魔法少女リリカルなのは 星を砕く者 第6話 集う戦士達

 

 たくさんの人が泣いていた。

 

 この両手で守れるものはとても少なくて、

 

 全てを救うことなんて無理なんだって思い知らされた。

 

 でも、膝をついたりはしない。

 

 前に歩くことをやめたりはしない。

 

 諦めないことを、私はあの人に教わったから。

 

 この手が届かないならば伸ばせばいい。

 

 この手が足りないならば誰かに手伝ってもらえばいい。

 

 私は、必ず貴方を助けてみせる。

 

 星を砕く物語、はじまります。

 

 

 管理局地上本部襲撃事件被害状況報告

 

 本日正午過ぎ、少数の魔導師集団による管理局地上本部襲撃事件が発生。

 現場に居合わせた管理局所属魔導師による防衛行動が行われるが被害は甚大。

 地上本部は全壊、復旧の見込みは現在のところ無し。

 死者数行方不明者数は現在のところ不明、目下調査中。

 重軽傷者数も急速な勢いで増加中、被害者数は2000名を超えるものと予想される。

 これにあわせ時空管理局本局、および仮設地上本部に有事防衛体制が敷かれることとなる。

 

 ●

 

 そこは薄暗い場所だった。
 灯っているのは非常灯の薄い明かりだけであり広大な空間の殆どは闇に包まれている。
 唯一誘導ランプの灯る自分達の足元を眺めながらスバルたちはヴィータを先頭に薄暗い通路を歩き続けていた。
 あの襲撃事件が一旦の収束を迎えた直後、何者かから通信を受け取ったヴィータはスバル、そして別行動だったティアナとも合流しすぐにこの時空管理局本局へと赴いたのだった。
 スバルたちは詳しい説明は受けてはいない。いま自分たちがどこを歩いているのかすら理解してはいない。
 ただ黙々と薄暗い通路を歩き続けているだけだ。
 それについに痺れを切らしたのかスバルが前方を行くヴィータに声をかける。
「ヴィータ副隊長、えっと何処まで行くんですか?」
 ここに連れて来られたこと自体に不満を抱いているわけではない。ヴィータはスバルにとって信頼できる上官の一人であり、彼女がこうして自分達を本局まで連れてきたことには何らかの意味があることも理解している。
 しかし、その理由がまったく見当がつかない。
 なにしろ本局勤めであるティアナはまだしも、スバルは地上の特別救助隊の所属だ。
 おそらく、こうしている今現在も地上本部崩壊という未曾有の大災害に遭遇したクラナガンにおいて、特別救助隊には無数のスクランブルがかかっている筈だ。
 こうしてヴィータに連れて来られなければ彼女も、すぐさま特別救助隊の隊舎へと飛んで行っている事だろう。
 しかしスバルは今、こうして管理局本局の中に理由も告げられぬまま居る。
 信頼しているからとは言え、理由を聞きたくなるのは当然とも言えた。
 それを察してか先頭を行くヴィータは歩調は緩めなかったが、すまなさそうな声音で答える。
「悪ぃけど、私もなんでおまえたちを本局に連れてこなけりゃいけねえのか細かい理由までは聞いてねぇ。ただオマエたちを連れてきて欲しいと頼まれただけだ」
 ヴィータの言葉にスバルとティアナは無言のまま顔を見合わせる。
 こういっては何だが、この非常事態時に救助隊員であるスバルと、執務官補佐であるティアナをわざわざこんな場所にまで呼び出すような人物が居るとは思えなかった。
 そうして結局明確な理由が語られぬまま三人は歩き続け、ついにヴィータの足が止まった。
 その視線の先、僅かにライトで周囲を照らし出された場所にスバルたちとおなじく三つの人影がある。
 それはある意味彼女達のよく知る人物ばかりであった。
