魔法少女リリカルてぃあなX’s 第1話(中) 【それは不思議な出会いかな】


「あ、ティアさん、おはようございますっ」
「おはようございまーす」

 玄関から出たところで、そんな朝の挨拶がティアナに投げかけられた。

「ああ、エリオにキャロ。おはよう。あんたらも今から登校?」

 ティアナが見上げた先、そこにはランドセルを背負った一組の少年少女が笑顔で立っていた。

 赤毛の少年はエリオ・M・ハラオウン。
 桃色の髪をした少女はキャロ・R・L・ハラオウン。

 どちらもお隣――ハラオウン家に住んでいる仲の良い兄妹だ。

 実際のところ、えらく若くて美人なお母さんを含め血の繋がりは無い少々複雑な家庭環境らしいのだが、
 ティアナから見る限り、彼らは実の親子以上にとても仲のよい家族である。

 最近隣に越してきた家族なのだが、随分とフレンドリーなその家風からランスター家ともすぐに仲良くなってしまった。
 エリオとキャロ自身とてもいい子で、ティアナとしても可愛い弟と妹が増えたような気分である。

「はい、ちょうど今から出るところで」
「良かったら、途中までご一緒していいですか?」
「そういうのは、別に許可取らなくてもいいのよ。ほら、行くわよ」

 ただ、少々真面目すぎるきらいがあるのはどうしたものか。
 もうちょっと子供らしくてもいいと思うのだが、とティアナは常々思っていたりする。

 とはいえ、こちらの言葉に笑顔を浮かべてついてくる二人の姿は可愛らしいことこの上ない。
 あー、弟か妹がいたらこんな感じなのかなーと、どこか幸せな気分になる。

 兄妹と言う単語から思いつくのが、あの兄だけなのだからその感情は余計に、である。

 いや、別にアレはアレで嫌いと言うわけじゃないし、尊敬もしているのだけど。

「……ティアさん? なんだか難しい顔してますけどどうかしましたか?」
「あ、ううん、なんでもないのよ。ただ、あんたらと比べてウチの兄さんはどうしたもんかなーって思ってね」
「そ、そんなことないですよ。ティーダさんはすごくカッコいいですし」

 慌てたようにフォローに入るエリオ。

 なぜだかは解らないが、ティーダは男の子人気がえらく高いタイプのようなのだ。
 刑事と言う職業に、正義感溢れる性格。その姿は憧れと言うか、正義のヒーローのように見えるらしく、
 ご近所の少年たちからは「ティーダ兄ちゃん」と呼ばれ、随分と慕われている様子だ。

 休みの日などは大量の男の子を連れてサッカーやら草野球などで遊んでいるらしくそのカリスマ性はとんでもないらしい。
 しかし、実の妹から見るとどうにも首を傾げざるをえない評価である。

 だって重度のシスコンだし。

「あ、あはは……ティーダさんはティアさんのこと大好きですからね」

 と、オブラートに包んだ同情的なコメントを入れてくれるのはキャロである。
 エリオと比べ、やはり女の子視点だからかティアナの気持ちも若干解るようだ。
 とはいえ、人を批判するような娘でもないので、すぐにフォローを入れてくる。

「で、でも、私もあんなお兄ちゃんがいてくれたらいいなって思いますよ」
「居たら居たで邪魔くさいんだけどねぇ……って、そういえばあんたらって同学年だけど、エリオのほうが年上じゃなかったっけ?」
「え……? ああ、まぁ確かにそうですけど、僕たちの場合年も近いですし、どちらかというと双子って感じですから……
 それにティーダさんと比べるとやっぱり、まだまだだと思いますし……」

 話を振られ、慌てて首を振るエリオ。しかしその様子はどこかぎこちない。
 やっぱり男としては頼りになる兄として振舞いたかったんだろうか?

