リリカル☆マテリアル 私と僕と我の事情(2)



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 三十分後。マテリアル達は捕まっていた。

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 闇の書を構成するシステムの内、論理的思考を司る「理」のマテリアルは如何なる状況であろうとも、ありとあらゆる叙情的観念を排した判断を下すことができる。
 例えそうして紡がれた結果が己自身の消滅であったとしても、彼女はほんの僅かたりとも動揺することなくその結末を受け入れるだろう。

 実際にそうだった。
 自身の対存在である白き少女との戦いにおいて、敗北を悟った瞬間、彼女は平然と自身の消滅を受け入れた。

 それは、彼女が潔かったからではない。
 ただ、そういう風に、創られているだけなのだ。

 彼女はけして感情に左右される事なく、どこまでも論理的に物事を判断するように出来ているのだ。
 しかし、物事を判断するには判断材料が必要となる。
 故に、理のマテリアルは静かに自身の右側へと視線を遣る。
 そこには、手足をバインドによって束縛された力のマテリアルが打ち上げられた海老のように地面で跳ねており、

「こ、このぉー! ぼ、僕にこんなことしてただで済むと思うなよっ! こう見えても僕には百億万人のむくつけきし仲間がいて僕に何かあったらすぐさま駆けつけてくるんだぞっ!」

 歯を向いて叫ぶ力のマテリアル。既に彼女は重大な危機に陥っているのだが百億万人というありえない数の援軍が現れる気配は無い。
 そんな彼女をひたすら冷淡な眼差しで見詰めた後、理のマテリアルは視線を反対方向、左側へと向ける。
 そこには同じくバインドで簀巻き状に巻かれ、地面に転がされた王が仰向けの状態で首だけを出しており、

「クククッ、塵芥ども。まさかこの程度で王たる我を止められるとでも思っているのか……愚かっ! あまりにも愚か過ぎるぞ塵芥ァッ! このようなバインド我が本気を出せば三秒で解法することが可能よ! フフフ、しかし我は寛大よ。今すぐバインドを解除し泣いて謝るなら許してやらんこともないぞ……?」

 傍目から見れば春巻きの具状態でありながら、それでも偉そうに語る王。
 そんな彼女を理のマテリアルは五秒。なにも起きなかったので更に追加で五秒ほど待ったがバインドがレジストされる気配は微塵も無かった。

 そして最後、正面に向き直った理のマテリアルはいつもとまったく変わらない表情のまま、左右に転がる判断材料から導き出した論理的思考の結果を、躊躇う事無く実行した。
 それは両腕を万歳のようにあげる仕草であり、

「貴方達に降伏しましょう。ご対応をよろしくお願いします」

 そう告げる彼女の視線の先、見た目に限って言えば自分達そっくりの三人の少女達は、困ったように視線を交し合った。

「ど、どうしよう……?」

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 時間はおよそ三十分前に遡る。

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 闇の書の復活が叶わなくなった世界に、何故自分達が再び構成されたのか――その理由を探る為にマテリアル達は調査の為に外の世界へと赴いた。
 とはいえ当てのない調査だ。目的地はどこにあるのか、何を調べればいいのかさえ解らない。そんな目的そのものを探すための調査だ。明確な指針などある筈もない。
 それでもまず確認すべき事として理のマテリアルはこう告げた。

「とりあえず、この街の様子を調べましょう。どこかに闇の書の残滓が残っていれば失われた力を取り戻せるかもしれません」

 やる事は事態は「闇の欠片事件」のそれと変わらない。ここ海鳴市に残った闇の書の残留思念を掻き集め、砕け得ぬ闇の完成を目指すのだ。
 ただ、もはや闇の書の気配は希薄を通り越し、消失している。少なくとも感じられる範囲内にそのような気配はそれこそ欠片も存在してはいない。
 それでも、他に目的も無いためマテリアル達は一先ず「闇の気配探し」という名目の元、海鳴の街に繰り出した――のだが、ここで一つ問題が生じた。

 再構成に伴い、彼女達の魔力は闇の気配同様ほぼ枯渇していたのだ。現時点でその魔力量は構築体の器を維持するので精一杯であり、魔法行使も難しい状態だったのだ。
 それはつまり、結界を展開する事が不可能と言う事。
 本来ならば闇の気配を調べるには、雑多な人間の気配を遮断する為に結界の展開が推奨される。