「久しぶりやなぁ、スバルにティアナ。急に呼び出してすまんな」
 そう言ってこちらに声をかけてくるのは元機動六課の部隊長である八神はやて。その背後にはシグナムも控えており、そして最後の一人、管理局の将校用の制服に身を包むのはクロノ・ハラオウン提督だ。
 スバルとティアナの表情が驚愕のそれに変わる。
 思わぬ人物との再開に驚いたこともある、しかしそれ以前に彼女達ははやてのその姿に驚きを隠せずにいた。
 それに気づいたはやては、なにやら困ったような笑みを浮かべて、
「ああ、すまんなぁ。出迎えもこんな格好になってしもうて」
 そう言ってギプスと包帯に包まれた右腕を軽く掲げる。それだけではない、はやての身を包む管理局の制服からはところどころ白い包帯の姿が覗いていた。
「や、八神部隊長。そのお怪我は!?」
 驚きのまま問いかけるスバル。しかしはやてはそんなスバルの問いかけに痛みを感じさせぬ挙動で薄く笑う。
「もう部隊長やないんやから……そやね、私もなのはちゃんみたいに『はやてさん』とか、もっとフレンドリーに呼んでもらいたいもんなんやけどなぁ」
 からかう様にそう言うはやて、しかしスバルの表情からは心配そうな色はまったく消えない。
 それを察してか、やはりはやては困ったような笑みを浮かべたまま続ける。
「なに、シャマルがちょお大げさにしただけや。別に命に別状があるってわけやないから安心しぃ……それに、今は私の怪我よりアンタ達にちょお頼みたいことがある」
 そう言って一歩下がるはやて、代わりに前へと歩み出てきたのは今まで黙したまま後ろに控えていたクロノだ。
 そこでようやくスバルとティアナは驚きの感情から復帰し、クロノに向けて敬礼を送る。
 それに対し、クロノは律儀に返礼した後、休めと手振りで指示した。
「楽にしてくれて構わない。いや、先に謝罪しておこうか。今回、君達をこの場所に呼び寄せたのは僕だ。忙しいところ本当に申し訳ない」
 そう言って頭を下げるクロノ。慌てたのはスバルたちのほうだ。
 なにしろ提督という立場の人間はスバル達からしてみれば雲上人そのものである。そんな人に頭を下げられてもどうすればいいか解らないというのが彼女達の正直な気持ちだ。
 それを察してか、はやてがおかしそうに言葉を挟む。
「クロノくん。スバルたちも困っとるよ。こんなお偉いさんに頭下げられて」
「まぁ、多少は偉くなったが僕の価値がそれで決まるわけでもない。二人とも、先に言っておくがこれは別に局の命令じゃあない。ここにいるのはあくまでクロノ・ハラオウンという個人だ。だからその点に対して律儀に対応する必要は無い」
 はやての冗談じみた言葉にも、やはり真面目な口調でそういうクロノ。
 しかし、そう言われてすぐに提督に気さくに話しかけれるほどスバルもティアナも傍若無人な人間ではない。
 背筋を伸ばしたまま、続く言葉を待つ。
 ここに呼び出された理由はクロノの登場によってますます不可解な物となってしまっていた。
「……そうだな、では簡潔に述べよう。18時間前、フェイト・T・ハラオウン執務官が極秘任務中に行方不明になった。現在もその消息は不明だ」
 だが、訥々と語られたその言葉に、スバルとティアナの顔色が劇的に変わった。
「ど、どういうことですか!? 極秘任務って……まさか……」
 特にティアナの反応はあまりにも顕著だった。悲痛な表情で訴えるようにクロノに尋ねる。
 それに対しクロノはやはり顔色一つ変えぬまま、言葉を続ける。
「言葉どおりの意味だ。彼女は任務中にその消息を絶った。現状解っているのはそれだけだ」
 自らの妹の生死すら解らないというのにクロノの声音はあくまでも冷静だ。
