魔法少女リリカルティアナ 第3話 【触手は危険がいっぱいかな?】



 目の前にあるのは、この世に在らざるモノ。


 蠢くその身は蛇が何かが寄り集まって出来たかのように不気味極まりない。


 それが一個の生物だと信じることなど誰にも出来なかった。


 人の埒外より現れた異邦者。いやもっと単純に言い表そう――それは神話の世界から抜け出してきた邪神そのものだった…………』



「って、なんでもっともらしく重厚なナレーション入れてんのよ!? つーかなんなのよアレは!?」


 朗々と語るスーパークロスミラージュに突っ込むティアナ。
 テンション高めで楽しそうに語っていたスパクロ(略語)は、そんな自らの主の質問に、いちどふむと頷いてから、的確に答えを紡いだ。


『触手だな』


「うん、触手だよね」


 淡々と、えらく淡々と呟くスパクロと傍らのフェレット……俗称モザ。
 そんな二人の見上げる先には、なにやらうねうねと手なのか足なのかよく分からないものを楽しげに振り回している妖怪変化の姿がある。
 それが問題の物体だった。


 なんというか、本当に触手である。徹頭徹尾、触手である。骨の髄まで触手である。


「って、んな身体的特徴は見れば解るっていうの!! なんでそんなモンがここにいるのかって聞いてんのよ!?」


 叫ぶティアナは、未だに収束しない事態に泣き叫ぶのであった。



 魔法少女リリカルティアナ 第3話 『触手は危険がいっぱいかな?』



 これまでのあらすじ。

 気づけばティアナが魔法少女になってたよ、16歳もギリギリじゃね?

 もしくは第一話第二話をご覧下さい。



 ●



「さぁ、リリカルティアナ。あのリリカルモンスターをやっつけるんだ」
 うねうねと動き続けている触手の塊を指差しながら、なにやら偉そうに叫ぶモザ。
 とりあえずティアナは、そいつの尻尾を無言のままに掴み揚げて宙吊りにしてみる。
「うわぁっ、なにコレ? なにコレ!? なんだかとても屈辱的ー、くやしい、でも感じちゃう、らめぇぇぇぇ!!」
 逆さ吊りの姿勢のままぐねぐねと体を揺らすモザ。気持ち悪いことこのうえない。
 しかし、とりあえずティアナは顔を顰めたまま宙吊りのままのモザに詰問する。
「とりあえず、アレがなんなのか、今すぐ説明しなさい。危険なものなの、どうなの!?」
「ハァハァ……え? アレってリリカルモンスターのこと?」
 なぜか物足りなさげな表情で呟くモザ。どうすればこの獣にダメージを与えることができるのだろうかと本気で思案する。
「てーかね、なんでアレにそんなファンシーな名前がついてるのよ。どー考えてももっとオドロオドロしい存在でしょうが」
 問題の触手を指差しながらティアナが呟く。触手は先程からゆらゆらと自分の末端を揺らしてはいるものの今のところは大人しくしている様子である。
『名前とはそのものを定義する為の記号だ。もちろん親愛などによって付けられたものは誇りにすべき事柄だが、アレについてはそうではあるまい、ならば判別できるならばなんと呼ぼうと些細なことではないか』
 モザの代わりに答えたのはティアナの手に収まる玩具の如きステッキ、スーパークロスミラージュだった。無駄に渋い声を出している。
「うっさい、アンタが一番センスのない名前してんじゃない、なんなのよスーパーって今時子供番組のヒーローでもそんな安直なネーミングセンス付けないわよ!!」
『………………気に入ってるんだがなぁ』
 どこか傷ついた風に呟くスパクロ。見かけはただのステッキなのだがなにやら意気消沈しているかのような暗い波動が漂ってくる。
 厳しい視線をスパクロへと送っていたティアナはそれが黙り込んだと見るや、再びモザのほうへと視線を戻す。
 人を射殺せるかのような殺気の篭った視線を向けられ、モザの体が総毛立つ。
「ひ、ひぃ。わ、わかりました! え、えっとね実はアレ、なんというか……その、色々と厄介な理由がありましてね」
 視線を虚空へと彷徨わせながら歯切れ悪く呟くモザ。そんなモザに対してティアナはボソッと呟く。
「絞首刑…………電気椅子…………ギロチン…………」
「ひぃぃぃぃ!! な、なんで古今東西様々な処刑方法を呟いているんですかティアナさん!? 喋ります、今すぐ喋らせていただきます。実はアレはなんと言いますか、いわゆる失敗作でして」
 冷たい汗を全身から流しながら懺悔するかのように呟くモザ。
 だがティアナにしてみれば、あまりにも想定の範囲内の解答であった為に若干拍子抜けした程度だ。
「ふぅん、詳細まではわからないけど、それで私にその尻拭いをさせようって魂胆なワケね」
「あ、あはははは。ま、まぁそういうことになるのかな?」
 乾いた笑いをあげるモザ。それにあわせるようにティアナも優雅に微笑む、そしてそのまま、
「やっぱり銃殺刑かしら?」
 未だに持っていったアンカーガンの銃口をモザに押し付けるティアナ。目がマジである。
「ぎゃああああ、す、素直に喋ったのに、いやぁぁぁぁ動物虐待反対!」
 その場から逃げ出そうとジタバタもがき始めるモザ。
 さて、本当にこの謎生命体をどうしてやろうかと思案したところで、ティアナの肩が何者かに叩かれた。
 何気なく振り返るティアナ。視線の先に肩を叩いた張本人(?)であろう触手がなにやら挨拶をしているかのようにゆらゆらと揺れていた。
 暫く、それを胡乱げな表情で見つめるティアナ。
 そして、彼女は結局見なかったことにした。再び視線をモザのほうへと戻す。
「とにかく、私はもうこれ以上関わらないから、絶対に関わらないから」
 やけに平坦な口調で呟くティアナ。なにやら自分を無理矢理納得させているかのような口調である。
「…………あのぉ、でも先方の方が既にお待ちのようですけど?」
 再び急かすかのようにティアナの肩を何かが叩く、その度になにやら『ねちょお』とかやけに粘度の高い液体が引っ付いたような感覚が襲ってくるが、ティアナは全力で気にしないことにした。
「知らない、見てない、聞いてない」
 モザではなく自分自身を諭しているかのような口調。
 ぶっちゃけ、現実逃避である。
 そんなティアナに対し、モザは逆さ吊りの姿勢のままやけに爽やかな笑顔で語るのであった。