 だが、ティアナがそんな事を考えている間に、キャロのほうはどういった結論に至ったのか、
 いつもとどこか違うエリオの様子に、首を傾げつつ、

「エリオくん……お兄ちゃんって呼ばれたかった?」
「え? いや、別にそういうことじゃなくて」

「エリオ、おにいちゃん?」

 可愛らしく小首を傾げ、上目遣いにエリオを見上げながら呟くキャロ。
 天然でこれをやっているのだとしたら末恐ろしい娘である。案の定エリオは「ふぐぅっ」っとなにやらダメージを受けている。

「ど、どうしたのエリオおにいちゃん!?」

 怯んだエリオを畳み掛けるかのように、心配そうに覗き込みながら呟くキャロ。
 おおう、この娘成長したら魔性の女になるわねきっと――
 などと思いつつこのままだと「ひやぁうんっ」などと言いつつ仰け反っているエリオが再起不能になりそうなので止めることにする。

「キャロ、とりあえずそんぐらいにしてやんなさい。そのままだとエリオ死んじゃうから」
「え、ええ!? エリオくん死んじゃうんですか!? なにか病気なんですか!?」

 シスコンもある意味病気と言えば病気だろう、うん。

 ただ引き返すことのできるパターンともはや取り返しのつかないパターンがあるのだ。
 エリオはまだ前者だから救いようはある。後者はダメだ。あれはもうどうしたところで完治する見込みはない。まぁウチの兄なのだが。

「とりあえず、それは秘密兵器としてとっておきなさい。いざと言うときに使うのよ」
「は……はぁ?」
「あ、あのー、ティアさん。助け舟出していただいててなんですけど、怖いことキャロに教えないでくれません?」

 ぜぇぜぇと疲れた息をつきながら、困ったように言ってくるエリオ。
 とはいえ助けてやったのだ、このぐらい許容範囲だと思ってほしいものだ。

 とまぁ、これがここ最近のティアナの登校風景である。

 これまた言い忘れていたがエリオとキャロは聖祥大付属の小等部に通っているので、登校路も殆ど同じだったりする。
 そんないつもと変わらぬ楽しい登校もちょうど半分が過ぎようとした時だった。


 キィン、とまるで金属を克ち合わせたかのような甲高い音が、ティアナの頭に響く。


 鼓膜を震わせるのではなく、頭の中心で直接音が鳴るような感覚。
 今まで経験したことの無いその感覚に、ティアナは足を止める。

「……あれ? ティアさん?」

 唐突に足を止めたティアを不思議がるように、エリオ達が振り返る。
 その様子から見るに、どうやらエリオたちに先程の音は聞こえなかったようだ。

 だが、再びティアナの頭に金属音が響いた。
 それも先程よりも強く、確実にだ。その奇妙な感覚にティアナは思わず顔を顰める。

「エリオ、キャロ、アンタ達は聞こえないの?」

 思わず尋ねてみるが、やはり彼等はティアナの質問の意味自体理解できていないようで、ただ不思議な顔をするばかりだ。
 やはりこの音が聞こえているのは自分だけらしい。

 思わずティアナは視線を走らせる。
 音は頭の中で響いていた為、どちらからそれが鳴っているのか推測することは不可能な筈だったが、ティアナは自然とそちらを振り返った。

 そこにあったのは公園への入り口だった。
 ティアナ自身もお気に入りのランニングコースとしてよく利用することのある大きな森林公園だ。
 音はそこから、その中からしているように、ティアナには聞こえた。