 だが、勿論それは上辺だけであろう。彼の胸中が今どのような感情に支配されているのかはわからないが、それに対し理性を持って必死で押し留めている事だけは確かであった。
 現在、フェイトの執務官補佐として働くティアナにとってもクロノは直属の上司である。
 その人となり、そして家族を思う心は十分すぎるほどティアナにも理解することは出来た。
 だから、彼女も続く無駄な言葉を飲み込み、クロノの次の言葉を待つ。
 その様子を眺めてから、クロノは一つ息をついた後に話を続ける。
「フェイト執務官は通常の命令系統を介さない特別な任務で第六十六管理外世界への調査任務の最中に音信不通となった。なお、ある理由により正規の救助隊の編成は不可能となっている」
「きゅ、救助隊が出ないって……なんでなんですか!?」
 今度はスバルがクロノの言葉に反応する……が、それをティアナの手が押し留めた。
 ティアナには自分達がここに呼ばれた意味を朧げながら理解しはじめていた。
 しかし『何故自分達が』という理由だけが解らない。だからスバルに目配せだけを送りティアナはクロノに続きを促す。
 それを受けてクロノは一度頷いた後、はやてのほうへと顔を向ける。同時にはやての傍にホログラムウィンドウの淡い光が灯った。
「その理由というのがコレや」
 現れたのは崩壊した建築物の映像。すぐにそれが何なのかスバルたちは解った。なにしろ先刻まで彼女達はその現場に居たのだから。
「地上本部襲撃事件。現状で解っとるのは少数のテロリストによる犯行ってことだけ。犯人は未だに捕まっとらん」
 その言葉にスバルが俯く、結局あの戦闘の後スバルたちは重要参考人であろう人物――ラフティを捕らえることは出来なかった。
 彼女はいつの間にか忽然と姿を消していたのだ。
 吹き飛ばしてしまったヴィータの所為ではない、あの時のヴィータの判断は――足手纏いにしかならない自分があの場所に居た状況では最適の判断だっただろう。
 相手との距離を一度離さなければ最悪の場合スバルが人質となっていた可能性もある。
 それが悔しい。自分がもうすこし強ければあの犯人だけでも捕らえることができたかもしれないという事実がスバルの上に圧し掛かる。
 はやては、そんなスバルの様子を少しだけ視界に納めた後、話を続ける。
「ただし、貴重な情報を得る事は出来た。少しばかり考えられへん事やけど犯人達は事件を起こした後、次元間跳躍魔法により別世界へと逃亡したことが判明した」
「え……で、でも単独での次元間跳躍なんてそんなの無理なんじゃ……」
 ティアナの戸惑いの声が響く。
 それもそのはず、現代の魔法技術において単独での次元間、および長距離転送は事実上不可能といっても過言ではない。
 しかるべき手順や魔法陣の構築、そしてなにより大規模な魔力が必要となるからだ。
 これを可能とするには次元航行艦、もしくは大規模な魔力路をもつトランスポートが必要となる。
 短距離での転送ならば可能とする魔術師は多いがそれさえも効果と比べて発動時間や消費魔力量が桁違いに多い。
 それが戦術レベルで転送魔法が使えない主な理由だ。もしそれが気軽に扱える魔法であるならば、わざわざ部隊をヘリで移送したりはしない。
 だというのに犯人達はそれを、しかも次元間跳躍という桁違いのレベルでやってのけたという、俄かに信じられる話ではない。
「まぁ別に不可能ってワケでもない。ウチの守護騎士たちも昔は単独での次元跳躍は可能やったからな」
 スバルたちがシグナムの方へと視線を向ける。
 彼女はそんな視線に一度咳払いしたあと、
