収まらない。度重なる酷使に魔力刃だけではなくハルベルトそのものにも深い亀裂が走る。
 度重なる酷使にデバイスそのものが耐え切れなくなっているのだ。

 対して魔力障壁は、未だに健在。
 何層にも及ぶ障壁郡は、その表層を幾枚か砕かれようと、その中枢には一切の衝撃を与えていない。

 シックザールの行いが無駄であったわけではない。
 証拠に障壁は残り一枚。たったあとそれだけの障壁を貫けば彼の拳はエリオを閉じ込める生体ポッドに届くのだ。

 だが――届かない。

 もはや限界間際のハルベルトでは障壁を砕くことはできない。
 例え砕くことができたとしても、時間という不可逆の存在がシックザールを追い立てる。

 残り五秒。

 それはもはや引き返すことすらもできない、刹那の時間。
 けれど。
 けれど――。

「まだだぁっっ!」

 諦めない。彼の瞳は、身体は、声は、けして諦めに潰れることなく前へと駆ける。
 砕けかけたハルベルトは使えない。
 だから、彼はハルベルトを待機状態へと瞬時に戻し、代わりに拳を握った。
 小さく、弱く、なんの力も持たない拳を、しかし力強く握り締め、振り上げる。

 そんな彼の掌に、巻きつけられているものがあった。
 それは、壊れた腕時計。

 文字盤が砕け、ベルトは千切れ、所々に罅の入った壊れた時計。
 もはや時を刻むことも無く、なんの意味も見出せない壊れた機械。

 けれど、それこそがキャロからシックザールへと託された最後の一欠けら。
 届かぬ筈の場所へと導いてくれる、確かな道。

「これで、終わりにしていい筈なんて無いんだっ!」

 叫ぶ。友から託された想いを胸に。
 届けと。伝われと。

「だれも、こんなオシマイは望んでなんかいないんだっ。だからっ、だから――っ」

 貫け、と高らかに叫ぶ。
 そんな言葉に、応えるものが二つだけ存在した。
 それは、砕けた腕時計に灯る、ほんの微かな光の文字列であり、

《Empfang.》

 浮かんだ文字列を静かに読み上げる、無機質な声だった。
 次の瞬間、シックザールの右手より眩い光が溢れる。
 掌から漏れるその輝きは、伸張し、収束し、確固たる姿を形成する。

 シックザールの掌から生まれる一本の突撃槍。それは振りぬかれた拳の勢いを乗せ、まるで槍投げの槍のように投擲される。
 一秒よりもなお速い、刹那の時間を使って空間を奔る閃光。
 そして、その矛先が強固な魔力障壁を――貫いた。

 刻まれたたった一点の綻び。それを基点として障壁全体がまるで細かいガラス片のように砕け散る。
 最後の魔力障壁を貫いた突撃槍の矛先は生体ポッドを覆う強化ガラスに突き刺さる。

 だが突撃槍の一撃が届いたのはそこまでだった。

 生体ポッドの中に詰まっていた培養液が、強化ガラスに刻まれた亀裂から吹き零れてはいるが、稼動音は鳴り続けている。
 まだ、エリオの記憶を奪い取ろうとするこの悪魔の機械は動き続けているのだ。

 制限時間が残り二秒を切る。

 あと、たったそれだけの時間で彼をこの機械から引き剥がさなければ全ては水泡に帰す。
 けれど、突撃槍を全力で投擲したシックザールはバランスを崩してしまっている。

 体勢を立て直す時間など――エリオを助けだす時間など残ってはいない。
 このままではエリオの記憶は失われ、全ては水泡に帰すだろう。
 だから――最後の最後、彼は残った力の全てを使って、

「さっさと、起きろォォッッ!!」

 空気を震わせる咆哮が、世界に響き渡る。

 ●

 世界が、砕けた。

 比喩ではなく、エリオ・モンディアルの視界に存在する白一色のどこまでも続く空間の全てが砕け散ったのだ。
 割られたステンドグラスのように、空からは無数という数の破片が降り注ぐ。

 穢れ無き白色の向こうに広がる空間は、まるで相反するような漆黒。けして光の届くことのない果てしない闇が広がっている。
 そんな崩壊する世界の姿を、エリオ・モンディアルはただ静かに見つめていた。

 やがてゆっくりと見上げていた視線を下ろすエリオ。その視線の先には寄り添い会う二人の男女の姿が今もそこにある。
 エリオは、そんな彼等の姿をもはや迷いのない眼差しで見詰め、静かに呟いた。

「ありがとう。父さん。母さん」

 彼の言葉に応える声は無い。ただゆっくりと頷く二人の姿だけがエリオからは見えた。
 それだけで十分だった。
 だから、エリオはそれを最後に二人に背を向け、再度壊れ行く世界の姿を見据え、ゆっくりと右手を伸ばし、何も無い虚空を握り締める。
 何かを掴み取るように、何かを手に入れるかのように。