「……あの、ティアさん? 大丈夫ですか?」
「えっ……あ、うん、なんでもないの。ちょっと耳鳴りがしてね」

 と、そこでキャロが心配そうに尋ねてきた為、慌ててティアナは視線を外す。
 見れば、エリオ達はどこか不安そうな面持ちでこちらを見上げていた。

「ほらほら、そこまで心配するようなことじゃないわよ。早く行きましょう。このまま突っ立ってたんじゃ遅刻しちゃうわよ」

 だから、ティアは殊更に明るい声を出し、二人を促す。
 そこでようやくエリオ達も表情を和らげ、ティアナと共にその場から離れていった。


 キィンと、どこかで金属音が鳴り響いた。


 ◆


「さて……と、私は何をしているのかしらね?」

 それから数十分後、ティアナは自問自答していた。

 彼女の目の前にある風景は、森林公園へと入るための出入り口。
 彼女はそこでひとり、公園の中を睨みすえるように立っていた。

 傍らにエリオとキャロの姿はない、高等部と小等部の分かれ道でつつがなく別れた後、彼女だけがこっそりとこの場へ引き返してきたのだ。

 本当になにをやっているんだろう、と改めて考える。

 既に始業時間は過ぎ去っている。今から学校へ向かったところで遅刻は必至だ。
 折角優等生として高校に入学してから今まで半年、無遅刻無欠席を貫いてきたがその記録も本日でパァである。

 思わず溜息が漏れてしまう。それでもティアナはここに来なくてはならなかった。


 金属音。そう、金属音だ。


 一度それに気づいてからはもう手遅れだった。
 一定間隔で正確に鳴り響くその音はけしてやむことは無く、ずっとティアナの頭の中に付き纏っていた。
 周囲の人間はそのことに誰も気づいていない。あくまでそれが聞こえるのはティアナだけのようなのだ。

 この時点で、ティアナの行き先は二つに絞られた。

 一つは病院である。もしかしたら頭の中になんらかの障害があるのかもしれない。
 一刻も早くそれなりの設備を持った病院に行き、精密検査を受けるべきだと理性が告げる。

 そして、もう一つが――この公園だった。

 音はそこから鳴っている。
 どれだけ公園から離れても同じトーンで鳴り響いていた金属音だが、確かにその発生源は“ココ”だとティアナは理解していた。

 口で説明することはできない。ただ、そうであるという確信だけがティアナの中にあった。

 もしかしたら、それもまた頭がおかしくなった結果、そう思っているだけに過ぎないかもしれない。
 それでも、ティアナは病院ではなく、まずこの公園に一人赴いた。

 そこに何があるのか、確認してから病院へと赴いてもけして遅くはないと彼女は考えたのだ。

 公園の中に、何も無かったら諦めて病院へと向かおう。
 だが、もしそこになにかしらの原因があるのならば――それを排除すればいい。

 ティアナはそんな風に考えていた。

 ただ唯一の不安要素をあげるならば、先程から感じる嫌な予感、、、、だ。

 第六感とバカにすることなかれ、彼女の感は非常によく当たる。それこそ、イヤになるくらいに――だ。
 一度この嫌な予感を感じたが最後、それは必ず起こる。

 運命とでも呼ぶべきその事象に対しティアナにできるのは、被害を最小限に抑えるために身構えることだけだ。
 だが、とティアナは思う。いままで幾度と無く非情な運命に晒されてきた彼女だからこそ解る。

 ただ、身構えるだけではダメだと。ただ、子供のように震えているだけではダメだと。

 親が死んだ時、自分は泣くことしかできなかった。
 兄が死んだ時、自分は俯くことしかできなかった。
 友が死んだ時、自分は叫ぶことしかできなかった。

 そんなのはイヤだ。そんなのは絶対にイヤだ。

 自分にはきっと、何かが出来たはずだと信じ込む。


 いや、まて、兄さんは死んでなんかいない。それは今朝見た夢の話じゃないか?
 それに友って……だれ? 友達はそれなりにいるけど、いったい誰のこと?

 あれ? おかしい、なにかおかしいぞ?

 何かが間違って――何かが狂って――なにかが交差クロスして――


 キィン、と甲高い音が響き、ティアナは顔を上げた。目の前にあるのは森林公園の入り口。
 そこでようやくティアナは自分が何をしにここに来たのかを思い出した。

「えっと……そうだ、私は確かめに来たんだ」

 確認するように呟く。頭の中では金属音が断続的に響いている。
 ティアナはその正体を確かめるためにここに来ているのだ。

 心の底に泥のようにたまる嫌な予感はまだ晴れない。
 しかし念のために、エリオとキャロは先に行かせた。彼等を巻き込むという最悪の事態だけは回避することが可能だろう。