 だが、出来ないのならば仕方ない――と論理的に判断した理のマテリアルは、結界を展開せず海鳴市を調査することに決めた。
 バリアジャケット姿のままで、だ。

「あ、あのさぁ……や、やっぱりこれ、そのマズくないかな?」

 始めに疑問を提示してきたのは力のマテリアルだった。
 足を止め、振り返ればそこにはマントで全身を覆い隠し、内股姿勢で足を摺りあわす彼女の姿がある。

 表情に浮かんでいるのは羞恥の感情だろうか。理のマテリアルにとってはあまりにも理解し難い代物だ。
 故に力のマテリアルの提示する疑問に理のマテリアルは首を傾げながら問い返す。

「マズい、とは何がですか? 特別問題が起きたようには思えませんが?」
「僕達のこの格好がだよ!」

 顔を真っ赤にし、叫ぶ力のマテリアル。対し理のマテリアルは「ふむ」と一度頷いた上で力のマテリアルの服装を観察する。
 彼女は今、黒マントで全身を隠すように覆っているが、その隙間から覗くのはまるでスクール水着のように布面積の少ない防護服だ。防御能力という点では些か頼りない印象を受けるが、

 ――機動性重視の動き易い防護服ですね。

 特に破損などは認められない。故に理のマテリアルはうんと納得の表情で一つ頷き、、

「ええ、論理的に考えて何も問題ありません」
「問題だらけだよ! 君も、君も! ていうか、さっきから僕達奇異な視線で見られているのになんで平然としていられるんだよ!?」

 そう言って、周囲三百六十度をぐるりと指し示す力のマテリアル。
 そこには数多くの一般人の姿があった。
 海鳴市繁華街は日曜の午前中ということもあり多くの人で賑わっている。

 人の波、とでも言うべき流れがそこにはあり、しかし上空から見ればぽっかりとエアポケットのような空白地帯が出来ている事に気づいただろう。
 マテリアル達だ。彼女達三人の周囲五メートル圏内に人々は立ち入ろうとはせず、しかしすれ違う最中、必ず視線を向けられ小声で何かを呟くものもいる。

「え? なにあれ……」「かわいー、けど、すごい格好ね」「コスプレって奴かな」「警察とか呼ばなくていいのかな」「まだあんなに小さいのに……」「ねー、ママー。あのお姉ちゃん達なんであんな格好してるのー?」「しっ、見ちゃいけません!」
「完全に僕達見られてるよね! 変な注目集めてるよね!」

 涙目で訴えかける力のマテリアル。
 だが、そんな彼女の訴えに王は「フッ」と嘲笑を浮かべ、胸を逸らした。

「自意識過剰な奴め。よいか、この塵芥どもはそなたを見ているわけではない――我を畏敬の念で崇めているのだ! これも王としての資質というものよ……!」
「いやっ背中っ! 羽、羽が出てるからだってば!! もっと良く周囲を見ようよ! ここに居る人達みんな背中に羽なんて生えてないだろう!?」

 力のマテリアルが人差し指で示す先、王の背中には確かに魔力光でできた六枚翼が展開している。そんな彼女の叫びに王は「む」と首を巡らし羽を幾度か羽ばたかせると、

「ふむ……さすが我。見た目からして塵芥どもとは格が違うと言う事か」
「何もかも違っているよ。ねぇ、気づいて! 僕達いますっごく引かれてるんだよ!」
「愚民を惹きつけて止まない我の魅力……これが罪か……」

 芝居がかった口調で悩ましげな溜息をつく王。力のマテリアルの表情が「ダメだこいつ、早くなんとかしなくっちゃ」と訴えかけていた。

「まったく、二人とも騒がしいですよ。だから注目を集めるのではないですか。論理的に考えて間違いありません」

 そう言いながら、己のデバイスを待機状態から一瞬で杖状へと変える理のマテリアル。そのあまりにも何気ない自然な動作に、しかし力のマテリアルが反応する。

「はい、アウトォーッッ!! てか、なにを街中で平然とデバイス出しているんだよ君はっ!」
「……正確性を上げる為にも闇の欠片の探索に、デバイスの使用は適切だと思いますが」
「だーかーらー! そういう問題じゃないんだってば。こんな街中で、人が見ている中でそういう事しちゃダーメーなーのーっっ!」