「ま、観念しようZE!」


 次の瞬間、ティアナは足に絡まりついてきた触手に一本釣りされた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 凄まじい浮遊感と共に天地が逆転する感覚。
 気づけばティアナは先程のモザと同じ状態、触手によって逆さ吊りの姿勢で宙に浮いていた。
 視線の先には例の触手の集合体、こうして改めて直視するとみるみるうちに正気度が失われていきそうな佇まいである。
「ちょ、ちょっと、これアンタが作ったんでしょ。どうにかしなさいよ!!」
 とりあえず矛先をモザのほうへと向ける。
 しかし自分の手の中にモザがいない。いつの間にかその姿を忽然と消していた。
「ふっふっふ、突然の事態に慌てて握力が弱まったな……その隙に逃げ出させてもらったよ」
 不適な笑い声はティアナの頭上、つまるところ地面の方向から聞こえてきた。
 そこには大地にしかと立つモザの姿が、腕組をしていやらしげに唇を歪めて笑っている。
「どうだぁ、逆さ吊りにされる恥辱感、やみつきになるだろう? 君も十分に味わえばいい、あっはっはっはっは!!」
 呵々と笑う表情で笑うモザ、先程の鬱憤もあるのだろうが、なんだか完全に悪役である。
「いいことを教えてやろうティアナ・ランスター。彼等リリカルモンスターは元々、僕の設計した新機軸のデバイスに組み込まれていたロストロギアが暴走し、自我を確立したものだ」
 尊大な態度で語りつづけるモザ、なにやら調子に乗り始めた様子である。
「解るだろう、そうだ君が今もっているスーパークロスミラージュがそのデバイスなのだよ。そして既に一度その中に取り込まれたロストロギアはその習性に従って再び一つになろうとする。そう自らが宿主になろうとしてね。つまりそのデバイスのマスターとなった君は常にリリカルモンスターに教われる宿命にあるんだよ! ふはは、はーっはっはっは、あひゃひゃひゃひゃ――」
 絶好調な笑い声の最中、乾いた音が響いてモザの額に風穴が開いた。
 そのまま声も上げずにパタリと倒れ付すモザ。
 その頭上ではモザの演説の最中、至極冷静にアンカーガンへと弾込め作業をしていたティアナが用事のすんだそれを懐に直しているところであった。
「とりあえず、ワケのわからない事態に巻き込まれたってことは確かなようね……あんまり気が進まないけど、掛かる火の粉は振り払う、いくわよっクロスミラージュ!」
 そういって逆さ吊りの姿勢のままだが、勇ましくスパクロを構えるティアナ。
 誠に遺憾だが、この見た目が愉快すぎるステッキはその威力だけを取ってみれば、確かに規格外の力を有している。
 そういった過ぎた力に頼るのは癪だったが、いまは選り好みをしている場合ではない。
 なんとかして、この触手妖怪をどうにかしなければいけない。でなければ……なにやら凄くいやな予感がすることだけは理解できる。
 だからこそ、ティアナは恥を忍んで再びスパクロの柄を握った。
 アレは今でもティアナを苛む。主に精神的に。
 一言呟くたびになんだか自分の大事なものがガラガラと音を立てて崩れていく感覚がティアナを襲うが、いまはその苦痛さえも飲み込んでティアナはやけっぱち気味に叫ぶ。