 その一点に対して、安堵の感情を覚えたティアナは一度ゆっくり深呼吸すると「よし」と小さく呟いた。

 そのままゆっくりと歩を進める。向かう先は、当然公園の中だ。
 ゆっくり、慎重に公園の中へと、ティアナは足を踏み入れる。

 そこで、彼女は驚いたように後退った。

「な、何……今の?」

 思わず驚きの声を上げるティアナ。公園へと踏み込んだ彼女の足をなにか妙な感覚が襲ったのだ。
 とはいえ突然にして未知のその感触に、悲鳴を上げなかっただけでも褒めるに値すべき反応だろう。

 ティアナはもう一度息を整えると、こんどは恐る恐ると言った様子で公園の中に右手を差し出す。

 ――その指先が、ちょうどこちら側と公園の境界に差し掛かった瞬間だ。

 ずぶり、と沈み込むような感触がティアナを襲った。
 とはいえ、これで二度目、ある程度覚悟していたティアナはそのままゆっくりと手を差し入れていく。

 感覚としては溜まった湯のなかに手を突き入れているようなものか。

 抵抗らしい抵抗はなく、しかしこちら、、、向こう、、、が明らかに何か違うということだけは理解することができる。
 突き入れた右手を動かしてみるが、とくに違和感も無い。こちらの意思どおりに動いている。

 それを確認したティアナは瞼を硬く閉じ、意を決して、一気に公園へと踏み込んだ。
 瞬間、身体全体に震えが走ったが、異常らしい異常はそれだけ。
 ゆっくり閉じた瞼を開けば、そこには先程公演の外から見たのと同じ光景が広がっている。

 いや、正確に言うと少しばかり違う。
 色が、世界全体の色彩が若干暗くなっている。

 それは例えば晴れた日と曇天の日との違いのようなものだ。
 若干薄暗い、とそう思う程度の変化。しかし今日は雲ひとつ無い晴天のはずだ。日が落ちるような時間帯でもない。

「いったい、なんなのこれ……?」

 呟き、振り返れば先程まで自分が立っていた場所も普通にそこにある。
 今この瞬間なら引き返すこともできたかもしれない。

 だが、キィン、と金属音が鳴る。

 それは公園の奥、木々の向こうから響いている。それを耳にしたティアナは出入り口から視線を外し、音のする方向へと確かに向き直った。
 その先に、なにがあるかを確かめるために。


 ◆


 公園の中を歩いて、ティアナが思ったことはここには何もいない、、、、、、、、、ということだった。

 この公園は自然のままに残された森林に遊歩道もきちんと整備されており、
 近所の人たちにとって格好の散歩やジョギングコースとなっているスポットだ。

 森の奥深くならいざ知らず、遊歩道にはこの時間帯すれ違う人の一人や二人居てもおかしくないはずだ。
 しかし、ティアナは誰ともすれ違わない。それだけならば、まだ偶然と呼べる範囲の出来事かもしれない。