「確かに単独跳躍は無理な話ではない。だが、それもかつての話だ。闇の書のシステムだった私達は転生システムを利用した単独での次元跳躍を可能としてはいたが、そのシステムから切り離された今ではそれも適わない」
 講釈するように述べるシグナム。それを聞いてスバルが若干言いにくそうに質問を口にする。
「えっと、それじゃあ、あの人たちは昔のシグナムさんたちみたいな……その……」
 プログラムか何かなのか、と直接口に出来ずに戸惑っているところにヴィータからの助け舟が来た。
「いや、おそらく違うだろーな。アイツラはおそらくだけどあのバカみたいな暴走魔力を完全に制御している。それを利用して力尽くで次元跳躍してるんだろーよ。もちろん、そんなんじゃ細かい短距離転送なんて出来ねーし、転送位置も予想どおりってワケにもいかねーだろうが出来ないことは無い」
 はぁ、と解っているのかいないのか、気の無い返事を返すスバル。
「えっと、すみません。それで先程のフェイトさんの件とこれらにどんな関係が……?」
 そこへ脱線しかけた話の筋を戻すようにティアナが促した。
 そんな彼女の質問にはやては一度頷いた後、未だに繋がりの見られない二つの事件を結ぶ事実を端的に言葉にした。
「解析の結果、この集団の転送先も判明した。それが、第六十六管理外世界」
 ここでようやく、点と点が繋がった。
「フェイト執務官は行方がわからなくなる直前、戦闘行為を行っていたと通信内容から判明している。おそらく相手は地上本部を襲ったのと同じ者達だろう」
 続くクロノの言葉にようやく救助隊が編成されない理由がわかった。つまるところ第六十六管理外世界は地上本部を潰したテロリストの本拠地だというのだ。
 そこに十分とは言えない戦闘能力の救助隊を派遣したところで結果はより悪くなるだけだ。更に、それに加え、
「先程も言ったが、フェイト執務官は極秘任務……正直に述べるならば僕からの個人的な任務に従って動いている。つまるところ管理局としては第六十六管理外世界に管理局局員は存在しないことになっている」
 これにより、スバルたちも自分がこの場に呼ばれた理由をようやく理解することが出来た。
「つまり、私たちが救助隊ってことなんですね」
 晴れやかな表情でそういうスバル。目的が出来たのならば後はそれに向かってひた走るだけだといった面持ちである。
 だが、そんなスバルに対してティアナはどこか浮かない表情のまま、遠慮がちに尋ねた。
「その、すみません。失礼を承知で伺いますが、何故私達なのですか?」
 ティアナに自分が選ばれたことに対しての不満は無い。むしろフェイトを助けるためならば無理を通してでも志願していただろう。
 だが、そんな希望通り自分達に白羽の矢がたった事をティアナは訝しげに思う。
 つまるところ自分たちがわざわざ選ばれる理由は無いのだ。
 クロノにしてもはやて達にしても自分などより遥かに優れた魔導師なのだ。フェイトの救出を第一に考えるのならばより成功確率の高い彼等、少なくともシグナムたち、もしくは管理局のエース・オブ・エースに要請するのが正しい判断といえるだろう。
 もちろん、この任務は正規の命令系統ではない。だが今挙げた人物達は例え管理局からの命令でなかったとしてもフェイト救出のためならば全力を尽くす者達の筈だ。
 それなのに、自分達が選ばれる理由。
 それを問いただした時、初めてクロノの表情が歪んだ。なにかに耐えるような表情、それは不甲斐ない自分を責め苛むような面持ちだった。
「地上本部襲撃事件の件で高ランクの魔導師は既に独自運用が出来ないようになってしまったんだ。はやてたちには仮設地上本部の防衛が、そして僕にも新たな命令が既に届いている――」
 全ての穢れを甘んじて受けるかのように、クロノは殊更にはっきりと続きを述べた。