 ぶんぶんと腕を振り回しつつ、今にも泣きそうな様子で叫ぶ力のマテリアル。
 しかし、彼女の言いたいことがまるで理解できず、理のマテリアルはただ不思議そうに首を傾げるだけだ。
 そんな微妙に噛み合うことの無い会話を続ける彼女達の直上から声が掛かる。それはやや厳しい雰囲気を纏った成人男性の声で、

「あー、君たち。こんなところで何をしているんだ。親御さんは居ないの?」

 声のした方向を振り仰げば、誰かが通報でもしたのだろうか、制服警官が二人。
 彼等も白昼から現れたコスプレ少女三人組にどう対応すべきか迷っているのか浮かべているのは困惑の表情だ。

 その正体は解らずとも彼等がなんらかの治安組織であることを悟ったのだろう。力のマテリアルはビクッと肩を震わせる。
 だが警察の登場に、表情を青褪めさせているのは彼女一人だ。
 理のマテリアルはいつもどおりの無表情のまま、そして王はと言えば、

「……なんだ貴様等。我を見下すとはいい度胸じゃのう……ここで滅するか塵芥ァ?」

 なぜか不機嫌顔で国家権力にケンカを売っていた。見た目が小学生ぐらいの幼い少女とはいえ、反抗的な態度にこちらに手を伸ばしてくる、

「いいから君達。ちょっとこっちに――」

 と、伸ばされた手がマテリアル達に触れようとした瞬間だ。目の前から警官達の姿が消えた。
 いや、彼等だけではない。周囲を取り囲んでいた無数の人々がいつのまにか消えている。

 一瞬でゴーストタウンと化す海鳴の街。
 だが、正確に言えば消えたのは今までこの場に居た人々ではない。マテリアル達が、この空間に引きずり込まれたのだ。

 つまり、それは――

「結界、ですか?」

 自分達が造れぬ筈の魔術結界に、三人は何時の間にか取り込まれていた。
 それはつまり、この結界を造ったのがマテリアルではなく――

「ギ、ギリギリセーフかな……」
《don't worry.Master》
「うう、警察の人、顔覚えてへんかったらええけど……」

 無人の筈の街に、彼女達は居た。三人の少女だ。
 特徴を挙げるならば、そのうち一人は車椅子に座しており、そして――、
 良く、似ていた。着ている者は違うがその姿形がまるで間に鏡を置いているかのように瓜二つの少女達がそこにいる。

「貴方達は……」

 オリジナル。闇の書の欠片がマテリアルの器を構成する際、強力な魔導特性を持つ者としてモデルに選んだ三人の少女がそこにいる。
 中央、車椅子の少女を守るように一歩進み出ているのは理のマテリアルのオリジナルだ。

 名前は知らない。

 ただ、再びこうして相まみえた事に対し、胸の奥に何かが生まれたような気がした。言葉にできない何かが、だ。
 そんな彼女の左右、他のマテリアルと言えば、

「あ、あーっ! おまえらはあの時の! また僕達の邪魔をしにきたんだなっ!」
「く、くははは。塵芥どもめ、このような場所で遭えるとはな……いつぞやの怨み、ここで晴らしてくれるわっ!」

 言いながらデバイスを構える力のマテリアルと王。言葉にするなら「殺る気マンマン」と言った様子だ。
 そんな彼女達に触発されるかのように、オリジナル達も防護服を纏い戦闘態勢を取る。

「なんで消えた筈の君達が居るのかは解らないけど」
「さすがに見て見ぬフリはできそうにないなぁ……ちと、大人しぃして貰うで」

 張り詰めていく緊張感。そんななか、理のマテリアルだけが一人、棒立ちのままの状態で、

「あの二人とも、お忘れかもしれませんが……」
「うおおおおっっ、我の真の力、今こそ眼に物見せてくれるわぁっ!」
「ああ、僕達の本当の戦いは、これからだぁっ!」

 そう言って、それぞれデバイスを大上段に掲げ、オリジナルたちの下へと掛けていく力のマテリアルと王。
 そこへ、オリジナル達から手加減抜きで放たれた射撃魔法や砲撃魔法が直撃し、二人は一発で撃沈した。
 そのあまりのあっけなさに、オリジナル達が呆然とした表情を浮かべるのを、唯一攻撃に参加しなかったおかげで難を逃れた理のマテリアルがやはり無表情のままで、

「私達は今現在魔法が使えない状態なのですが……」

 しかし、小さく呟いた彼女の視線の先には黒焦げで倒れ付す二人の物言わぬ屍が無残に転がっていた。
 そうして時間は現在へと戻るのであった。



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