 だが違う、そもそもこの場所には生きているモノの気配が微塵も無いのだ。
 人は言うに及ばず。この森に住んでいるはずの動物や、植物すらも。

 誰も居ないし、誰も生きていない。そんな言葉が頭の中に思い浮かぶ。

 まるで死後の世界のようだと考えると、あまりにもピッタリすぎてまったく笑えなかった。
 だが、ここには何かがいる。どうしようもない確信を持って。

 なぜなら、

 キィン、と頭の中で音が響いた。

 ティアナは反射的に振り返る。音のした方向ではなく。あくまで反射的に。
 そちらから、鳴っていると、確信するかのように。

 見上げた先は遊歩道から外れ、自然のままの姿が残されている。
 いままでできるだけ舗装された道を歩いてきたが、それもここが限界のようだ。

 ティアナはその事実に、一度深い溜息をついたものの、すぐに藪のなかに飛び込む。
 がさがさ、と繁茂する草木を掻き分け奥へ、奥へと突き進んで行く。

 やがて、彼女は開けた場所に出た。

「…………え?」

 目の前にある光景に彼女は疑問の声をあげる。

 そこにあったのは、半球状に抉れた大地だった。
 木々をへし折り、草木を払い、硬い土の地面を抉り半径五メートル程度の巨大なクレーターがそこには形成されていた。

 一体どれほどの衝撃が起きれば、このような大穴ができるのかティアナには想像すらつかない。
 ただ、ここでなにか異常な事が起きたことだけは確かだった。

 慎重に、彼女はクレーターの中心へと向けて歩を進める。
 クレーターの中心と縁では1メートルはありそうな落差に足をとられぬように、あくまで慎重に。

 そうして、ようやくクレーターの中心に辿り着くティアナ。

 そこには――なにもない。触れてみても空間が破砕するような事はないし、ティアナが求めているようなものは何も無い。
 ここで、何かが起こったことは確かだろう。
 だがここは事の発端でしかなく、事態の中心は別の場所にあるのか、とティアナは首を傾げる。

「あれ……そういえば……」

 そこで思い出す。金属音がなっていない。
 今までそれを頼りにこのクレーターを見つけたのだが……やはり、ここが音の発生源だったのだろうか?

 このクレーターを見つけたことで、自分の役割は終わったのだろうか?


 ティアナが、そう思った瞬間――だった。


 ギ――ギギギギギギギギギギギギギィィィッ!!


 ガラスを擦り合わせるような不快な音が、ティアナの頭の中で凄まじい音量を響かせた。
 悲鳴すら上げることなく、ティアナはその場に膝をつく。
 嘔吐感すら感じるその音に頭を抱え、その場に蹲るティアナ。幸いなのは、その音が一過性のものだと言う事だろうか。
 断末魔の悲鳴のように、尾を引きつつも音は次第にゆっくりと消えていく。

 それに従い、嗚咽をあげながらもティアナの様子も回復していく。

「ぅえ……な、なんなのよいきなり……」

 愚痴りながら、立ち上がり、なんとはなしに振り返るティアナ。


 そこに、何か、、が佇んでいた。


 ティアナの動きが静止する。
 そんな彼女の視線の先、クレーターの淵から覗き込むようにこちらを見据える、なにかがあった。

 それをなに、、と明言することはできない。

 それに当てはまる生物など、この世界には存在しなかったし、そもそも生物かどうかも定かではなかった。

 あえて言葉にするならば漆黒の球体とでも言えばいいのか、
 黒い毛で隙間無く覆われた直径二メートル程度の巨大な球体。
 その奥で赤く光る二つの眼球らしきものがティアナの姿をじっと見据えていた。

 あるいはそれだけならば意味不明なものとして、理解の範疇から弾くこともできただろう。
 それは、なんらかのおかしな存在であると、否定することによって自我を保つことができたかもしれない。

 だが、次の瞬間、その黒い球体は、ゆっくりとしかし確実に、

『てぃ……あぁナ』

 ひび割れるような声で、ティアナの名を呼んだ。

「ひっ……!?」

 怯えるようにティアナが後退る。それが自分の名を呼んだと、確かに理解してしまったからだ。
 ただ正体不明というだけならば、まだ解る。だが、そのよく解らないものはティアナの事を確かに認識し、その名を呼んだのだ。

 つまり、それは如何な目的であれ、ティアナという存在を知り、求めていると言うことだ。
 壊れたレコードを再生するように、それは再び声を上げる。

『テぃアァな・らンすたー。存在濃度レぞンポいんト:おーないンわン。分類カテごり世界希少存在ワぁるどプれミア――』

 後半に行くに従い、それが何を言っているのか意味を理解することができなくなる。
 だが、始めの一語だけはイヤというほど理解してしまった。

 だから、ティアナの選んだ行動は、

「あ……やぁ、やあああああ!!」

 みっともなく悲鳴を上げて、謎の球体に背中を見せて、なりふり構わず逃げることだった。
 そして、それはなによりも最善の判断であった。

『カイしゅウヲはジメます』


 次の瞬間、漆黒の球体はティアナ目掛けて疾走を開始した。


 ●


「くそっ! あのバカ娘が! なぜ人の警告を無視する!」


 深い深い木々の奥で、誰かが悪態をついていた。




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