「リリカル♪ マジカル♪ バレットシュートッ♪」


 振りぬかれるスパクロ。
 まるで自慢したくない、むしろ死んでしまいたい事実だったが、今までの中で一番可愛らしく叫べたとティアナは確信した。
 すると、スパクロの先端に橙色の魔力光が集まり、想像を絶する威力の魔法弾が放たれる――筈だった。
 しかし、何も起きない。
 全く持って何も起きない。
 ティアナはスパクロをリリカルモンスターに向けて固まったまま。
 寒すぎる風が彼女達の間を通り過ぎていった。
 誰もが痛すぎると思える時間がただ過ぎていった。
 ちょっと離れた位置で「ぷっ」と噴出したかのような声が漏れる。
 声のほうを見れば血(ケチャップ)を吐いて倒れたなのはがこちらに背を向けたまま必死に笑いを堪えるように肩を揺らしていた。
「な……な……なにやってんのよちょっと! 何で発動しないの!!」
 ようやく自我を取り戻したティアナが顔を羞恥に赤く染めながらスパクロをぶんぶんと揺する。
 聞こえてきたのは果てし無くやる気のない、しかしやたらと渋い声である。なにやらステッキ自体もいつの間にか柔らか素材で出来ているかのようにしなだれてしまっている。
『んー、別にー、私は所詮恥ずかしい名前のデバイスだしなぁ。そんな私が手を貸すのもなんだか悪いしなぁと思ってー』
 拗ねていた。いまだに名前にセンスがないといわれたことを気にしているようである。
「なっ、ちょっとアンタなにいじけてんのよっ! 今がどういう状況かわかってんの!?」
『んー、でも小娘のことだから“名前の恥ずかしい”私の力なんて借りなくても、ねぇ……』
 無駄に一部分を強調して喋るスパクロ。なんというか前代未聞の事態だった。拗ねて戦闘を拒否するデバイスが存在するとは思いもしなかった。
 怒りに額に浮いた青筋がぴくぴくと震える。今すぐこのステッキを叩き折りたい衝動に駆られるが、唯一の武器であるそれを手放すわけにはいかない。
「解ったわよ、あ、謝るわよ……クロスミラージュ」
 どこか引きつった笑顔で呟くティアナ。かなり無理がたたっているようである。
『はて、そう言われてもなぁ。私はそんな名前ではないしなぁ。やっぱり恥ずかしい名前は言いたくないのかなぁー』
 しかし、未だにスパクロの機嫌は治らないご様子である。
 知らず知らずのうちにスパクロを握り締める力が強くなるティアナ。既に限界寸前である。
 しかし彼女は、自分の中に存在する理性を総動員して、その激情をなんとか鎮める。
「わ、悪かったわ……ス、スーパークロスミラージュ」
 恥を忍んで呟くティアナ。その途端であった。
「ははっ、まぁそこまで言うなら仕方がない。力を貸してやろう、このスーパークロスミラージュ、スーパークロスミラージュがだっ!!」
 果てし無く上機嫌になり叫ぶスパクロ。よっぽどこの名前が気に入っているのか、ティアナにはどうしても理解できない精神構造であった。
「ま、まぁいいわ。それじゃあとにかく、行くわよ」
『ああ、遠慮せずにぶちまけるがいいっ、小娘』
 元気溌剌と言った感じで叫ぶスパクロ、絶好調である。