 

「――僕はアルカンシェル装備の次元航行船五隻を率い、第六十六管理外世界の“消滅”作戦を行うことが決定している」

 

 その意味するところをスバルもティアナもすぐに理解することは出来なかった。
 だが、クロノの説明はそのまま続く。
「作戦発動は四十八時間後、五つのアルカンシェルの同時砲撃により対象を中心とした空間歪曲を多重発生させ人工的に次元断層を創りだす。これにより第六十六管理外世界は完全に消滅する」
「そんな無茶苦茶な!!」
 思わずティアナは叫んでしまっていた。
「いくら犯罪者の本拠地かもしれないと言っても惑星を丸ごと消滅させるなんて、それに捕縛ではなく消滅を優先するなんてそんな馬鹿げた話……」
「確かに馬鹿げた話だ、おそらく管理局の上層部にはあの犯罪者ではなく、あの世界を破壊したがっているものが居るんだろう、でなければこんなふざけた任務が罷り通るはずも無い」
 クロノのその言葉はあくまでも平静な物言いだった。
 しかし、そこに込められた感情はおそらく誰にも真似することは出来なかっただろう。
 それは怒りだ。自分自身に対するどうしようもないほどの怒りだ。
 おそらくこのままでは四十八時間後、クロノは第六十六管理外世界に向けてアルカンシェルのトリガーを引かなければならないのだろう。
 自分の妹がいるであろう場所へ向けて……だ。
 それでも彼は管理局の局員である以上その命令を遂行しなければならない。
 かつてギル・グレアムという一人の管理局員がそうしたように。
 そんなクロノの心のうちに込められた感情は隠そうとしても隠し切れるものではなかった。言葉の端々にやり切れぬ思いが漂っていることはその場にいる誰もが理解することが出来た。
 だからティアナももはや何もいえずに口を噤む。
 しかし、そんな重たい沈黙を払拭するかのような明るい声が響いた。


「大丈夫だよティア」


 スバルだ。彼女はティアナの肩を叩き何も心配することは無いといった様子で語る。
「何も心配することなんて無い。私たちがフェイトさんを助ける。ううん、それだけじゃない絶対に誰も殺させたりはしない。管理局を襲ったあの人たちもアルカンシェルが撃たれる前に捕まえてちゃんと罪を償ってもらう。私たちにならそれがきっと出来る!」
 それは、あまりにも楽観的過ぎる言葉だった。
 敵はあのフェイトすら捕らえることの出来る強敵で、そのうえ時間制限まである。管理局のバックアップもこの状況では期待することはできないだろう。
 だからそれはただの虚勢、もしくは現状をきちんと理解していない者の無責任な発言なのだろう。