「ストラーダ」

 呟かれる名前。目に見えずとも、すぐそこにある筈の愛機の名を呼ぶ。

《Was ist es? Der Meister(どうしました、我が主)》

 応える声は、どこまでも自然に。まるでずっと以前からそこにあったかのように、ごく自然に返ってきた。
 見る。握り締めた掌の中、そこに壊れた腕時計がある。
 置いてきた筈の、捨ててきた筈の相棒。
 けれど、それはまるでずっと彼の傍に居たかのように、エリオの右手にいつのまにか存在していた。

「まだ、僕に付き合ってくれるの? 一度は君を捨てた僕に」

 問いかける声。如何な理由があろうとも、一度はその存在を捨てた自分に、再び力を貸してくれるのかとエリオは尋ねる。
 その返事は迷い無く。どこまでも何時もと変わりない。

《Ja.Ich bin deine "Strada"(ええ、私は貴方の“道”です)》

 それは誓いの言葉。
 共に歩むと決めた、一機のデバイスが紡ぐ言葉。

《So weit wie du Spaziergang――Es gibt "Strada" in der N?he von dir(貴方が歩み続ける限り、“私”は貴方と共に在り続ける)》
「ああ、そうか……そう、だったよね」

 それはかつて、初めてストラーダと出逢ったときに交わされた言葉。
 その邂逅を、その誓いを彼は忘れてなどいなかった。
 最早エリオの双眸に葛藤や逡巡はない。ただ何かを決心したかのように、エリオは叫ぶ。

「ストラーダッ、セットアップ!」
《Empfang》

 光の文字が、壊れた腕時計に灯る。
 そして光が溢れた。金色の魔力の輝きが殻のようにエリオの身を包むと同時に、彼の手の中で巨大な光の槍が形作られる。

 時間にしてみれば一瞬の出来事だ。纏った金色の魔力の殻は次の瞬間に砕き割れ、その中からバリアジャケットに身を包んだエリオが一歩を踏み出した。
 その手には一本の突撃槍。身の丈程もある長大な槍だ。だが、エリオはその感触を確かめるように、まるで枝葉の如く長槍を易々と振り回す。
 彼の為にだけに造られたこの世でたった一つのデバイスだ。その程度の取り回しはエリオにとって呼吸するかの如き容易さでもって成し遂げることができる。

 そして、最後に深く身構えるエリオ。
 弓引くようにストラーダを構え、しかしその切っ先は目標――砕けた世界の空へと確かに向けられている。

「最大速度で一気にここを突破するよ、ストラーダ。カートリッジロードッ、ブースター、展開ッ」
《Explosion!》

 エリオの声に呼応し一動作で魔力装填が完了。ストラーダの排莢口から使用済みカートリッジが排出される。
 同時に、突撃槍の背面部に加速用ブースターが展開。排気口から溢れる魔力の粒子が燐光のように煌き、エグゾーストノートが限界を超えて世界に響き渡る。
 徐々に高まっていくその高音を直近で耳にしたまま――エリオは最後に一度だけ、振り向いた。

 名残惜しむかのように見据えた先、そこには未だに自分の事を見守ってくれている一組の男女の姿がある。
 そんな彼等の唇が、僅かに動いた。

 何か言葉を紡いだのだろうか。だが、耳元で鳴り響く爆音によってそれがエリオの元にまで届く事は無い。
 けれど、その想いは――確かにエリオの元にまで辿りついたのだろう。
 再び視線を天上へと向け、最早二度と振り返る事無く。けれどエリオもまた両親の言葉に応じるよう、小さく呟いた。

「行ってきます」

 それは、別れの言葉ではなく。旅立ちの言葉。
 いつかまた再開を約束する、願いの言葉だった。
 ストラーダのブースターに灯る光が臨界値に達する。故にエリオはまるで天を穿ち貫くかのようにストラーダを奔らせ――

「うおあああああああっっ」

 光爆が生まれた。
 弾ける輝きの奔流はそのまま推進力と化し、天上へとその身を押し上げる力となる。
 エリオが、飛翔した。

 ●

 シックザールの叫びに呼応するかのように、生体ポッドの強化ガラスが砕け散った。
 外側からの衝撃ではなく、内から外へと向かって砕き割れたガラス片が吹き飛ぶ中、白と蒼の色彩が飛翔してきた。

 白はその身を包むバリアジャケットのコート。
 蒼は彼がその手を持つ突撃槍に映える色彩だ。
 二色の弾丸と化した飛翔体は舞うようにコートを翻し、突撃槍もその軌道を追随する。

 動きは風を生み、宙に浮いた無数のガラス片を一斉に吹き飛ばした。
 肩膝を付いたままのシックザールの傍らへと着地する人影。

 その頭部は先程と同様、鋼色の無骨なヘッドギアに覆われている。しかしそこから繋がるケーブルやパイプは力任せに引き千切られており、もはやそれが何の意味もなさない事は一目瞭然だ。
 人影は突撃槍を持たぬ手でヘッドギアの縁に手を掛けると引き剥がすようにして、素顔を露にする。
 燃えるような赤毛に、まっすぐ前を見据える眼差し。
 記憶を失った抜け殻などではない。エリオ・モンディアルが確かにそこにはいた。