「リリカル♪ マジカル♪ バレットシュートッ♪」


 もはや一度も二度も同じということか、半ばやけっぱち気味に叫ぶティアナ。
 そんな彼女の訴えに呼応してスパクロが光り輝く。
 眩いばかりの橙色の魔力光を迸らせ、展開した魔力弾がリリカルモンスターに向けて飛翔する。
 そして、着弾。
 それがまるで当然とでも言うかのように、凄まじい爆発が生じる。
 衝撃に吹きすさぶ砂嵐に瞼を閉じながらもティアナはその手応えを十分に感じることが出来た。
 そして暫くの時間をかけて鼓膜を奮わせる衝撃音がようやく止んだ。
 流石にあの爆発の中では、あの謎の生命体とて無事ではないだろうとゆっくりと瞼を開けるティアナ。
 しかし、おかしい。
 何故か目の前に広がる光景が、逆様のままだ。
 視線を自分の足元に向けると、そこにはやはりしっかりと自分の足首を掴む触手の姿。
 その触手をずっと目で追っていくと、リリカルモンスターの姿が元気いっぱいにそこにあった。
「………………どういうことか、説明できる?」
 どこか達観したかのような口調で呟くティアナ。
 ふむ、とスパクロは鷹揚に頷いた後、
『まるで無傷のようだな』
「見りゃあ解るわよ!! 私が聞きたいのは何であの規模の爆発なのに傷一つついてないのかってことよ!?」
 ティアナが行き場のない怒りをぶつけるように叫ぶ。
 何しろ先程の魔力弾はなのはが全力全開で放ったディバインバスターと同等の破壊力を担っているのだ。
 それを受けて、全くの無傷。
 このリリカルモンスターがどのような存在なのか、その詳細をティアナは知らないが、そんなものあまりにも規格外すぎる。
 まったくもって化け物というしかない。


「ぬあーっはっはっはっは!! そんなただの砲撃では僕のリリカルモンスターはビクともせんわぁ!!」


 そこへ響き渡る笑い声。
 その声の主を探し、視線を動かす。
 リリカルモンスター本体の頭上(?)そこには頭に随分と風通しのよさそうな穴の開いたモザが胸を逸らして笑っていた。
「………………もう突っ込むのもマンネリかと思うけど、なんで生きてるわけアンタ?」
「くっくっく、解ってないなぁ。なぜなら僕はコミック力場(ギャグ編)に存在するからさ。ここに存在する限りどのような致命傷を受けようとも、次の瞬間には復活することが出来るのだ!!」
 もう、なんというかデタラメもいいところである。
 とりあえず、ティアナも無駄と悟ったのかその点に関してはもう二度と突っ込むまいと心に決め、改めて仕切りなおした。
「んじゃあ、何でアンタがそっち側にいるのよ。コイツを倒すんじゃなかったの?」
「うっさい、このハッピートリガー魔法少女! これ、なんですかコレ! 穴が開いてますよ、普通なら逝っちゃってますよ。躊躇一つしなかったでしょうアンタ!!」
 自分の額を指差しながら、怒鳴るモザ。それでピンピンしているくせに文句を言われてもティアナにしてみればなんだかなー、というしかない。
「ゆえに、僕はこちら側につくことにした。くっくっく、そうやって強がっていられるのも今のうちだ。ゆけぃ、リリカルモンスター!」
 モザの号令に反応したのか、それともティアナの砲撃が相手を活性化させてしまったのか、ティアナを吊り上げてからという明確な行動を起こさなかったリリカルモンスターがついにその毒牙(触手)を剥いた。
 無数の触手がティアナに押し迫る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ、それだけはいやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 乙女の如く泣き叫ぶティアナ。しかし魔の手(触手)はまるで躊躇いを見せることなくティアナへと襲い掛かった――かと思われたが、ティアナの寸前で急停止。
 恐怖に瞼を閉じていたティアナは何時までたってもこない衝撃に、恐る恐る瞼を開ける。
 しかし、その眼前に広がる光景は無数の触手がうねうねと目の前で蠢く姿。
 思わず意識が薄れ、どこかへ飛んでいきそうになる光景である。
 しかし、そんなティアナの意思などお構いなしに、触手はその身を一度震わせたかと思うと、その先端を開花する花のように開く。
 そこから現れたのは……なぜか綿毛のようなふさふさとした毛玉。
 一体何が行なわれるのかと、ティアナが身を震わせた瞬間、今度こそ綿毛(けど触手)がティアナを襲う!!