 ――それを言葉にしたのが、スバルでなければ。


 気づけば場には笑い声が響いていた。
 はやてが、押し殺した笑みを浮かべ肩を震わせている。
 それとは正反対にクロノは呆れたような表情を浮かべていたが、そこには一切の嫌味は含まれていない。
「君の言うとおりだったな、はやて」
「当たり前やろ、なにしろあのエース・オブ・エースの元部下やで、当然やん」
 まだ後に残る笑みを浮かべながらはやては自信ありげに呟く。
 そんな彼等の会話をスバルたちは、よく解らないといった風情で眺めるだけだ。
「ああ、まったく。あの時の君達を見ている気分だよ……でも、だからこそ君達に頼みたい」
 そう言ってクロノはスバルたちに向き直ると、深々と頭を下げた。
 それはなんの虚飾も無い心からの礼だった。
「これは単なる僕のわがままなんだが……すまない、僕の妹を、そして僕が思い描くちっぽけな理想を守ってもらいたい」
 クロノはこれから管理局の命に従い動かなければならない。
 その行いは、けして彼の思い描く正義などではなかった。
 だから、管理局の名前は出さない。ただ自分の我侭としてクロノはスバルたちにその願いを託した。
 スバルとティアナはそれぞれ顔を見合わせる。スバルだけではないティアナのその表情にも既に迷いはなかった。
『はい!』
 すでに迷いはなく、合わされた二人の返事は一糸乱れることさえなかった。
「では、これより特別救助分隊を緊急編成する」
 同時に、後を引き継いだはやての言葉にティアナが疑問の声をあげる。
「分隊ですか……でもわざわざ分隊を編成する必要はないんじゃあ……それに人数も足りませんし」
 通常、管理局の規定において分隊は四人を1チームとして編成される。もちろん正規の任務でない今回の任務にそれを適用しなければならない義務はない。分隊の編成もあくまで形式的なものに過ぎないのだろう。
 しかし、はやてはそれを否定するように首を一度左右に振る。
「まぁ、確かに気分的な問題なんやろうけどな、それでもそういったものは必ず必要になる……それに既に人数は揃っとるよ」
 そう言ったはやての視線の先、スバルたちの背後から足音が響く。
 振り返れば、そこにいたのは薄暗い闇の中から歩みでてきた懐かしい戦友達。
 やはり何も聞かされていなかったのか、驚いた表情を作るエリオとキャロの姿があった。
「ティアさん……それにスバルさんもどうしてここに!?」
 本局勤めのティアナはともかく地上を活動場所とするスバルもここに居ることに驚きを隠せぬままキャロが駆け寄ってくる。
「キャロ達もここに来てたんだ」
「ということは、あんた等も例の話は聞いてるって事なのね」
 ティアナの言葉に頷くキャロ、その表情には一瞬翳りが生まれたもののすぐに笑顔に払拭される。
「でも大丈夫です。フェイトさんはきっと私とエリオくんが助けてみせます。いままでずっと守ってきてもらったんだから、少しでも恩返しをしないといけないから」
 拳を握り決意の表情と共に呟くキャロ。そんなキャロの頭をスバルは優しく撫でながら、囁く。
「キャロとエリオだけじゃないよ。私たちも一緒。みんなで一緒にフェイトさんを助けよう」
 もちろん、スバルたちも先程この任務について聞き及び、受諾したばかりだ。キャロたちがその事を知る筈もない。
 だからキャロも一瞬信じられないといった表情を浮かべたものの、すぐに気づいた。
 キャロたちもスバルたちも、おそらくは既に同じ情報を与えられているのだろう。
 あまりにも危険なこの任務の内容を。
 しかし、それでも結果として彼女たちが迷うことはなかった。
 だから、キャロも今はスバルたちの判断に疑問を持つのではなく、ただ単純に、
「ありがとうございます……スバルさん、ティアさん」
 目に涙を溜めながらキャロは感謝の言葉を口にする。スバルはそんな彼女の肩を抱き励ましの言葉を掛けている。
 そんな二人の様子を眺めていたティアナは、ふと視線を滑らせる。
 その先にいるのはエリオだ。しかし常に快活であった当時の彼とは違い、今のエリオはどこか憔悴したような表情を浮かべている。
 そして、その表情は怒りに満ちているようにも見えた。
 気持ちは解らなくもない。親同然であるフェイトの生死が解らないのだ、気持ちが不安になっても致し方ないことなのだろう。
「エリオ、アンタも行くんでしょ。よろしくね」
 だからティアナはあえて気楽な様子でエリオに声をかける。一瞬肩を震わせたエリオだったが、すぐにティアナのほうへと向き直る
「あっ、はい。よろしくお願いします、ティアナさん」
 そう言って慌てた様子で頭を下げるエリオの声音はかつてと同じ礼儀正しく実直な少年の物のままだ。
 しかし、やはり様子がおかしい。それもティアナの予想とは違う方向で。
 こうして会話を交わしている中で、エリオはなぜか背後――スバルやエリオたちがやってきた闇の向こう――を気にしている。
 何度も視線をそちらへと向け、まるでそこに倒すべき相手がいるとでも言うかのように、警戒している。
 そんなエリオの行動を不可思議に思いながら、ティアナはエリオが警戒を示す方向へと視線を向けた。

 

 同時、高らかな足音と共にこの場に姿を現した第三の来訪者は誰も予想しえない人物だった。

 

 その身は囚人服に包まれ、両手は手枷によりその自由を奪われている。
 しかし、その男はこの場にいる誰よりも尊大に振舞いながらスバルたちの前に姿を現した。


「ごきげんよう、紳士淑女モルモット諸君」

 

 男の名はジェイル・スカリエッティ。
 稀代の時空犯罪者である。 

 




>TO BE CONTINUED


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