「ハ……ハハハ、遅いよ、ホントに」

 そんな彼の姿に、シックザールは安堵の表情を浮かべ肩の力を抜いた。
 我知らず肩の力が抜け、その場に崩れ落ちた。張り詰めた糸が切れるかのような脱力感に逆らえず、シックザールはその場に腰を落とす。
 そんな彼の眼前に差し出される手がひとつ。
 見上げれば、エリオがこちらを真っ直ぐ視線を向け、手を差し伸べていた。

「聞こえてたよ――君の声。だから僕も帰ってこれたんだ」

 そんな彼の行動に、シックザールもまた視線を逸らす事無く、エリオの眼差しをしかと見据えると、その手を取った。
 引き寄せられ、立ち上がる。
 視線の先、繋がれた掌の向こうには自分と同じ顔、同じ瞳をした存在が居る。
 けれど、もはやそこから目を逸らす事無く、苦笑交じりに唇を開く。

「そう言うセリフをよくもまぁ恥ずかしげもなく言えるよね、キミ」

 自分と同じ姿形をしている人間が、真面目なセリフを紡いでいる事に対し、妙な羞恥心情を感じ、それをそのまま素直に言葉にする。
 彼にとっては恥ずかしさを紛らわす為の言葉。
 けれど、言われたエリオはそんなシックザールに指摘された事で同様に羞恥に頬を染め。

「――なっ、君に言われたくないよ!? それになんだよ、君までさっきまで似たような事叫んでいた癖に!」

 売り言葉に、買い言葉。瞬時に二人の間に存在していた穏やかな空気は霧散し、なにやらギスギスとした空間が形成され始める。

「あれはキミを助ける為にやったことじゃないかっ。そもそも、なんでキミはボクとそっくりそのまま似たような事でうじうじ悩んでるんだよっ」

 ――自分のヤな所見せられてるみたいで恥ずかしいんだよ。とシックザールが不機嫌そうに呟く。

「そんなこと言われたって知らないよっ! いや、そもそも君が昔の僕にそっくりなんじゃないかっ! アレが何年前の事だと思っているんだよ。恥ずかしいのはこっちの方だっ」
「それこそボクの知ったこっちゃないっ! 大体なんなんだよ、あっさり捕まってた癖に偉そうに。こっちがどれだけ必死でキミを助けに来たのか解っているの!?」

 繋がれていた筈の手を、お互いに打ち払うように跳ね除け、そのまま怒りの表情も露に言葉をぶつけ合うエリオとシックザール。

「何言ってるんだよ。そもそも君が死にそうになっているトコロを僕が助けたからこう言う状況になってるんじゃないか! 責任転嫁するなよっ!」
「誰が助けてくれって頼んだんだよっ! そっちが勝手に割って入って来ただけだろっ!」
「なっ! なんだよそれっ! それを言うなら僕だって君に助けて欲しいだなんて一言も言ってないだろ!」
「ボクだってあの子の頼みじゃなきゃ、わざわざキミの為にこんなところまで来ないよっ!」
「あの子……あの子って誰だよ? まさか、キャロの事じゃないだろうね!?」

 あの子、という同年かそれ以下に対する呼び方。
 更には現在の自分の境遇を知っている人間とくれば該当する人物は絞られる。
 そして、エリオの推測は見事に的中していた。

「べ、べべべ、別にキミには関係ないだろ!?」

 何故か頬を朱に染め、半歩後ずさるシックザール。
 今までお互い一歩も引かない状況だった為、そのリアクションはやけに目立って見えた。

「なんだよその反応。なんで君がキャロと仲良くなってるのさ!?」
「なっ、なんでそんなことキミにいちいち報告しなくちゃいけないのさっ! いいだろ別に、こっちの問題なんだから!」
「いいわけないだろっ! キャロは僕の大切な家族なんだぞ!」
「それを言うなら、あの子はボクの大切な友達なんだよ!」
「なんだよそれっ!」
「そっちこそなんなんだよっ!」

 喧々囂々と、それぞれ噛み付きかねないような勢いで口喧嘩を続けるエリオとシックザール。
 お互いに手が出ていないのが、奇跡的とも言える状況だ。
 だが、そんな彼等の口論は瞬時に停止することになる。
 パン、パン、パンと断続的に打ち鳴らされる小さな快音。拍手と呼ばれるそれは室内に響き渡り、少年二人の言葉を遮った。

「ハハハハハハ、いやいや凄いなぁ。まさかここの魔力装甲が破られるなんてねぇ。凄いなぁ……やっぱり、人間の力って言うのはどこまでも侮れないもんなんだなぁ」

 拍手の音が止み、代わりに言葉が紡がれる。
 おかしそうに、楽しそうに紡がれる言葉。それを発しているのは、

「トーラス・フェルナンドッ!」

 そう呼ばれた男の姿が、二人の視線の先に居た。





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