「いやっ、あはっ、あははははははははははははははっ!!」


 響くのは笑い声。
 ティアナに群がった触手の群れはその先端に生まれた綿毛で、ティアナの体を優しく撫でるようにくすぐりまわす。
 くすぐったい、声が抑えきれぬほどくすぐったい。
「いやーっはっははは! ひぃーひぃー、やぁっ、あはははははははっ!!」
 身を捩りつつ抵抗するがそれでもリリカルモンスターの攻撃の手は止まない。
 そんなティアナの様子を見上げながらモザは満足げに頷く。
「どうだ、こそばゆいだろう。くっくっく、そうやって貴様は笑い続けるのだ! どうだ、恐ろしいだろう!?」
「下らなさすぎんのよっ、あはははははははは!!」
 突っ込みつつも笑い声は止まない。
 しかし効果は絶大だ!
 腹がよじれるほどに笑い続け、本当にこのままでは死んでしまうかもしれない。
 というか、そんな死に様だけは絶対に嫌だった。
「ふははははは、笑え笑え、もっと僕を楽しませろ、むはははははは!!」
 というか、あのモザだけは絶対に殺さなければならないと心に誓うティアナ。
 しかしリリカルモンスターの攻勢は止まない。
 反撃に転じたくても、こうまで間断なく責め続けられては手を打つ暇すらない。
 しかもくすぐり攻撃の所為でまともに思考すら出来ない状況だ。
 マジで、これはやばいのではないかと。大笑いしながらティアナは本能で判断する。
「いいよー、いいよー、その表情堪らないねー、もっと笑ってみようかぁ、ほらほら」
 つか、あの獣はマジコロス。
 そのようにティアナの殺意が沸点を超えたところで、唐突にティアナへのくすぐり攻撃がピタリと止んだ。
 ひぃーひぃー、と笑いの残滓を残すティアナは唐突に動きの止まった状況を冷静に判断することが出来ない。
 だが、それはモザも同様だったようである。
 唐突に動きを止めたリリカルモンスターを驚きを隠せぬ表情で見つめる。
「え? あれ? どうしたの、もうちょっと続けようよ、ねぇ」
 そういって自分の足元にいるリリカルモンスターを急かすようにポコポコと叩くモザ。
 その周囲を囲むように、触手がゆっくりと近づいていた。
「へ? ええと、ちょっと待って待って、なにこの状況?」
 モザもようやく気づいたのか、自分を囲む触手を見ながら後ずさる。だがしかし、すでにその退路を断つように触手の群れはモザを完全に包囲していた。
「あれあれ? ちょっと待ってよ、ね? ほら、僕達は仲間じゃないか。そうだろ?」
 なんとか説得を試みようとするモザだが、触手はゆっくりとその身を締め上げていく。
 そしてティアナと同様にゆっくりとその身を持ち上げ始めた。再び逆さまの姿勢で宙吊りにされるモザ。
「や、ちょっと変なトコ触らないでよね。セクハラで訴えるよホントに。だからさ、ネ、ほら、ここら辺でそろそろやめておかないと……だから、そこは出す穴であって、けして挿れる穴じゃなアーーーーーーーッ!!」
 そしてモザと触手により繰り広げられる阿鼻叫喚の図。
 なにやらいろんな意味でモザイクかけないと済みそうにないので詳細な描写は割愛させていただくことにする。
 しかし、その様をライブで閲覧しているティアナは青褪めた表情で、うわぁ、と呟きつつその顛末を眺める。
 やがて、満足したのか触手がモザから離れる。
 残ったのは、どこか抜け殻のように意気消沈したモザの姿。自業自得ではあるがご愁傷様としか言いようのない有様だ。
 しかし、そのように暢気に眺めている場合ではなかった。
 モザに群がっていた無数の触手が、うるさい邪魔者はいなくなったとばかりに、今度はその身をティアナのほうへと向ける。
 瞳に相当する器官は存在していないというのに、なぜかじっと見つめられているかのような悪寒がティアナの背中を襲う。
「え……やだ、ちょっとまってよ…………マジ?」
 何がマジなのかは分からないが、触手は新たな獲物としてティアナ・ランスターに襲い掛かった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 ●



 そんな悲惨な光景を、切り立った崖の上から眺める人影が一つ。
 ここは当初の設定だと機動六課の施設内であるために、立地的に切り立った崖など存在しないはずなのだが、もうあんまり気にしても意味がないと思うので、このまま進めさせていただく。
 そこにいたのは、一人の少女だった。
 眼下で繰り広げられる惨状に、彼女は拳を握りながら身構える。
「アレをやるよ、マッハキャ……じゃなかった、お姉さま!」
 一人呟く謎の少女。
 しかしそんな彼女に答える声が一つ
『ええ、よくってよ』
 なにやら無駄に高貴というか、美しい声がどこからともなく響く。
 そうして彼女は飛んだ。
 空高く、そして敵へと向けて少女は飛翔する。


「スゥゥパァァァァァァァァァァァ!!」


 咆哮にも似た叫びと共に少女の右拳が振り上げられる。


『ウイングゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』


 姿の見えぬ声もそれに合わせるかのように声を張り上げる。


「『パァァァァァンチッッッ!!』」


 そして少女は、一筋の流星となった。



 ●



 消化液か何かだろうか、触手から吐き出された緑色の液体を浴びた途端、ティアナのバリアジャケットが音を立てて溶け出し始めた。
 何故か肌には傷一つついていないのが不思議といえば不思議ではあるが、お約束というものなのであろう。
 だがしかし、当の本人にしてみればそんなもの何の慰めにもならない。
「いやぁっ、ちょっと! や、やめっ! アンタも黙ってないでどうにかしなさいよっ!!」
『ふむ、確かに当然の言い分だが何故だろう。ここで止めてしまうと、多くの男性読者から不満の声を上げられるような気がしてな。私も一人の男である以上それを止めるのもどうかと考えていてな』
 なにやら悲しげに呟くスパクロ。
「読者サービスなんて意識しなくていいのよっ! つーか文字媒体なんだからあんまり意味ないでしょうが!?」
 混乱のあまり、ワケのわからないツッコミを入れるティアナ。
 そうこうしている間にもティアナのバリアジャケット(フリフリドレス)が音を立てて溶けていく。
 なのはの直射砲すら防ぐことのできる防御性能を持っていることから考えると、凄まじいことではあるのだろうが、なんだか能力が低俗すぎてイマイチ凄みがない。
 だが、そこでスパクロがなにやら慌てたように叫んだ。
『い、いかん!?』
 なにやら緊迫感漂う口調、ようやくこの窮地を理解したのかとティアナが思った瞬間。
『このままでは全裸になってしまう! 半脱ぎでないとそこにはロマンが存在しな――』
 スパクロを全力でブン投げるティアナ。
 きらりと輝く夜空の星となるスパクロであったが、そこで自分がついに武器を失ってしまったことに気づいた。
「くぅ……ワケのわかんないウチに絶体絶命のピンチに……てーか、私が何したって言うのよっ!!」
 流石に第一話から続く不条理に、涙目で訴えるティアナ。


 そこへ、救いの一撃が空から振り下ろされた。



「『――ァァァンチッッッ!!』」



 尾を引く叫びと共に、まるで隕石の如き勢いで一つの影がリリカルモンスターに振り落とされる。
 それはまさに鉄槌の一撃。
 だが衝撃を吸収するかのように、押さえつけられたスポンジか何かのように大きく“たわむ”リリカルモンスター。
 先程のティアナの砲撃もこうしてその衝撃を拡散させたのかもしれない。
 だがしかし、空からの一撃はその巨体を押しつぶし、さらに大地へと縫いとめる。
 そして最後には限界が訪れた。
 風船か何かのように、リリカルモンスターが爆裂する。
 その途端、リリカルモンスターの体を構成していた触手の群れは粒子状に分解、空気中に分散する。
 それは元が何かを考えなければキラキラと輝く黄金の飛沫が周囲を漂う美しい光景だった。
 そんな中、ティアナを拘束していた触手も粒子状に分解され、彼女もようやく解放される。
 半裸のまま、見上げた先にはリリカルモンスターを一撃の下に粉砕した一人の少女の姿があった。
 彼女もそんなティアナの視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらに振り返る。
 そして――


「粉砕系魔法少女マジカルすばるん、只今参上♪」


 ノリノリで決めポーズをとる空色の髪が活発そうな容姿に栄える少女の姿があった。
 それを見て、ティアナは心底呆れたように呟く。



「なにやってんの……スバル?」



 二人の間に、薄ら寒い空気が漂った。



 魔法少女リリカルティアナ 第3話 『触手は危険がいっぱいかな?』 了



 次回予告!!!



 ティアナの窮地を救ったのは新たな魔法少女!!(スバルですよね?)


 マジカルすばるんと名乗った、その正体はいったい!?(スバルだよね?)


 デバイスの名前はグレートマッハキャリバーにしようと思っているのだが、一体何者なのか!?(だか(略)


 そして、リリカルティアナはマジカルすばるんから主役の座を守れるのか!?



 次回 魔法少女リリカルティアナ 第4話 【ライバル?もうひとりは粉砕系魔法少女かな】にリリカルマジカル♪








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